名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな
有馬山裏話第4弾、彼女は詐欺師に愛を与えられてとても幸せになりました。
愛は女の子をきれいに、そして強くする。
果たしてこの恋は、彼女にとっていいことだったのか。
愛した男がどうなったかは『有馬山~』のとおりです。
地理関係 東←逢坂山―京都―大阪・有馬山―神戸・山陽地方→西
愛しいあなたへ、元気にしていますでしょうか。
私は、今日も元気に力仕事をこなしています。
あなたとの約束を守ろうとしたせいで、罰を受けて外での危険な任務につかされてしまったので、元気でないとやっていられません。
でも、私はまだあなたを愛しています。
危険な仕事の合間にあなたの帰れる場所を見つけて、あなたを待っています。
今日も私は、避難所の外に出て食料と物資運びです。
あまりたくさん背負うと背骨や腰が痛いですが、仕方ありません。リーダーが決めた量以上を持ち帰らないと、まともにご飯を食べさせてもらえませんから。
避難所の幹部の方々曰く、これは教育なんだそうです。
他人が命を懸けて集めた食料を勝手に持ち出そうとした私に、食糧のありがたみと手に入れる苦労を分からせるための。
でも、後悔はしていません。
私はあなたとの愛に身を捧げると誓いました。
むしろ今は、食糧を持ち出したところを見つかってしまい、あなたに渡せなかったことを何より心残りに思っています。
あなたはその日から行方が分からないけれど、きっとまた会えると信じています。
お仕事が始まって避難所の門が閉まると、私は一人で秘密の場所に向かいます。
仲間の目は気にしなくても大丈夫、私を守る役割の人はいませんから。
誰かがつけてきていないかも、まあ大丈夫だと思います。罰でもないのに好きで門の外に出る人間なんて、ほぼいませんから。
外は危険なので、外の仕事は戦う力のある人か、いなくなってもいい人に限られます。
だから私が外に出てどこで何をしていようが、きちんと日没までに決められた量以上のものを持って帰れば関係ないんです。
避難所が見えなくなるくらい歩いて、私は山裾の住宅街に向かいます。
街中の商店街と違って物資を集める効率は悪いですが、仕方ありません。街中は危険が多いので、私一人では対処できないかもしれませんから。
それに、私が今作っている秘密の場所を、避難所の仲間に見つかったら厄介です。
だから、私はあえてここまで歩いてきます。
住宅街の外れまで来ると、私はわざと少し音を出してみます。
物資や食料だけが目的なら、音を立てるのはあまりよくない事です。
でも、これは私とあなたのための環境整備のためですから、必要なんです。
音を立てると、私を食べようとする危険なものが寄ってきます。でも、そいつらを倒しておかないと後々私たちの幸せな暮らしに水を差されてしまいます。
だから私は、恐ろしいゾンビにも立ち向かいます。
音を立てながら進んでいると、前方の曲がり角からふらふらと人影が出てきました。
意味をなさない唸り声を漏らして、足を引きずりながら近づいてくるそれはが、私の倒すべき相手。人の幸せな暮らしを羨んで、壊そうとする生ける屍。
このゾンビと呼ばれるものは、私たち生きた人間を食べに寄ってきます。
食べられてしまったら当然私は死んでしまうし、運よくその場は逃げ出せても少しでも噛まれていたらおしまいです。噛まれた人は、数日のうちにゾンビの仲間になってしまいますから。
そうなったらもうあなたに会えないし、あなたを思い出すこともできません。
もちろん、あなたがそうなるのも嫌です。
だから私は少しでもこの周辺が安全になるように、一生懸命ゾンビを倒します。
周囲を見回して他のゾンビが近くにいないことを確かめると、私はハンマーを構えて速攻でゾンビに駆け寄ります。
そして、素早くゾンビの足を払って転ばせたら、頭を狙って一撃。
いえ、一撃では終わりません。これまでの恨みを込めて、頭が砕けるまで殴ります。
こいつらがいるから、食糧が貴重品になってしまって、あなたとの恋が叶わなかった。
こいつらがいるから、社会の掟が変わって私がここまで重い罰を受けるはめになった。
敵がこいつらであるせいで、私は避難所に帰るたびに裸にされて噛み傷がないかを確かめられなければならない。
裸なんて、愛するあなた以外に見られたくないのに……。
この住宅街は、私がそんな恨みをぶつけて倒したゾンビの亡骸でいっぱいです。
正直、これだけ倒すのは苦労しました。
でも、私とあなたの安全な新居のためには仕方ありません。
