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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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音に聞くたかしの浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ

 季節系の歌ばかり書いていたら、心情系の歌が異常に多く残っているという状況になってきたので、恋心の歌を集中していきます。


 今回からの恋歌キャンペーンは、『有馬山~』に登場した男の裏話にもなっています。

 男が女を笹原で突き放してから、もう一度有馬山に戻ってくるまでのお話です。

「どうして!!」

 突然の知らせに、私はそれを伝えに来た男に詰め寄った。

 私の親友が、死んだ。それも事故とかゾンビに噛まれたとかじゃなくて、仲間の手で拷問を受けて自ら命を絶った。

 聞けば、彼女はその避難所の食糧をかなりの量無断で持ち出したらしい。

 私は、思わずかぶりを振って叫んだ。

「良子は、そんな事するような子じゃない!!」

 彼女の性格は、私もよく知っている。

 生真面目で誠実で、とても素直ないい子だった。

 それがどうして、こんな事になってしまったのか。


 世の中が変わる前ならば、謝って軽い刑に服せば許される程度の事。でも今はそうじゃない、だから彼女は死ぬことになってしまった。

 以前なら近所の店でいつでも、いくらでも手に入った食糧は、今では命の次に大事な貴重品。

 食糧を手に入れるには命の危険が伴うし、でも食糧がなければ命をつなぐ事はできない。

 だから食糧はどこの集団でも厳重に管理されていたし、それに勝手に手を付けようとすれば重い罰を課せられる。

 それが、変わってしまった世の掟。


 でも、分からないのはなぜ彼女がそんな事をしたのかということ。

 彼女は人を裏切ったりだましたりするのが大嫌いだった、だからこそ食糧の管理という重要な役割を任されていたのだろう。

 そんな彼女が食糧を盗んだなんて、にわかには信じられなかった。


 心の中は曇ったまま、それでも時は過ぎていく。

 彼女とは別の集落にいたから、詳しい事は今でも分からない。そんなに遠い集落ではないけれど、今は外に出ること自体が危険だから。

 情報が入ってこないせいで、疑いばかりが募っていく。

 彼女が罰せられた理由は本当なのか、そもそも本当に彼女は自分で死んだのか。周りの仲間たちは、本当の事を隠そうとしているんじゃないか。

 そう思うと、一緒に暮らしている仲間の事も、以前のように信じられなくなってしまった。


 でもそんなある日、私はこの気持ちを分かってくれる人に出会った。

 それは私が他の仲間と一緒に外に出た時の事。

 私はその時も、彼女の事を考えて注意が散漫になっていた。外に出るのにこんな状態ではいけないのだけど、私は考え続けるのを止められなかった。

 ぼーっとしていた私を現実に引き戻したのは、コーンと高く響く空き缶の音。

 気づかずに蹴ってしまったのだろうかと、私は慌てた。だって、外に出る時は極力音を立ててはいけない。

 音を立てると、危険なものに気づかれるから。

 焦って周りを見回した私は、こちらを見ているいくつかの白い目と目が合った。


 白い目……それは、命なき者の証。

 白い目をして口の周りを血と涎でべとべとに汚し、腐って変色した肌を持つこの化け物を、私たちは一般的にゾンビと呼んでいる。

 映画の中と同じように、人の心をなくして人の肉を貪る死体。

 私は、不注意にもそれに見つかってしまったのだ。


 ゾンビの動きはのろい。すぐに走って逃げるか仲間に知らせて戦うかすれば、助かるのはそれほど難しくない。

 でも、私は運悪く逃げ場の不自由な細い路地にいた。仲間と顔を合わせづらかったから、見張りの役にかこつけて一人でいた。

 仲間に疑いを持ってしまっていたから、声を上げるのが遅れた。

 その間に、数体のゾンビがすぐ側まで迫っていた。

 このままでは、私は食われる……!?


