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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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花さそふあらしの庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり

 体調の都合で少し遅れてしまいました。

 今回は、現代の技術で保たれた美の儚さと言いますか……。


 現代は美しくなる技術が驚くほど高度に発達していますが、それが失われた時、それに依存している人はどうなってしまうのか。

 ふと、窓の外に目をやった。

 ひらひらと、舞い落ちるものが目に留まって。

 つい、私のために降ってくれたのかと気を引かれて……。


 窓の外で散っているものに意思なんてない。

 ただ、役目を終えて古くなった花弁がひらひらと風に舞い、散っているだけ。そしてそれを眺めているのは、私一人。

 かつて私は一人になると、耐えがたい寂しさと焦燥感に襲われた。

 それでも、今は一人で良かったと思う。

 花と私を隔てる窓に映る、今の私の顔を目にするたびに。


 艶を失い、どこそこにたるみが生じた肌。

 深く、長く伸びた口元のほうれい線。

 ここにはもう、かつての私の美貌はない。


 美魔女、それが私が世間から与えられた称号だった。

 年齢に似合わぬ若さと美しさ、それで世間の注目と羨望を集めて、華やかな生活を送っていた。

 多くのメディアに取り上げられ、スポットライトや花吹雪を浴びながら惜しげもなくこの美貌を衆目に晒した。

 それが、私の一番幸せな時間。

 今はもう叶わない、栄光の時。


 転落の時は、突然やってきた。

 私たちのような人間をあらゆるメディアから締め出した、「死体が歩く」という記事。

 最初はちょっとした暴力事件や殺人事件として片隅に載っていたのが、あれよあれよという間にトップ記事に躍り出て、世間の目を釘付けにしてしまった。

 その冗談みたいな記事はすぐに現実の脅威となり、いつまでも続くかと思われていた日常を完膚なきまでに壊しつくした。

 私の仕事は当然全てキャンセルになり、私の周りには人が寄ってこなくなった。


 それはどうやら、質の悪い伝染病であったらしい。

 私を見てくれる人間がどんどん減っていくのと入れ替わりに、例の歩く死体はどんどん増えていった。

 濁った目をして、生きた人間を食べる事しか考えない化け物。

 彼らには、私もただのエサにしか見えていない。若さも美貌も、一切価値を感じられない。

 世の中がこんな奴らばかりになってしまったのかと思うと、私は頭をかきむしりたい苛立ちを覚えた。


 それでも、私は家にこもって肌を磨き続けた。

 私の家は空気のいい山の中にあるせいで、歩く死体はあまりやって来なかった。

 それに、自衛隊が救出活動を始めているという情報もあったから、待っていればきっと助けが来るような気がした。

 その日のために、この美貌を保たなくては!

 この荒んだ世の中で、それでもこんなに若く美しい私が救助されたとニュースで流れれば、私は前よりずっと注目されるはず。

 生き残った人々の希望となり、花吹雪を浴びて……。

 そう思うと、この孤独な日々にも張り合いが出てきた。


 私は毎日、肌を磨く。

 家には太陽光の発電装置と清水の出る井戸があるし、食料はかつて周りから贈られたものがたまっていた。それに、家には広い庭があって野菜や果樹もある。

(この豪邸と自然に囲まれた暮らしぶりも、私の魅力の一つだった)

 ただ、いつもひいきにしていたエステはもう呼ぶことができない。

 よく通っていた岩盤浴や美容室にも行けないし、そもそも電話をかけても通じなくなってしまって、営業しているかも分からない。

 ……このままでは、救助が来るまでに美貌が衰えてしまう。

 お願いだから、私がまだ美しいうちに助けに来て!


 私の切実な願いとはうらはらに、月日は無情に過ぎていく。

 愛用していた化粧品やスキンケア用品の備蓄が、底をついた。使う量を減らすと、肌は目に見えて張りをなくしていく。

 頼みの救助は、来ない。

 自衛隊は国を守る力を失い、テレビやラジオは一つ一つ消え、録音放送しか残っていない。


 でも、それで良かったのかもしれない。

 今の私は、もう人前に出て花吹雪を浴びられる顔ではなくなってしまったのだから。

 あんなに見て欲しかったのに……いつの間にか、見られなくなって安堵している自分がいた。


 それでも久しぶりに見る花吹雪はあまりに懐かしくて……私はふらりと外に出た。

 家の中にいたって、やる事なんてない。

 もう肌を磨くのに必要なものは尽きてしまったし、一人でいても無情な時の流れを感じるばかりだ。

 それよりは、舞い散る花の下で少しでも過去の思い出にひたっていたい。


 両手ですくい上げると、花弁はカサカサと乾いた音を立てた。

 よく、女の美しさは花や雪に例えられる。

 みずみずしく、透き通るような白さと輝き、そして短い命。

 枯れた花はもう水をやっても元に戻らないし、溶けた雪を再び冷やしても歪な氷が残るだけ……失ったら、もう取り戻すことはできない。

 そう思うと、涙がこぼれた。

 手の中に落ちた涙は花弁を潤すことなく、乾いてしわのよった花弁の上を滑ってこぼれ落ちていった。


 ふと、背後で足音がした。

 振り向けば、そこにいたのは人ではなく死体……腐りかけてなおも歩く、例の化け物だ。

 醜く、おぞましいもののはずなのに……私はその姿から目を離せなかった。

 それは、元は若い女だったのだろう。ところどころ食いちぎられてはいるが、張りのある体つき。肌は乾き、艶を失ってはいるものの、シミやしわのない若さを残している。

 突然、羨ましくなった。

 この女は一体、いつまでこの姿で保たれるのだろうか。


 生きている限り、人も花も衰えていく。

 だが、死ねばもう老いることはない。

 生きたみずみずしさと引き換えに、長久の美を得たドライフラワーのように。


 私も、これ以上崩れる前に止めてしまえたら……。


 気が付いたら、私は死体に腕を差し出していた。

 私は、美しくあるためにあらゆる努力をして手を尽くしてきた。たとえここで命を失おうとも、老いさらばえるのを止めて少しでも美しさを保てるならば……。

 一時は世を席巻した私の美しさを、少しでもとどめておけるなら……。

 私は、ドライフラワーになっても構わない!


 散り行く花の下で、一つの命が散った。


 自ら死に身を捧げてドライフラワーになった彼女は、果たして美しかったのだろうか?

 花を散らす木の下では、内臓を引きずり出され、足の関節も外れて、無残に顔面の皮をはがされてしまった老人の死体が蠢いていた。

 彼女は、少し考えが足りなかった。

 ドライフラワーになりたいなら、なる前にもみくちゃにされたら意味がない。


 生きていれば傷は治るし、新しい花を咲かせることもできる。

 だが、死体についた傷は二度と元に戻らないのだ。


 それでも、彼女にはもうどうでもよかった。

 彼女の頭の中にあるのは、生きた人間を食らうことのみ。

 美の呪縛から解き放たれた彼女は、一目見ただけで吐き気を催しそうな造形の体を引きずり、花の舞う庭を後にした。


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