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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
32/103

憂かりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを

 最近ゾンビが出てくることが少ないなあと感じまして……一発起念して、今回は残虐度200%(あくまで当社比)回です。

 ヤンデレな彼女と激しすぎた非日常、叶えられた少年の願いとは。

 ずっと、振り向いてほしいと思っていた。

 頼りにしてほしいと思っていた。

 でも、彼女には大切な人がいて、僕なんかには目もくれなくて……そんな現実を自力ではどうしようもないから、神様に祈った。


 彼女に僕を見て、必要としてほしい、その一心だった。

 どんな形でそれが叶えられるかなんて、その時はどうでもいいと思っていたんだ。


『非日常のできごとが、想い人をあなたのもとへと吹き寄せてくれるでしょう。

 あなたがその時助力を惜しまなければ、その恋は成就します』

 運試しに引いたおみくじには、こう記されていた。

 非日常と言う言葉に、思わず胸が躍ったのを覚えている。しかも大好きな子を、自分のもとに寄せてくれる非日常ときた。

 二人っきりでどこかで迷子になるとか、不可抗力で二人で力を合わせないと抜けられない状況になるとか、あるいはもっと幸せでHな……。

 ありふれたラブコメのような都合のいい非日常を想像して、僕は神様に感謝した。

 そしてその非日常が本当に訪れる日まで、僕はその日を心待ちにしていた。


 その浮かれた妄想を、今ほど後悔したことはあっただろうか。

 今、僕の目の前には非日常の世界が広がっている。

 そして僕の隣には、あれほど冷たくてそっけなかった彼女が寄り添っていて、請うような目で僕を見つめている。

「ほら、早く手伝って。あなたの力が必要なのよ!」

 彼女は愛らしい声で僕をせかし、僕の手に白く柔らかい手を重ねた。


 普通に考えたら、それだけで心臓が跳ねて口から出て行きそうなおいしい状況。

 でも、今の僕は嬉しいとか楽しいとかじゃなくて心臓がバクバク打って止まらず、すぐさま胃の中のものを全てぶちまけたい気分だった。


 だって、非日常にも程があるだろう……。

 彼女と一緒のバスルーム……でもそこに広がっているのは、ホカホカの血の海なんだぞ!


 彼女は僕の手に添えられた手を、そっとのこぎりの柄にもっていった。真っ赤な血糊でベタベタになったその柄を、言われるままに僕は握る。

 目の前のバスタブには、目を血走らせてこちらをにらむ一人の人間……クラスメイトだ。

 そいつは手足をぎっちりと縛られて、おまけに声も出せないように口を塞がれていた。僕と彼女が、共同作業でやったのだ。

 僕は彼女の手に導かれて、のこぎりの刃をそいつの腕に押し当てる。ギザギザの尖った刃が肌に刺さると、そいつは目をむいて暴れた。

 思わず身を引きかけた僕を、彼女が叱る。

「ためらわずに一気にやらないと、余計苦しむよ。

 それに、あんた私を助けてくれるって言ったじゃん……あれ嘘だったの!?」

 泣きそうな顔で詰め寄られて、僕は仕方なくのこぎりを握り直す。


 ゴリ、ゴリ、ゴリ……グチュ、グチュ……ゴリ……

 肉が潰れる音と、骨が切断される音が、バスルームに響く。

 今僕が彼女としているのは、生きた人間の解体作業。顔見知りのクラスメイトを拘束して、腕を切り落としている。

 それは、紛れもない二人の非日常。


 身の毛もよだつ作業が終わると、彼女は思いっきり僕にくっついて甘えてくれた。

「さすが、やっぱりあんたが一番役に立ってくれる!

 私ね、本当にこんなことを頼めるのかすごく不安だったの。でもあんたは、あんただけはちゃんと私の頼みに応えてくれた。今私、すっごく嬉しいよ!」

 憧れの彼女の目が、唇が、体がこんなに近くにある。

 本当ならいろいろ触ってやりたい事があったはずなのに……今の僕は震えている事しかできない。

 彼女の体にも顔にも飛び散った返り血が、むせかえるような鉄の臭いを放っている。それが鼻腔に侵入するたび、僕は吐きそうになった。


「さあ、早くお母さんに持っていかなくちゃ!」

 彼女が、切りたての腕を持って立ち上がる。

 その先を考えたとたん、僕はますます震えがひどくなった。

 しかし彼女はそんな僕ににこやかにほほ笑み、声をかける。

「あ、そうだ……せっかく手伝ってくれたんだもん、一緒に行こ!お母さんに紹介してあげるね!」

 普通なら、飛び上がって喜ぶ状況……しかし僕の体は石になったように動かなかった。だって、彼女のお母さんは、もう……。


 彼女に引っ張られて向かった台所では、彼女のお母さんが待っていた。

 口の周りを血と肉片でベタベタに汚し、真っ白に濁った目を見開いて、人とは思えない低い唸り声を上げ続けている。鎖で柱につながれ、僕の姿を見た途端に首輪をほどこうと身もだえし始めた。

