天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
授乳が大変で夜何度も起こされるので、月キャンペーンです。
遠い地にて故郷への想いをはせる歌は世界各国にありますが、ゾンビの世界でも故郷を遠く離れた逃走は定番です。
しかしどんなに遠く離れても、地球上である限り、同じように降り注ぐ柔らかな光があるのです。
夜は暗い、世界のどこに行ってもそれは共通だ。
しかし、今俺の周囲を覆っている夜は、俺が慣れた夜よりずっと暗く冷たい。
頭上に広がる空で輝いている月や星々は、故郷の空のそれよりずっと明るい。
故郷を後にしてから、一体どれだけ経っただろう。
夜が暗いのは、周りに他の明りがないから。
俺が生まれ育ち、そしてちょっと前まで住んでいた故郷では、夜はこんなに暗くなかった。道に沿って並ぶ街灯、24時間営業のコンビニ、そして所狭しと立ち並んだ住宅の明りが夜までも外を明るく照らしていた。
あの頃はそれでも夜を暗いと思っていたが、今思えば信じられない。
周りに何も照らすものがないここの夜と比べれば、故郷の夜は何と優しかったことか。
月や星が明るく見えるのも、周りに他の明りがないから。
故郷では、夜でも地上の明りが空まで照らして夜の濃紺を薄めてしまい、月の光はぼかされ星のいくらかは覆い隠されて見えなかった。
今この地の空は澄んだ暗黒で、月や星は鮮烈な光を放っている。
こんなに美しい夜の空は、故郷では見えなかった。
しかし、空の光が目立つということは地上に光がないということ。
今俺の周りを水のように満たしているのは、どこまでも黒く不透明な闇。鼻をつままれても分からない程の闇の中で、俺はひたすら夜明けを待っている。
地面に何があるかも分からず、仲間の顔がどこにあるかも分からない。
かつての夜のように読書をしたりラジオやテレビで時間を潰すこともできない、恐ろしく暇で緊張に満ちた夜。
明かりはつけようと思えばつけられるが、生きるためには無闇につけるのはご法度だ。
だって、周りはこんなに暗い黒一色の闇……ライターやマッチのようなごく小さな光でさえ、ここでは空の星々のように鮮烈な光を放つ。
その光は闇の中に潜んでいるかもしれない奴らの白く濁った目を射ぬき……餌の在処を奴らに知らせる。
周囲に光が全くないということは、周囲に住んでいる人がほとんどいないということ。
そんな中でポツンと灯る光があったなら、それはそこに人がいる証に他ならない。
不用意にその信号を灯すことは、命取りになる。せっかく奴らから逃げてこんな所まで来たのに、ここで死んだら話にならない。
そう、俺は逃げてきたのだ。
街に明かりが満ちていた故郷を捨て、月と星以外に光のないこの地まで。
故郷はもう、人が生きられる地ではなくなった。
街を満たしていた人々はことごとく人食いの化け物へと変わり、まだわずかに灯っている明りに押しかけて生き残った人々を襲うようになった。
心臓が止まり、腐りかけた体でなおも動いて人間の肉を貪る死体たち……元は人間だ。
奴らは人間を襲って噛みつくことで相手を仲間に変えて増える。つまり、元々たくさん人がいた所ほど今は奴らがたくさんいる。
奴らから逃げるために、俺はひたすら人のいない地を目指して逃げ続けた。
人口の集中した近畿を抜けて北陸へ、さらに首都圏から離れて東北へ、海を渡って北海道へ、そこからさらに海を渡って……。
日本はとにかく、人口の割に国土が狭すぎる。どんなに山奥で人がいないように見えても、人口が密集していた地域からそんなに離れていない。
それに日本は島国だから、大量に増殖した奴らが国境を越えて広がって薄まっていくこともない。狭い牧場に押し込められた家畜と同じだ。
だから逃げるには……日本を離れるしかない。
今、俺がいるのは、おそらくカムチャッカ半島のどこかだ。
北海道から北方領土、千島列島を渡って、俺はこのほとんど人が住まない広大な森林へと逃れてきた。
森であればある程度の水と植物性の食べ物は手に入る。動物性の食べ物も、仲間と力を合わせれば手に入る。
しかし、避難民があまり多すぎても良くない。人が多すぎるとその土地の食物はすぐなくなるし、何より化け物の発生源になる。
だから俺は何度も海を渡り、こちらに来た。
この地の夜は暗く寒い、しかし危険は少ない。
ほとんど人の住まぬ、そして人の多い地域から遠く離れたこの地なら、化け物はほとんどいない。
それでも、全くいない訳ではないから油断はできない。
俺は今こうして休んでいる間も、耳を澄まして張り巡らした鳴子の音に神経を集中させている。
もし、無言や唸り声とともにアレが鳴った時は……。
突然、鳴子がカタカタとけたたましい音を立てた。
俺は跳ね起き、枕元の武器と懐中電灯に手を伸ばす。
そして、懐中電灯をつけるべきか命を懸けた思案を……。
その緊張は、すぐさま発せられた謝罪の声によってかき消された。どうやら、仲間の一人が誤って引っかけてしまったらしい。
意味は分からないが、人の言葉であることは分かる。
意味のある話し合いをするには、文字が読める程度の明りが必要だ。
仲間……故郷の人でもなければ、故国の人でもない。ここに避難してくる過程で出会い、生きるために力を合わせることになった人たち。
日本人ではないが、漢字である程度の意思疎通ができる人たち。
中国人、台湾人、年配の韓国人……皆が皆、生きたくて故郷を捨ててきた。
俺たちは、一人ぼっちの集合体だ。
誰一人として、生まれ育ってきた故郷を共有できる者はいない。
今いるこの地は誰の故郷でもなく、周りを覆っている環境は誰の故郷のものとも異なる。この地に住んでいる人々とは、言葉はおろか文字すら共有できない。
ここは慣れ親しんだものが何もない、まさに地の果てだ。
我ながら、本当に遠くまで来てしまったものだと思う。
しかし、故郷とも仲間とも、共有できるものが空にはある。
暗黒の空で鮮烈な光を放つ月……あれだけは、故郷の空にあったものと同じだ。光の見え方は違っても、間違いなく同じ月だ。
そして仲間たちがそれぞれの故郷で見ていたのも、同じ月だ。
ああ、月よ、俺たちは皆おまえを通じて心に故郷を映しているのだ。
おかげで俺たちはその気持ちを共有し、分かち合うことができる。折れそうになっても励まし合い、生きていくことができる。
この先どこまで行くのかは分からないが、月だけは変わらず俺を照らしてくれる。
地球上のどこにいても、星の見え方すら違う異境にあっても、月の光だけは降り注ぐ。
このクリーム色の柔らかい光ある限り、俺は心の中の故郷を失わずにいられる。他の仲間たちも、それぞれの故郷を。
どれだけ故郷から離れようと、時が経とうと、俺は月を見上げるたびに思い出すのだろう。
在りし日に、ぽっかりと山の上に浮かんだ月が照らしていた、懐かしい故郷の風景を。




