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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは

 今回は、籠城が破られるシーンです。

 山はバリケード、そして波は……。

 私の大切な夫は言いました。

「大丈夫だ、このバリケードをゾンビが越えるなんてこと有りはしないよ」と。

 そしてもう一つ、私に言いました。

「俺は必ず食糧を見つけてここに帰って来る。

 だからおまえたちも、何があってもここを離れるんじゃないぞ」と。


 あれは、本心だったのでしょうか?


 あなたがここを出てからそれほど時間が経たないうちに、死体がここに押し寄せてきました。

 すごい数でした。

 あんなに分厚いバリケードが押し負けて、端から少し崩れてくるくらい……。

 押されて押されて、バリケードの左右の壁がみしみし音を立て始めました。

 私たち、急いでバリケードに駆け寄って、押し返そうとしました。

 女も、子供も、老人も……だって今ここには、女子供と老人しかいないんです!

 力の強い男たちはみな、食糧を探しに出て行きました。

 そう、一人残らず……。


「早く、その机を取って!」

 私より少し年上のおばさんが叫びます。

 彼女は目を真っ赤に泣き腫らして、それでも必死に手を動かしていました。

 彼女の手は血だらけで、そのうえ内出血も起こしてこぶだらけになっています。

 それでも彼女は必死でハンマーを振るい、板でも机でも手当たり次第にのけ反り始めた壁に打ちつけていました。

 何度誤って自分の手を打ち、そのたびに悲鳴を上げても、またすぐハンマーを振るうのです。

 彼女の子供達も、懸命に小さな体でバリケードを押していました。

 他にも、小さな子供がたくさんいるのです。


 あなた……どうか早く帰って来て!


 確かに、少し無理があるとは思っていました。

 この郊外の工場に、こんなにたくさんの人が集まって……。

 あなたの言ったとおり、この近辺の食糧はすぐに食べつくしてしまいました。

 工場の周りは牧草地ばかりで、近くに大きな店もありません。

 このままでは、私たちは飢え死にしてしまう……。


 この周辺に食糧があるうちは、男たちも何班かに分かれて行動していました。

 でも、遠くまで食糧を取りに行くとなると、少人数ではあまりに危険です。

 これまでにも、食糧を取りに行った人が帰って来ないことは時々ありました。

 だから私も、夫たちがこう言った時、何も言い返せなかったんです。


「これから、ここにいる戦える者総出で、街に食糧を取りに行く」と。


 とても危険な賭けでした。

 でも、それしか生きる道がないなら、仕方ありません。

 男たちは自分たちが留守の間ここに死体が入れないよう、人が入れる大きさの窓を全て打ちつけていきました。

 そして正面入口に、分厚いバリケードを築いていきました。


 別れの時は、皆が涙を流していました。

 できるだけの安全策をとってはいますが、再び逢える保障はないのです。

 いつも寡黙で強気な夫が、あんなに泣いたのは初めて見ました。

 だから私は、少しでも夫を勇気付けるつもりで、しっかりと手を握ってこう言いました。

「大丈夫、私はどこへも行きません。

 あなたが戻ってきてくれるなら、必ずここを守ってみせます」と。

 そうして別れてから、まだ数時間しか経っていないのに。


 ……死体たちが押し寄せてきてから、もう何時間経ったのでしょうか。


 バリケードに積む物も、もうあまり見当たりません。

 積んでも積んでも、死体はそれを崩して迫ってきます。

 一部が崩れるときに何体かの頭がつぶれても、後から後から押し寄せてきます。

 でも、こっちはもう……限界なんです!

 子供たちはバリケードを押すのに疲れ果てて、泣き尽くしてもう流す涙もなく、ただ絶望の表情で座り込んでいます。

 私たちももう、子供たちを激励する余裕なんてありません。

 ただひたすら、目についたものを積むだけです。


「ちょ、ちょっと誰か!!」

 ふいに響いた叫び声に振り向いて、私は愕然としました。

 バリケードのすき間から、死体の手が出て仲間の足をつかんでいるんです。

 あんなに厚いバリケードなのに、もうこちら側に手が……?

 いえ、向こう側からではなく下から突き抜けているんですね、あれは。

 つまり……バリケードは中が空洞に近い作りになっていて、死体がそこに入り込んでこちらに手を伸ばしたのね。


 何て手抜き工事を……いえ、違うかもしれません。

 私は知っています、あなたが私を疎ましく思っていた事を。

「このままじゃ、女とガキ共のせいで殺されるぞ!」なんて他の男と話したりして。

 そう言えば、食糧調達に一人だけ、若くて元気な看護婦を連れて行きましたね。


 ……こんな事を思うなんて、本当に限界ですね。

 どっちが本当かなんて、これから死んでいく私には分かりっこないのに。

 だから私はあえて、最期にこう言います。

「守れなくて、ごめんなさい」と。

 死体の波はもうこの山を越えそうだけど、私はせめて言葉だけでもあなたを信じます。


 だって憎しみに焦がれて死ぬよりは、その方がずっと楽でしょう?

 心から信じ続けられなくて、ごめんなさい。


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