「違うの、お母さん、この人は食事じゃないの。

 この人は、私を手伝ってくれる大切な人……食事なら、ここにあるわ!」

 彼女が放り投げた切りたての腕に、お母さんは犬のようにむしゃぶりついた。


 目の前で繰り広げられる凄惨な光景を、僕は茫然と見ていることしかできなかった。

 彼女はお母さんに僕の事をいろいろと話しているようだけど、お母さんがそれを聞いている様子はない。

 そりゃそうだ、お母さんにはもう人としての思考や理性は存在しないんだから。

 血が流れてもいなければ心臓が動いてもいない、ただ食欲のみに突き動かされて人間の肉を食らう死者……お母さんはもう、人間じゃない。


 僕と彼女に降り注いだ非日常とは、死者が立ち上がって人を襲うという壮大なものだった。

 想像していたラブコメからはかけ離れた、血に汚れ腐臭に満ちた世界。

 確かに非日常ではあるが、やりすぎじゃないか、神様よ!


 それでも彼女から電話がかかってきた時は、まだ喜びの方が勝っていた。

 きっとこれから、彼女と二人きりの逃避行が始まるに違いない。そして無事生き延びる事が出来たら、僕たちは結ばれるんだと。

 あの時の都合のいい妄想にひたっていた自分を、思いっきり殴ってやりたい。

 彼女が僕を呼び出したのは、死者になってしまった大切なお母さんにエサをやりたくて、その手伝いが必要だったからだ。


 彼女の大切なお母さん……そもそもなぜ彼女が周りの男子に興味を持たなかったのかというと、お母さんにべったりだったせいだ。

 お母さんが人食いの死者になってしまった今でさえ、それは変わらない。

 殺すことなどできないと鎖と首輪で拘束し、お腹を空かせてかわいそうだからと人間の肉を与える。

 しかし直接かぶりつかせると、噛まれた人間も感染してそのうち食物でなくなってしまうため、人間を少しずつ切り取って与えないといけない。

 女の子一人ではとてもできない、重労働だ。

 それで、引っ込み思案でよく言うことを聞きそうな僕が選ばれた。


 人として一線を越えた共同作業で結ばれた、僕と彼女の非日常。

 確かに彼女は僕を必要としてくれて、たくさん甘えてくれる。いつも側にいてくれる。

 でも、僕はこんなのを望んだ訳じゃない。

 ゆるやかな日常の中のちょっとした非日常で彼女と仲良くなりたかった、それだけなんだ。

 彼女の愛は欲しかったけど、こんな激しいのは望んでないんだよ!!


 でも、もう逃げる事はできない。

 助力を惜しまなければ、恋は成就する……あのおみくじのアドバイスは本物だ。

 少しでも反抗するそぶりを見せたら、今度は僕がお母さんのエサになる番だ。僕の命がなくなるのだから、当然恋は成就しない。

 一度彼女を説得しようとした時、彼女は僕にナタを振り上げた。

 あの時折れていなければ、きっと僕は今生きていないだろう。

 僕が生きるためには、彼女を手伝って愛され続けるしかない。僕の代わりにエサになる生きた人間を呼び寄せて、さっきのような解体作業を繰り返すしかないんだ。


 家の外に逃げたら、もっと危険だ。

 今や非日常は、この街、この国全体を覆っている。

 外ではお母さんのような死者が縛られもせずに徘徊していて、僕のようないくじなしはすぐに捕まってエサにされてしまうだろう。


 家の中は地獄、外も地獄。

 そして僕の心を支えてくれるものは、彼女の愛ただ一つ。


 ああ……これは自分からは何の努力もしなかったくせに神頼みした報いだろうか。

 でも神様は、確かに僕の願いを叶えてくれた。僕を必要とし、愛してくれる彼女。二人での行同作業、それに一つ屋根の下で過ごしている。

 何もかもが僕の望んでいない激しいものだけど、叶ったのは間違いない。

 ならば、これから僕がやる事は一つ、彼女との甘い恋に身を任せて命を長らえ続けることだ。

 次の獲物を捕らえたら、今度は何をさせてくれるだろうか……相変わらず無責任な妄想に心を委ねて、僕はケータイのアドレスをスクロールした。

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