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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関

 関は隔て、区別するもの。

 ゾンビの世界に作られた関は、どんな出会いと別れを見てきたのでしょうか。

「行ってくるよ」

「元気でね!」

 今日もまた、別れの言葉が交わされる。

 関のこちら側からあちら側へ、また一人旅路へと足を踏み出す。

 出て行く者は名残惜しそうに何度もこちらを振り返り、残された者は涙を拭いながら手を振り続ける。

 関ができて以来、毎日のように繰り返されてきた他愛のない光景。


 きっと帰ってくるから、目的を果たしたら戻ってくるから。

 果たせるかどうかも分からない約束をして、別れを惜しむ人々を旅人は慰める。

 残された者たちは肩を震わせて嗚咽し、旅人がその約束を果たしてくれるように何度も念を押す。

 ああ、しかし内心は分かっているのだ……その約束が果たされる保証など誰にもできないことを。


 ここは、生者の世界と死者の世界を隔てる関。

 ここを越えて踏み出す者には、命の保証はない。

 一見何の変哲もないあの門は、これまで幾多の命を飲み込んできた。


 別に、あの世とこの世を隔てる門という意味ではない。

 ここはれっきとしたこの世だし、関の向こうも一応この世ではある。だが、こちら側よりずっとあの世に近いのは確かだ。

 なぜなら、あちら側にはこの世のものならぬ存在が我が物顔でうろついている。

 胸の鼓動が止まり、肉が腐り果てても動き続ける死者たちが。


 この関は、死者の世界を食い止めるために作られた。

 起き上って人を食い、仲間を増やしながら迫りくる死者たちから、生者の世界を守るために築かれた防衛戦の一部がこの関だ。

 幸いといっていいのか、死者が動き出す原因は何らかの感染症だった。

 感染症ならば、非常に原始的な手段で対応が可能だ。つまり、感染者と発症者……噛まれた者と死者を隔離すればよい。

 ワクチンがなくても治療薬がなくても、病原体を入れさえしなければ病は広がらない。

 太古の昔から、人間はそうして疫病を防いできたのだ。


 しかし悲しいかな、交通網の発達した現代において、隔離はそう簡単にいかなかった。

 昔であれば集落単位、町単位で隔離すればそれほど被害は広がらないだろう。

 しかし今は、長い距離を短時間で移動できる乗り物がある。そして多数のために少数の意見を無視してはならぬという、人権意識がある。

 それらが防衛の枷となり、感染は急速に拡大した。

 結果、なりふり構わぬ隔離に出て防衛線を築いた時には、もう死者の世界より生者の世界の方が狭くなってしまった。


 関は、生存している世界と失われた世界をつなぐ門だ。

 本当ならば、こんな関は存在せず完全に壁を閉じてしまった方が防衛上は好ましいのだろう。

 しかし人々は、危険を冒しても関を作って自らを守る防衛線に穴を開けた。

 切り捨てられ、失われた世界にまだ会いたい人がいるから、取り戻したいものがあるから……人々はこの関に望みをつなぐ。


 今日もまた、一筋の望みをかけて、何人もが外の世界に足を踏み出す。

 いつ、どこから襲ってくるか分からない死者に怯えながら、それでも譲れぬ願いのために自ら安全な地を後にする。

 残された者は、ただ旅人の無事を祈るしかない。

 この別れが永遠の別れにならぬと、誰が約束できようか。


 ここは、別れの関だ。


 しかし人々は、この関を出会いの関……「逢坂の関」と呼ぶ。

 昔からの呼び名なのか、誰かがそう呼び始めたのかは分からない。

 だが、人々は己の中の希望をこの関の名に託し続ける。旅立った者が無事帰って来て再び会えますように。そして、死の世界に取り残された大切な人がここを越えて会いに来てくれますように。


 そう、ここは死の世界から生者の世界への入口でもある。

 死の世界へ旅立った者は、運が良ければ離れ離れになっていた家族や友人を連れて再びここに帰還する。

 あるいは、死の世界で生き抜いていた者たちが自力でここまでたどり着き、晴れて生者の世界に仲間入りすることもある。

 そんな幸せな光景を見た日には、出会いの関の名が実感をもって心地よく響くものだ。


 それ以外にも、この関は出会いに満ちている。

 旅に出ようとする者は、一人では命がいくつあっても足りないから、ここで同じ方面に向かう仲間を見つけてパーティーを組む。

 残された者たちは同じ境遇の者たちと感情を重ね合わせて手を取り合い、旅人が戻るまでの寂しさを埋めるべく友達になる。

 外へ行くための装備と外から入ってきた物資を売るために市が立ち、多くの人々が行き交って出会いが生まれる。

 知っている者との再会も、知らぬ者同士のあいさつもある。

 この関には、そんな出会いがあふれている。


 今日は運よく、外から辿り着いた避難者を見ることができた。

 死の世界の過酷な旅路を終えて、一家らしき数人はこの関にやってきたのだ。

 新しい生活や新しい出会いの予感に包まれているのか、もしくは関の内側にすでに知り合いがいて再会を夢見ているのか……子供たちの表情は楽しげだ。


 しかし、一人だけ様子のおかしい子がいた。

 他の子よりも顔色が悪く、心なしか厚着をしているように見える。

 それに気づいたのか、関守の警備員が素早くその子に駆け寄る。そして、うろたえる両親を制してその子の服をまくり上げる。

 濃い色の服の下から現れたのは、赤黒い血のにじんだガーゼ。

 警備員が、慣れた手つきでそのガーゼをはがす。


「感染者を発見した、確保!!」


 哀れ、その子は噛まれていたのだ。

 あっという間に警備員たちがその子を拘束し、担架に乗せてどこかへ連れていく。

「イヤー!!お父さーん、お母さーん!!」

 子供は泣き叫んだが、両親は手を出さなかった。観念したように下を向いて、せめて残った子供たちを抱きしめている。

 感染者を関の中に入れる訳にはいかない以上、これは当然の処置だ。

 どうしても一緒にいたいと望めば、生者の世界には入れてもらえないのだから。


 ああ無情かな、出会いと別れは行く者にも来る者にも訪れる。

 この関は、一体どれだけの出会いと別れを見てきたのだろうか。

 それでも新たな出会いがある限り、人はこの関を行き交い続ける。行く者も来る者も、この関の先に希望を託す。

 どうかこの関が、その名の通りこれからも出会いを生み出し続けてくれるように。

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