それに最近は、前よりずっと楽に倒せるようになってきました。毎日重い荷物を運んでいるおかげで、余計な脂肪が落ちて筋肉がついてきたせいでしょう。
おかげで、私は前よりずっときれいになりました。
この調子なら、きれいな私と安全な新居であなたを迎えてあげられる日も近いでしょう。
新居は、山裾の半ば林に埋もれかけた一角にあります。
中でも、家の大部分が植物のつるに覆われて入口がとても分かりにくい、とっておきの物件です。
でもそのつるにはクリスマスの飾りみたいな赤くてかわいい実がついているから、よく見れば分かりやすいんですよ。
その身は食べるとほのかに甘くて、まるで私たちを応援してくれているみたいです。
この場所は今は私だけの秘密ですが、いずれ二人の愛の巣になるでしょう。
つるをかき分けて家に入ると、そこはもう引っ越し前の新居です。
他の家からもらって運んできた生活用品が、きれいに並んでいます。ファンシーな柄の布団や毛布、お揃いのコップと歯ブラシ、食糧もけっこう貯めこんであります。
もっとも、これは私が食糧をあまり見つけられなかった時のための、持ち帰り用のストックでもありますが……あなたが戻って来てここで二人暮らしを始めたら、もう避難所に戻ることもないでしょう。
ここは私の幸せの園、あとはあなたがここに戻って来てくれさえすれば……。
足りないのは、ただあなただけなのに……。
あなたが今どこにいるかは、分かりません。
でも最近、あなたの悪い噂を聞きました。
それは、神戸か大阪の方からきた一枚の警告文。女をそそのかして食料を盗ませる詐欺師に気を付けろと、写真まで入ったもの。
写真の中にいたのは、間違いなくあなたです。
でも、私は不謹慎ながら、それを少し嬉しく思っています。
だって、あなたが生きていると分かったから。ここからはずいぶん遠いところだけど、ちゃんと無事でいてくれたから。
それに、詐欺師だって構わない。
あなたは、私に初めて愛を教えてくれた。私には、それだけ。
むしろ詐欺師としてあの辺りで悪名が広がれば、あなたは生活の糧を失ってここに戻ってくるかもしれません。あなたを他の女に取られることも、もうなくなるでしょう。
そうしたら、後は私がここで受け止めてあげるだけです。
ただ気がかりなのは、あなたにそれを伝える手段がないことです。
詐欺師だという情報が広がる前なら、あなたがどこかの集落にいれば連絡を取れたかもしれません。
でも、あなたは今どこにも受け入れてもらえない、追われる身。
私の避難所の仲間たちだって、あなたが現れたらすぐさま追い出すか……場合によっては殺そうとするかもしれません。
多くの集落の目をかいくぐって、人に知られずにここまで来られるでしょうか。
神戸や大阪は、ここからいくつも山を越えた向こうです。
食べる物もろくになくて、どこにゾンビが潜んでいるか分からない山の中を、ここまで逃げてこられるでしょうか。
それだけが、今の私の不安です。
そんな不安にのまれそうになった時、私はあるおまじないをします。
新居にからみついたさねかずらの実を口に含み、その甘さで心を癒しながらお祈りをします。
長く伸びて、山からつながっているさねかずら。その長いつるとよく目立つ赤い実で、どうか愛する人を導く目印になってください。
あなたが山に這うこのつるを伝って、誰にも見つからずにここに来られますように。
そう言えば、この山は逢坂山といって、人と人が逢うという名を持つそうです。だからきっと、私たちを再び逢わせてくれると思うんです。
再会したら、もう罪を犯すのはやめて二人で愛し合って暮らしましょう。
家を覆って絡み合うさねかずらのつるのように、身を寄せ合って一緒に眠り、温かい愛でこの家を包んで幸せになりましょう。
きっと、一緒に寝る時はびっくりしますよ。
私、あなたと初めて出会った時とは比べ物にならないくらい、やせてきれいになりましたから。
最近は避難所の男の人たちの私を見る目が変わってきましたが、私にはあなただけです。だって、太って何もできなかった頃の私にも愛をささやいてくれたのは、あなただけですから。
あなたのおかげで私は愛を知り、こんなにきれいになりました。
一度別れてしまった事も、仲間に責められて罰を受けたことも、今では全てがこれからの幸せの糧のように思えます。
愛は女の子をきれいにする……これが罪だなんて私は認めません。
私は明日からも、人目を忍んであなたとの生活のための準備を続けます。
だからどうか、あなたも誰にも見つからずに無事に帰って来てくださいね。
どんなに世界が辛くても、あなたの帰る場所は私がここで守っているから。




