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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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世の中はつねにもがもななぎさ漕ぐ あまの小舟の綱手かなしも

 水シリーズ第8弾、離島の変わらぬ日常です。


 世界の大部分が終わってしまったら、平和な日常は何よりの宝になります。

 後半に出てくるモーターボートがどこから来たかは、想像にお任せします。

 変わらない日常、それがこの島の宝だ。


 今日もまた、僕は狭い畑を耕す。

 サツマイモのつるはよく伸びている、順調だ。

 ナスの葉を見ると、テントウムシがいた。……おっと、こいつはアブラムシを食べるヤツじゃない。作物を食い荒らす害虫だ。いつも通り、駆除。

 後はため池から水を運んできて、水をやって終わり。

 毎年変わらない、陸の営み。


 畑仕事が終わると、海に出る。

 魚を獲るが、あまりたくさんはいらない。自分たちが数日食べる分で十分だ。

 途中で近くの無人島に寄って、燃料となる薪を少しだけ切ってくる。取りすぎると森が弱ってしまうから、程々に。

 帰ったら、今日明日食べる分以外の魚を加工しなければ。

 次に海に出るのは、それらが少なくなってからだ。


 短い目で見れば数日ごとに、長い目で見れば季節ごとに繰り返す、単純な日常生活。

 この島だけで完結する、自給自足の生活。

 騒がしい街で育った人が見たら、何の面白みもない退屈な日々。けれど、僕たち島民にとってはかけがえのない、何より大切な宝物だ。


 本州から遠く離れたこの島は、昔から閉鎖された生活を送ってきた。

 古くは罪人の島流しに使われたと言われているこの島は、近代まで外との人の行き来がほとんどなかった。

 だからこの島には、この島と付近の海だけで生活を完結させる風潮が強く残っている。

 水も食料も、娯楽も人間関係も……全てはこの島だけで回っている。


 飲み物や食べ物は、確かに島で作れるものだけではあまりぜいたくはできない。豊かなフレーバーや他の地域の珍味など、望むべくもない。

 しかし、そんなものが島で手に入ったことは過去にも滅多にない。

 おかげで、僕たち生粋の島育ちの人間は、この島で手に入らない味をほとんど知らない。

 知らないものは、手に入らなくても特に気にならない。それらがない生活が、既に満ち足りた日常なのだから。

 たとえそれらが、今は手を伸ばしても手に入らないものになっていたとしても……何の問題はない。


 娯楽は、さすがに無さすぎるかもしれない。

 近代までは何もなかったこの島にも、ここ数十年でいくつもの楽しみが渡ってきた。

 テレビやラジオといった、本州から遠く離れていても電波で受け取れる類のものだ。これらは一時期、世代を問わずに茶の間の良き友だった。

 これがなくなった当初は、さすがに戸惑ったものだ。

 これらは娯楽だけではなく、外界の情報を得る貴重な手段だったのだから。

 しかし、無いことに慣れてしまえばこれも問題はない。そもそも今は娯楽よりも優先してやる事が多いし、外界の情報は元々島での生活に必要ない。


 そう、今の生活は一時期ほど暇じゃない。

 ガスがないから料理も風呂も薪でやらなければいけないし、燃料油がないから船は人力と風で動かさなくてはならない。電気がないから夜は火で明りを取るし、そういう生活に必要な消耗品や道具はもちろん自分たちで作るのだ。

 そういう生活をしていれば、娯楽は自然とあまり必要なくなる。


 何と粗野で味気ない原始的な生活だと、笑うだろうか。

 しかし、これが本来この島の日常だと思えば、受け入れるのに苦はない。

 一時期よりは不便だが、これもこの島の日常には変わりない。むしろ、長きに渡って続いてきた変わらぬ日常に戻ったと言うべきだ。


 変わらぬ日常は、宝だ。

 変化を求めて手を伸ばす者は、その変化が悪いものであった時に、時として取り返しのつかない事態に見舞われる。

 そしてどうしようもない運命の袋小路で、手を伸ばした事を悔いるのだ。

 変わらぬ事をいとわずに前と同じことを続けていれば、そんな危険はぐっと減る。

 変わらぬ日常が大切なら、変わったものに手を出さぬことだ。


 例えば、海に浮かぶ小さな船影を見てみよう。

 見慣れた島の船の他に、一つだけ見慣れないモーターボートが浮かんでいる。あれはこの島の日常にはない、外界から来た異質なものだ。

 どこから流れてきたかは分からないが、島では手に入らない物が乗っているかもしれない。もしかしたら、人が乗っているかもしれない。

 こんな時、どうするか。


 答えは簡単、見なかったふりをして手を出さぬことだ。

 この島に元からいた人間以外は、島に入れない。もし強行に上陸しようとするなら、こちらも相応の反撃をして海原にお帰りいただく。

 そうすれば、この島の日常が脅かされることはない。


 以前なら、外から来た者も笑顔で迎えていただろう。

 漂流や遭難で流れ着いた者に手を差し伸べるのが、人として模範であったかもしれない。

 だが、今はこの島の変わらぬ日常を守る事が何より重要なのだ。


 外の世界は、飽くなき交流と変化の末に、取り返しのつかない状態になっている。

 人を人食い死体に変える病がものすごい勢いで世界中にはびこり、かつての平和な日常は跡形もなく消え去ってしまったらしい。

 最後のニュースでそれを知ってから、今まで電波が復旧しないことから考えるに、外の世界はそのまま終わってしまったのだろう。


 この島が同じ道を辿らぬようにする方法は、至って簡単だ。

 非日常を求めず、島外から来た異質なものをすぐ排除する。それだけだ。


 だから、沖を流れていくモーターボートには誰も触れない。

 こちらに来たらいつでも破壊できる態勢を取りながら、見て見ぬふりをする。

 島のみんなは、島の日常を維持するので忙しいんだ。

 だから僕も通り過ぎていく異物は気にせず、島の船を浜に揚げる作業に精を出す。そうだ、島に揚げるものは島の船だけで十分だ。

 僕や島のみんなが力を合わせて引く綱は、島の船のためだけにある。よその船のための綱など、この島にはない。


 ふと沖に目をやると、モーターボートの上で何かが動いたのが見えた。

 あれが人なのか死体なのかは、ここからでは分からない。

 だが、どちらにしろ対応は変わらない。死体や感染者の危険は言わずもがな、人であったとしても新たなトラブルの種となる可能性は十分ある。

 たとえ相手に命があっても、僕たちのかけがえのない日常と引き替えにはできない。


 そうしている間に、モーターボートは見えなくなった。

 目に入るのはいつもの島の風景、手に握るのは島の船を引き上げる綱、周りにいるのは皆が顔なじみの島民のみ……うん、変わらぬ日常だ。

 明日も明後日も、いつまでも……僕たちはこんな日常を繰り返して生きていく。

 この日常は、変えさせない。明日も、いつも通りでありますように。

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