契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
色づいた葉も散って完全に冬になりました。家から出るのがおっくうになり、冬ごもりの季節です。
ゾンビの跋扈する世界で安全な場所を作れたら、できるだけそこに閉じこもっていたいのは多くの人の自然な感情です。
その中にいる、不確実な希望にすがって積極的に外に行こうとするこんな人を慈悲深いと見るか危険分子と見るかは、あなたの立場次第でしょう。
必ず探しに行ってやる、あなた方は確かにそう言いました。
でも、そう言ってから一体どれだけ経ったのでしょうか?
必ずと言っておきながら、そんな時が本当に訪れるのか、私には不安でなりません。
風が、無機質な壁の間を冷たく吹き抜けていきます。
そう、私たちの街は、幾重にも壁で囲まれて迷路のようになっています。
あの死体どもが越えられない、高い壁で囲まれた街。それが今私たちが暮らす街、できて一年余りの安住の地です。
万が一壁のどこかが壊れて死体が入って来ても、すぐに細い道を塞いで閉じ込めてしまえる防御性に優れた街。
でも、その安心が人を怠惰にすると思うのは私だけでしょうか。
この壁に囲まれた街ができてから、私は数えるほどしか外に出たことがありません。
高い壁を作ることは、悪い事ではないのでしょう。
だって今、壁の外には人を食うおぞましく腐敗した死体どもが歩き回っています。
人のようなシルエットをして人ではないそれに襲われて、それはもうたくさんの人が死にました。人が減り過ぎて、社会は壊れ流通は止まり経済は意味を失うほどでした。
だから生き残った私たちがまず一番にしたこと、それは死体に襲われない安住の地を作る事でした。
狭い路地を塞ぎ、家と家を壁でつないで、街の一角を完全に囲って……。
それでようやく安心して眠れるようになったことは、私も喜ばしく思っています。
次に私たちがしたことは、小さくても社会を再び作る事でした。
住む場所を整え、生きるための規律を作り、さらに継続的に食物を得るために畑を作って作物を植えました。
おかげで私たちは、今ではあまり壁の外に出なくても生きていけます。
ここは飲める水の出る井戸があって、食料は畑から大部分をまかなうことができて、おまけに死体に襲われる心配がない……外から見たら楽園です。
でも、楽園に閉じこもってばかりでいいのですか?
いい訳がないでしょう!!
だって、安住の地ができても、まだやるべき事があるでしょう?
この楽園を作る時に壁の中に入れなかった、はぐれて行方不明の人たち……まだ壁の外にいる人たちを、なぜ助けに行かないのですか!!
私は、今でこそ独り身ですが、世界が壊れる前には家族がいました。
優しい夫と、私がこの腹を痛めて産んだ二人の可愛い子供たち……大切な私の家族は、世界が壊れてからもしばらく生きていたんです。
それでも、災厄の魔の手は私からも大切な家族を奪っていきました。
町内の他の人たちと一緒に避難所に逃げる途中、夫は死体に噛まれてしまいました。
その時、夫は必死で涙をこらえて私に言ったのです。
「俺のことはいいから、子供たちを守って逃げろ!」
私は言われた通りに、泣き叫ぶ子供たちを抱えて必死で走って逃げました。
噛まれてしまったら、もう助からない……私もそれは知っています。だから目の前で噛まれた夫に涙をのんで背を向け、代わりにどんな事があっても子供たちを守り抜くと誓ったのです。
でも、いくら心に誓っても、現実は容赦なく押し寄せてきます。
避難所にいた頃、私はよく外に出て食べ物を取りに行く班に入っていました。
子供たちに、少しでもいい物を食べさせてやりたい一心で……子供たちのことを思うだけで力が湧いてきて、死体の頭を迷いなくかち割る事ができました。
そんなある日の事、外から戻ったら避難所はすでに死んでいました。
避難所の門は開き、中にも外にも大勢の死体が歩き回り、逃げ遅れたと思しき人の体をがつがつと貪って……。
私は、目の前が真っ暗になりました。
それからここに辿り着くまでのことは、よく覚えていません。
ただ同じ避難所から逃げてきた仲間が、こう言って私を奮い立たせてくれたのは覚えています。
「避難所が奴らの大群に襲われた時、俺たちは散り散りになって逃げ出したんだ。あんたの子供も、別の女が手を引いて逃げるのを見た!
だからきっと、どこか別の場所で生きてる!」
子供たちが生きて逃げるところを見た人がいる……これはこの過酷な世界で私に与えられた、一筋の希望でした。
あの日から、私はいつか子供たちと再会することを心の支えに生きています。
別の生存者と合流した私たちは、力を合わせてこの壁に囲まれた安住の地を作りました。
だって、自分たちの安全も確保できないのに子供たちを探しに行くことなどできないと、ここのリーダーが言ったから。
確かに、船だって安心して帰れる港があってこそ危険な海に挑めるのです。
私は納得して、少しでも早く安住の地を作れるように身を粉にして働きました。
でも、安住の地ができたらそこから出て行かないって、どういう事?
私がここで力を尽くしたのは、自分が閉じこもるためじゃない!!
私は今日も壁の中、出口から遠く離れた畑で農作業をやらされています。
秋が深まり、元気がなくなってきた雑草を引っこ抜くと、冷たい露が軍手にしみこんで手にまとわりついてきます。
ちょうどリーダーが通りかかったから、わざとその草を投げてやったけど、知らんぷり。
目の前に落ちたのに、見えてないとは言わせないわよ。たっぷりと露をまとって濡れた草の葉……あなたがあの約束をしてくれたのも、こんな季節じゃありませんでしたか。
ようやく安住の地を囲む壁が完成した頃、私は子供たちを探しに行きたくて、毎日のように門番の人と口論になっていました。
子供たちに会えない日々は空しくて、無味乾燥なもので……。
そんな私に、あなたがしてくれた約束。
「今はまだ、他にやることがあるし、ここの守りも補給も万全じゃない。
だが、ここでの生活が軌道に乗ったら、いつか必ず子供を探しに行ってやる!」
その言葉は、まるで乾いた大地を潤す恵みの露のようで……その約束を心の支えに、私は昨日も今日も生きているのに。
最近、私はめっきり外に出してもらえなくなりました。他の人も、あまりやる気がないみたい。
前に外に出た時、私が避難所だったと思しき場所の扉を開けたら死体が大量に出てきて、不幸にも犠牲者が出てしまったのが原因でしょうか。
でも、そんな危険がどうしたっていうんですか?私の子供たちだって今も危険な目に遭っているかもしれないのに、同じ命なのにどうして助けに行ってはいけないの!?
私の手に、露の冷たさがしんしんとしみ込んできます。
そう、露は冷たい、そしてすぐ乾いてしまうただの一時しのぎ。
あなたの約束も、一時的に希望をくれただけ。本性は露のように冷たくて、本当に足しになどならないもの。
その証拠に、いつかいつかと思っているうちに、もう二度目の秋が過ぎようとしています。
私は今年も子供たちに会えないまま、冷たい一時しのぎの滴にすがるだけ。
でも私は負けない、必ずどんな手を使っても、また外に出て子供を探し出してみせる!
どんな危険にも、冷たい騙しにも、何を失っても……絶対に屈しないんだからね!!




