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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰りこむ

 明けましておめでとうございます、正月と言えば門松です。

 今年もよい年になるように、門松代わりに松の話をどうぞ。

 青々と茂る松林の下で、私は君に別れを告げる。

 君が嫌いになったとか、そういう訳じゃない。

 私と君の愛は今も、年中葉を落とすことのない松のようにみずみずしく脈打っている。

 それでも、私は行かねばならない。いや、愛する君を守りたいからこそ、私は今から君を置いて行かねばならない。

 側に寄り添うだけが愛ではない、どうか分かってほしい。


 世の中が平和なら、二人で愛を育んでいるだけで幸せでいられる。

 でも、今はそうじゃない。

 私たちの命を脅かす敵が、今は平和なこの地域にも迫りつつある。それをどこかで食い止めなければ、私たちは不幸な終わりを迎えるだろう。

 君だって、それは望んでいないはずだ。


 この地域の平和を守り続けるためには、この地域で戦いになるまで待っていてはならない。

 この町から遠く離れた場所に防衛線を築き、何重にも陣地を作って立て直しがきく体制で迎え撃たねばならない。

 だから私は、この町を離れねばならない。

 特に、今迫りつつあるあの敵には、一歩たりともこの土地を踏ませたくない。

 奴らの一体でもここに入ったが最後、対応が遅れれば奴らはあっという間に数を増やし、平和も命も踏みにじられるだろう。

 奴らと、人の多いところで戦ってはならない。

 だから私は、町から離れた防衛線へと赴く。


 迫りくる敵は人間ではない、人間をやめた不死者の軍勢だ。

 人間に襲い掛かりその肉を食らい、さらに犠牲者を自分たちの仲間に加えてしまう、元は人間であった化け物。突然現れた謎のウイルスに侵された、人間の成れ果て。

 この不死者共に説得は通じない。死んでも腐っても動き続けている不死者共を支配しているのはもはや人間の魂ではなく、病がもたらす強烈な空腹のみ。

 一片の油断も情けも許されない、奴らとは戦うしかないのだ。


 この病が発生した時、感染性という一つの性質が地方ごとの運命を定めた。

 一体の不死者が噛みつく人間が多い程感染の広がりは早く、東京や大阪といった人口過密都市はあっという間に不死者の都となった。

 逆に人口の少ない田舎は、早い段階で察知して道を塞げば助かった地域も多い。

 私たちの住む山陰や東北地方では、まだかなりの人間が生き残って生活している。

 瀬戸内に住む人間はそれなりに多かったが、彼らはほとんどが海を越えて四国や九州に逃げようとしたため、山陰は意外にも助かった。

 それに、こちらの海に面した某国との不慮の事態に備えた軍備が、私たちの助けになった。


 おかげで、私たちの地域は速やかに不死者を排除し、それなりに平和な生活を送っている。

 交通の難所に関を作って避難民の流入を制限し、近隣の町と人や物資を分け合って人らしい生活を維持している。

 だから私と君の愛も、不死者の手にかかることなく生き続けていられるのだ。

 私は大切な君と、この平和な土地を、心から愛している。


 しかし、戦わねばならぬ時は迫っている。

 先日、大阪に近いいくつかの町が不死者の大群に踏み破られた。

 大阪で発生した不死者たちが、移動を始めたのだ。

 人口密度の高さゆえに一気に感染が広がった大阪には、もはや生き残りなどほとんどいない。つまり、不死者共の餌が枯渇したのだ。

 空腹が極限に達した不死者共は、わずかな人間の匂いを辿って周辺地域に繰り出し、小さな生存者の集団を潰しながらこの山陰へ……。


 その数は、軽く五百万を超える。

 とても一つの町の力で退治できる数ではない。

 個々の力では話にならないから、生き残った山陰地方は総力を結集して皆のための防衛線を築き、戦う事にした。

 力を合わせて皆の平和を、そしてそれぞれの愛する人を守るために。


 この松林が続く因幡の山々、その向こうに大阪や神戸がある。

 この山のはるか向こうから、膨大な数の不死者が迫っている。

 私はそいつらを迎え撃つために、山の向こう側で防衛線を張る。君のいるこの平和な町の土を、奴らに踏ませないために。


 会えなくなって悲しいのは分かる、しかし分かってほしい。

 私がここで君に寄り添っているだけでは、君を守る事はできない。

 他の防衛に赴く者たちだってそうだ。守りたいから、いつかまた共に幸せに暮らしたいからこそ、今は愛する人の側を離れる。

 君を危険に晒したくないから、君から離れたところで戦う。

 万が一にも、不死者の血の一滴でさえ君に届いてほしくないから。


 待っている時間は辛いだろう、しかし考えてほしい。

 戦える者の力を束ねて挑むのと、それぞれが大切な者を守りながら戦うのと、どちらがより力を発揮できるだろうか。

 そしてこの戦いが失敗に終わった時、どれだけの君と同じ立場の者が涙を流す事になるのか。

 皆、耐えているのだ。皆が幸せに暮らせる未来のために。


 君は私の袖にすがって、自分には何もできないと泣く。

 しかし、待っている君にもできる事はある。

 大切な君が元気に生きているからこそ、私は奮い立って戦いに挑めるのだ。だから気には毎日を無事に生きて、私の心を支えてほしい。


 ここから続く松林は、きっと山の向こうからでも見えるだろう。

 私はこの松林を振り返るたびに、君の事を思い出すよ。

 しっかりと根を張り、どんな厳しい季節にも枯れることなく、いつもみずみずしい緑で私に希望を与えてくれる松。

 君はこの松のように、健やかに私を見守っていてほしい。


 それに、正直ここは防衛線からそれほど遠くないから、たまには会いに来られると思う。

 あれだけの不死者を相手にする戦いが、そんなにすぐ終わるとは思えない。

 戦い続けて心がくじけそうになった時は、休息も必要だ。疲れたら時々帰って来て君の笑顔に元気をもらって、また君のために戦う。

 この町なら、それができる。

 前線に近いことは少し心配だが、ここは幸運と思っておこう。


 最後に、私は松の葉を一組取って君に手渡す。

 常に二葉一組の松のように、私はいつでも君の側にいるよ。

 そして私は必ず、生きて君のところに帰ってくると誓おう。

 私がこの松に君を映すように、君も松に私を映して待っていてくれ。V字につながる松の葉のように、この山の松を通じて君と私はつながっているのだから。

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