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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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やすらはで寝なましものをさ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな

 今回は、異変に気付く前の夜みたいな話です。

 異変の兆候は徐々に迫ってきているのに、夜と眠気のベールに包まれたそれは日常と変わらないように見えて……ゾンビ成分は乏しいです。


 私も夜更かしは苦手なのですが、夜中の授乳は待ったなし(泣)

 私は本来、夜更かしが得意な方ではない。

 それでもこんな時間まで起きていたのは、愛する夫のため。

 いつもは自分の帰りが遅くても待っていろなんて言わないあの人が、今日は珍しく私にそれを求めてきた。

 だから私も、たまには応えてやろうかという気になった。

 それだけのこと。


 自分の食事の片付けを終え、風呂に入って髪を洗う。濡れた髪を乾かして肌の手入れを終えると、もういつもは寝る時間だった。

 さあ、これから何をしようか?

 夜は長い。夫がいつ帰ってくるかは分からないけれど、それまでは自由時間だ。

 ああ、そうか、眠る時間を削れば私の時間はこんなに手に入るんだ……私は、少しわくわくした。


 とはいえ何かする事がある訳でもないので、私はとりあえずテレビを点ける。

 いつも見ていない深夜ドラマを今日だけ見ても仕方ないし、下品なバラエティを見る気にもなれないので、とりあえずニュース。

 といっても、深夜のニュースなんて夕方のニュースをもう一度見るようなもの。特に目が覚めるような面白くて新鮮なものはない。

 刺激のなさにうんざりして外を見れば、高く昇った月がこうこうと地上を照らしていた。

 月の高さ以外は寝る前に見るのと変わらない、いつもの静かな夜。

 まあ、夜が更けるほど周りが静かになっていくのは当たり前の事なんだけど。


 時間が流れるのが、遅い。

 人は退屈な時間ほど長く感じると聞いたけど、こんなに実感したことはなかった。

 私、夫が帰ってくるまで起きていられるかしら?


 そんな私の眠気に水を差すように、テレビが緊張した声で言った。

「臨時ニュースです、都内で大規模な混乱が起こっている模様です!

 これは抗争……いえ、暴動でしょうか?」

 聞き慣れない言葉に、私ははっと画面に目を向けた。

 映っていたのは、高層ビルの間を人々が右往左往する様子。あちこちで人が人を追いかけたり、取っ組み合いで殴り合ったりしている。

 外国ではよくあるけど、日本では見たことがない光景。

 これは少し目が覚めた。


 目が覚めたついでに、気づいた。

 これって、夫の会社の近くじゃない?


 合点がいった。

 夫がさっき、必ず帰るから待っててくれ、なーんて電話してきたのは、これを見て動揺したせいだったのね。

 いつもクールなあの人だけど、こんな事があったから平和な家庭が恋しくなったのね。

 可愛い人……私はちゃんと待ってるから、何も心配なんていらないのに。

 私は夫が焦って余計なトラブルに巻き込まれないように、慌てないで帰れる時間に帰って来てねとメールを送っておいた。


 気が付けば、月はもう中天に差し掛かっている。

 時計を見ると、短針が月と同じように頂点に達していた。

 こんな時間になってしまったら、もう終電に間に合わないかもしれない。それ以前に交通機関が事故で乱れているようなことをニュースで言っていたし、これでは帰る足が心配だ。

 夫にメールを送ってみたけれど、返信はない。

 いっそどこかに泊まってくれれば、私も寝られるのだけど……でも、これではまだ勝手に寝られない。


 モヤモヤと湧き上がってきた眠気を噛み殺して本を読んでいると、突然ガシャーンと大きな音がした。

 はっと目が覚めてベランダから外を見てみると、家からほど近い十字路で車が塀にぶつかっているのが見えた。

 倒れていた人が起き上り、運転席から出てきた人と揉み合いになる。

 嫌なものを見てしまった……通報した方がいいかしら?

 戸惑っているうちにぶつけられた家の電気が点いたので、私はホッとして手にしかけた携帯電話を置いた。

 遅くまで起きているだけでもおっくうなのに、これ以上のトラブルはごめんよ。


 しばらくしてパトカーのサイレンが聞こえ始め、近くで止まった。

 関わりたくはないけれど、ついつい見てしまう。だって何か刺激がないと、眠ってしまいそうなんだもの。


「当事者がいない?」

 聞こえてきた会話の一部に、私は首を傾げた。

 見れば、現場にいるのはかけつけた警察官と野次馬だけで、けんかになっていた二人はいなくなっていた。

 どうしたんだろう?塀を弁償させられるのが嫌で逃げたんだろうか……被害者まで?

 そのうち、警察官が野次馬に帰れと促し始めたので、私も部屋に戻ることにした。これ以上見ていても、あまり面白くはなさそうだ。

 それでも何となく気になって振り返ると、西に傾き始めた月と目が合った。


 部屋に入ると、私は大きなあくびを一つして、ベッドに腰を下ろした。

 我ながら、よく起きていたものだ。午前様なんて、学生時代にもあまりしなかったのに。


 結局、あれから夫からの連絡はない。

 どうしているのか心配ではあるけれど、こちらから電話をかけても出ないのでどうしようもない。

 いや、案外夫も帰れないままどこかで眠っているのかもしれない。

 それならもう待っている必要もないから、私もさっさと寝てしまおう。


 ベッドに入ると、眠気がどっと押し寄せてきた。

 こうして、一眠りして朝が来たらまたいつものように一日が始まるのだろう。

 きっと朝には目が覚めた夫から連絡が来て、私は謝罪の言葉を聞かされるのだろう。こんなに遅くまで起こしておいて、謝らなかったら文句の一つも言ってやる。


 昔は、深夜に遊ぶことに憧れて、何か面白い事があるんじゃないかと思っていた。

 でも、いつも見ない時間だからといって、何か特別な事が起きる訳じゃない。そして、今夜もそうだった。

 夜のベールで隠されていても、結局日常を超える事は起こる訳がないのだ。

 月が西に傾くにつれて日の出が近づき、またいつもの朝が来るだけ。

 だから非日常を求めて夜遅くまで起きているのは、無駄でしかない。


 眠りに落ちる間際に、どこかで悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、もはや起きる気力はなかった。

 一眠りしたらまたいつもの朝が来る、それだけ。

 変わり映えのない日々の夢を見ながら、私はぬくぬくと眠りに落ちていった。

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