 その時、ゾンビの後ろで威勢のいい声がした。

「おい、女の子いじめてんじゃねえよ!!」

 ほぼ同時に、一番後ろのゾンビの頭がひしゃげて倒れる。他のゾンビたちも振り向いた側から、頭を殴られ首を折られて倒れていく。

 誰かが、私を助けてくれた……私はその奇跡を、震えながら見ていた。


「大丈夫か?」

 全てのゾンビを片づけると、彼は心配そうに手を差し伸べてくれた。

 集落の仲間じゃない、他の近隣の集落でも見たことがない若い男だった。体つきはがっしりしていて、でも顔はきれいに整って爽やかないい男。

 状況のせいもあって、私は一瞬で恋心が芽生えるのが分かった。

 私の命を助けてくれるのは、集落の仲間だけじゃない。

 仲間を信じられなくなりかけた私に、心の拠り所ができた。


 彼は即戦力になるたくましい若者として、集落に迎えられた。

 でも、集落の仲間はそんな彼に対しても、すぐには心を許さなかった。何でも、周辺の集落で食糧や物資を盗まれる事件があって、彼が犯人ではないかと疑っているのだ。

 私の目には、そんな集落の仲間がとても冷たく映った。

 こんなに役に立ってくれる、勇敢に私を助けてくれたこの人をも信じられないなんて……私はますます、仲間を信じられなくなった。


 でも、私はもうその気持ちを一人で抱え込まなくて良かった。

 優しく包容力に満ちた彼が、私の愚痴を聞いてくれるから。仲間には言えない仲間への不信も、彼は親身になって聞いてくれる。

「そうかい、そりゃ辛かったな。

 食糧はまた探せばいいけど、人の命はなくしたらもう戻って来ないのに」

 親友の話にも、彼はこう言ってうなずいてくれた。

 この人は、本当に私を分かってくれる……私はますます彼の事が好きになった。


 彼と話すうちに、私はますます集落の仲間に疑いを持った。

「だって、その女が本当にその理由で殺されたってどうして分かるよ?

 今は情報がズタズタで、離れた場所で起こった本当の事なんて分かりっこない。本当はその女、欲望のはけ口にされて殺されたんじゃないのか?」

 私の不安ともろに重なる言葉。彼の口から出ると、余計に真実味を帯びて聞こえる。

 次第にここにいるのが怖くなってきた私に、彼は言った。

「二人で、ここを出よう。そして、もっと安心できるところで生きていこう!」


 私は、彼と出て行くことにした。

 彼ならば信じられる、本当に私を守ってくれると思ったから。

 彼との新たな生活のために、食べ物と日用品を少しくすねたけど、ふしぎと悪いとは思わなかった。

 だって、集落の仲間が私をだまそうとしてるんだもの、先手を打って逃げたって罰は当たらない。

 それからせめて携帯電話を充電しておこうと思い立ち……それが私の運命を変えた。


 電源を入れたとたん、メールが届いた。

 死んでしまった親友が、死ぬ前に私宛に送信していたメール。

 その添付ファイルを開いて、私は絶句した。


 何で、私の彼があの子と一緒に写っているの?


 添付されていた写真は、彼女と私の彼のツーショット。

 メールの本文には、素敵な彼氏ができましたと幸せな文章が綴られていた。

 不注意で音を立ててしまいゾンビに見つかったところを、助けてもらったこと。自分の愚痴を親身になって聞いてくれること。集落の仲間を信じてはいけないと、気づかされたこと。

 そして、彼と二人で暮らすために、食糧を持って出て行くことにしたと……。


 出会いから今に至るまで、全部、私と同じだった。

 彼女はきっと、それが見つかって掟に従って拷問されたんだ。

 あれ、もしかして今私も同じ状況になってる……?


 彼との待ち合わせの場所、待ち合わせの時間……暗がりで向き合う私たち二人を、突然強い光が照らしだす。

 驚いて顔を覆った彼に、私は怒りをこめて言い放つ。

「見つけたわよ、この詐欺師め!

 よくも良子をだましてくれたわね、仇を討たせてもらうわ!!」

 私の合図とともに、集落の仲間が放った矢や石つぶてが彼に降り注いだ。


 あの一通のメールで、全てがつながった。

 彼は良子を助けるふりをして心の隙に付け込み、食糧を盗ませようとしたんだ。

 わざとゾンビの側で音を立てて女を襲わせ、ヒーローみたいに助けて見せる。そして、こんな世界で誰もが心の底に抱えている不満に同調するふりをして、女を籠絡し、自分は手を汚さずに食糧や物資をかすめとろうとする。

 周辺で食糧が盗まれ、加害者の女の子が罰を受ける事件が多かったのは、全部こいつのしわざだった。


 残念なことに、彼はすばしっこく逃げてしまった。

 だけど私は絶対に彼を許さない。追いかける事はできないけれど、代わりに私は彼の写真入りの警告文を作って、連絡がつく限りの集落にばらまいた。

 もう二度と他の女の子が、私や親友のような目に遭わないように。


 この悪名高い男は、関わっても不幸にしかならない。

 たくましい体と甘い言葉で、一時は癒された気になるかもしれない。でもその代わりに私はこんなに涙を流し、良子は血すら流してその身を紅く濡らした。他にも濡れ衣を着せられた女の子が、何人いるか分からない。

 あの心地よい波に身を任せてはだめだ、命も心も全てを奈落にさらわれてしまう。

 あだ波を防ぐには、防波堤を……私は自作の警告文を親友の遺影に捧げ、泣いて祈り続けた。

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