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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき

 紅葉キャンペーン第3弾ですが……いきなり寒くなりました。

 そろそろ本格的に冬の訪れを感じ始める季節です。


 という訳で、今回は散らずに取り残される悲しみを。

 はらりはらりと、木から葉が落ちていく。

 あれほど美しく華やかだった紅葉も終わりに近づき、もう枝に残っている葉の方が少数派になってしまった。

 冬に向かって、全てのものが落ちていく。

 残された者の気も知らず、一つ一つ去っていく。


 俺が一人になって、もうどれくらい経つのだろう。


 たくさんの人に囲まれて、色鮮やかな生活を送っていた日々は、今でも昨日のことのように思い出せる。

 畑には作物が実り、田には稲が青々と伸び、季節が巡るたびに華やかな祭りが催されて多くの人と騒ぎ合った。

 道に行き交う老若男女、人の生活とともに刻々と変化していく景色。

 まるで、少し前までこの山を覆っていた紅葉のようだった。


 足元で、地面に落ちた紅葉がカサカサと乾いた音を立てる。

 彼らはもう、生きた葉ではない。木から離れ、水も養分も断たれて、後は腐って土に還っていくいくだけの死体だ。

 そう思うと、自分がまるで折り重なった死体の上を歩いているようで、少し気分が悪くなった。

 だが、彼らはまだ幸せなのかもしれない。

 死の瞬間まで、まだ近くに仲間がたくさんいて、取り残される苦しみというものを知らないから。


 赤く染まって折り重なる死体の仲間に、俺はならなかった。


 秋風に吹かれる紅葉のように人々の日常が散っていった時、俺は周りで散っていく人々を無視して己の命にしがみついた。

 家の戸を固く閉ざし、助けを求める近所の人に猟銃を向けた。

 仕方ないじゃないか、助けたってそいつが噛まれていたらもう手遅れだし、家の中に化け物の元を入れたくはない。

 病気に苦しみ、手を伸ばしてくる者を振り払った。

 だって、あの死病は初期には風邪と区別がつかない。疑わしきは近寄らない、そうしないと命がいくつあっても足りなかった。

 食料や物資が尽きて恵みを求める人々にも、俺は銃弾しかやらなかった。

 俺自身だって、食料がいつまでもつか分からなかったから。それをわざわざ他人に与えて、俺の命が縮むなんてまっぴらだ。


 そして気が付いたら、俺は村で最後の生き残りになっていた。

 周りには、死体と化け物しかいない。

 空気が、急に冷たく感じた。

 まるで、梢の上にたった一枚しがみついて残り、地面に落ちてしまった同朋を見つめる一枚の紅葉になった気分だった。


 踏みつけると、落ち葉はガザガザと耳障りな音を立てる。

 ここに人がいるから襲ってくれと、化け物どもに教えようとしているのか。

 自分が死んでも生きている俺のことが妬ましい、だから早くこちらに、死の世界に来いとでも言っているのか。


 程なくして、俺は俺以外の足音を捉えた。

 風や葉擦れの音に混じって、明らかにリズムをもったかすかな音。

 化け物どもが、俺の気配を察して来やがったのか……俺は猟銃を握りしめて身構えた。


「ケーン……」

 響いたのは、濁った唸り声ではなく、澄んだ鳴き声。

 枯れ木ばかりの山を突き抜け、どこまでも響いていくような音色。植物の音ばかりの世界に、どこかもの悲しさを感じさせる一筋の声。

 知っている……これは、鹿の声だ。


 昔、親父に言われたことを思い出した。

 この時期になると、雄鹿は自分の子を産んでくれる妻を求めてこんな声で鳴くのだという。

 全てが枯れ落ち、死の世界となる冬を前にして、その後巡ってくる次の春に自らの血を継がせることを夢見て。

 重なった落ち葉が土になり、その下から芽吹いてくる春の一部に、自らの命を加えるために種を仕込むのだと。


 思い出したとたん、涙が湧いてきた。

 あの孤独な鹿は、今の俺と同じなんだ。

 死にゆく広い世界の中で、未来に命をつなぐための配偶者を求めている。だが、それは簡単に見つかるものではない。

 鹿は、この化け物だらけの世界で食料に困った俺たち人間に多くの同朋を狩られてしまった。

 俺は、化け物の出現により俺以外の村人を全て失った。

 共に命をつなげるパートナーが、もう残っているかどうか分からない。いつまで、どこまで一人で彷徨うことになるか分からないのだ。


 そこまで考えて、俺は自嘲した。

 誰のせいでこんな状況になったかって……半分は俺のせいだ。

 俺は、自分だけが生き残る事に全力を傾けた。自分がいなければ自分の未来は続かない、そう思ったから。

 いつかまた彩り豊かな日常が戻ってきた時に、そこに俺がいないなんて考えたくなかったから。

 その時、側にいて共に未来を紡ぐパートナーの事など頭になかった。

 そして俺の命だけを守り抜くサバイバルの末、俺は一人だけ取り残されていた。


 状況は同じでも、鹿に罪はない。

 あんな物悲しい声を聞かされると、己の浅ましさが身に染みて悲しくなる。


 そう、俺はどこまでも浅ましい男だ。

 今この瞬間にも、悲しみを分かち合うべき相手に浅ましい事を考えている。


 俺は一人で彷徨わねばならない、食料を得られるあてはない。

 秋の実りの恵みとも、そろそろお別れの季節だ。散っていくのは紅葉だけではない、冬になれば山の恵みは枯れ果てる。

 だが、今側にいるアイツをうまく仕留めることができれば……。

 鹿一頭分の肉で、俺はどのくらい生きられる?

 それだけの食料があれば、俺はどこか人の住んでいる集落にたどり着いて、俺だけは妻を見つけられるのではないか?


 ……散る木の葉より鹿の声より、何より悲しいのは己の性だ。

 それでも生にしがみつきたくて、俺は猟銃を握りしめ、鹿の声がした方向に足を向けた。


 しかし、行けども行けども鹿の姿はなかった。

 浅ましい己を嘲笑うように、ただ物悲しい求愛の声だけが山中にこだましていた。

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