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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば しのぶることの弱りもぞする

 ゾンビ病はたいがい死亡率100%なので、諦めがつく人が多いと思うのです。

 でも、もし助かる可能性のある疫病だったら?


 死亡率と苦しみは比例しない、必ず死ぬ病が一番残酷とは限らないのです。

 もし最期の時を迎えるとしたら、誰かの側にいたいと思うだろうか。

 体や心が辛くて不安な時、誰かに寄り添ってもらいたいと思うだろうか。

 それは、とても自然な感情。

 でも、その苦痛が他の人に広がる性質のものである場合は……その切なる願いは、悪となる。


 薄暗い部屋、私はただ何をするでもなく横たわっていた。

 ぜいぜいと、痰がからんだ息遣いが他に音のない部屋に響く。そして時々、そのリズムを破って激しい咳が入る。

 それほど寒い部屋ではないのに、私は毛布にくるまって縮こまっていた。

 体中に熱がこもって、節々が痛い。

 心の中に言いようのない不安がたまって、胸につかえて泣きたくなる。

 数日前から、ずっとこんな感じだ。


(ああ、私……死ぬのかな?)


 何度も頭をよぎる、不吉な未来。

 でも悲しい事に、その確率はそれほど低くないと私は見積もっている。

 現に医学が発達して手厚い治療ができるようになる前は、この病気でたくさんの人が命を落としている。

 そして今、医療は再び暗黒の時代に戻った。

 決して治せぬ悪性の疫病が流行し、それが原因で社会が機能を失うにつれ、これまで制圧できていた病が次々とかつての脅威を取り戻していった。

 薬も乏しく、専門家もあまり残っていない。

 そんな状況で病が広がるのを防ぐ方法はただ一つ……病人を隔離し、伝染を防ぐだけだ。


 隔離は、最も原始的ながら最も効果のある手段だ。

 社会を崩壊させた、決して治せぬ悪性の疫病にも、これは有効だった。

 かかると数日のうちに死に至る、助かる見込みのない病。しかも死んだ後に化け物として起き上り、周りの生きた人間を襲い始めるおぞましい病。

 それでも、かかった者を早く隔離して閉じ込めてしまえば、それ以上広がるのは避けられる。

 だから私は、大切な人のために病んだ仲間を次々と隔離した。


 もちろん、素直に隔離されてくれる人ばかりではなかった。

 人は自分が苦しくて辛いとき、誰かに側にいてほしいと願う。身を寄せ、手を握って、少しでも安心させてほしいと求める。

 そして、意識を失うその刹那まで、側にいてほしいと望む。

 人々の脳には幸せな死に方として、大切な人たちに囲まれて死ぬ光景が焼き付いている。

 でも、それではだめだ。

 あの悪疫にかかった者にそれをやると、起き上った故人は周りの大切な人に噛みついてことごとく化け物にしてしまう。そして化け物になった一家が、また周りの大切な人に感染を広げてしまう。

 人間が生き残るために、それを許す訳にはいかない。

 だから私は、鬼と罵られようと、隔離を強行した。


 初めは、嫌がる者も多かった。

 だがこの病の性質が分かってくるにつれ、素直に従ってくれる人が増えた。

 第一、この悪疫は決して治らない、必ず死に至る病だ。必ず死ぬと分かっているから励ましてもらっても意味がないと本人にも分かるし、周りの家族や友人たちも己の命が惜しくなって気まずいながらも従ってくれる。

 自分たちの命がかかっているから、周囲も協力を惜しまない。

 あの悪疫に対しては、それでうまくいった。


 だけど、脅威となる病はあの悪疫だけではなかった。

 定期的に連絡が取れていた別の生存者たちから連絡がこなくなって、何が起こったのかとかけつけた時に、私はそれに出会った。

 噛み傷のない、やつれた死体の数々。化け物の姿はない。元気な人もいない。

 私が見つけた生存者は、私を見ると慌てて止めようとした。

「近づかないで、うつるわよ!!」

 私は、そこでようやく足を止めることができた。

 これは、あの悪疫じゃない伝染病だ。多分、悪性のインフルエンザか何か。この集団はインフルエンザで壊滅し、発症していない人は逃げ出してしまったんだ。


 インフルエンザごときと、思う人もいるかもしれない。

 でもインフルエンザが怖くないのは、きちんとした薬と栄養が与えられてこそ。栄養不足で薬もない状況で流行れば、それなりの致死率を叩きだす。

 私がそれに気づいた時、すでに私には発症の兆候が出始めていた。

 そして私は、私を隔離した。


(あれから、何日経ったんだろう?)

 たった一人、殺風景な部屋で、私はまだ生きている。

 持ち込んだ水や食料はまだあるけれど、もうあまり体が受け付けない。窓は開けているはずなのに、空気が薄くて私に冷たい。

 寒くて、苦しくて、寂しくて……つい、誰かに側にいてほしくなる。

 心細くて、まだ生きてほしいって誰かに言ってほしくて、言ってもらえば少しでも楽になる気がして……それではだめなのに。

 襲い掛かる病苦が、私に助けを求めさせる。


 気が付いたら、私は身を起こしていた。

 ドアノブに向かって伸ばす手をだるさに手伝ってもらって押し止め、再び体を床に押し付ける。

 いけない、こんなに苦しくても私はまだ動けるなんて。

 早く動けなくなってほしい、でないと私が病気を広めてしまう。動ける体は意のままにならぬ感情に従い、大切な人を危険に曝してしまう。

 そんな事になるなら、そんな恐れを抱いてこのまま苦しみ続けるよりは……。


(いっそ、早く死ねたら……)


 終わりの見えない苦しみの中で、ふと頭をよぎる。

 いっそこの病があの悪疫だったなら、どんなに長くても三、四日でけりがつくのに。それだけ我慢すればもう苦しまなくていいって分かってるのに。

 伝染してしまったら、相手は助からないと分かるから下手な希望を持たなくて済むのに。

 インフルエンザでは、死ぬかどうか分からない。助けを求めて、伝染ってしまっても相手が助かるかもしれない。

 そんな甘い考えが、どれだけ死者を出すかも分からないのに。


 仲間の下に戻りたい、あの人に手を握ってもらいたいと、燃えるような渇望が胸を焦がす。

 あの人は優しいから、きっと私がすがったら側にいてくれると思う。

 優しくて優しすぎて……悪疫に侵された女の子にすがられても情に流されて手を放せなくて……私が刃を振りかざして隔離しなければ、きっと死んでいた。

 あなたがあなたを守れないから、私がやってあげたのに!!

 私の大切なあなたを守るために、この私が憎まれ役を買って……!!

 それなのに、今度はその私があなたにすがりたいなんて……どうかしてる。


 病の起こす身勝手な衝動に、私は身を縮めて震えながら耐える。

 今ならまだ無理をすればあの人のところに行けると、悪魔がささやく。でも、それに従えば私たちは終わる。

 今まで隔離を強行して皆を守ってきた私がルールを破ったら?

 きっと今まで我慢していた人たちが次々とルールを破るようになって、私たちは自滅の道を辿るだろう。

 大切なあの人も、他の仲間も、守れるかどうかは私にかかっている。

 私は、あの人を守れるならば、命を落としても構わない。

 一人で死んでも構わないと……誓ったはずなのに……。


 ひとしきり泣くと、どっと眠気が押し寄せてきた。

 泣きながら咳き込んで息をするのは、思った以上に消耗する。

 それでも私はありがたく眠気に身を任せ、目を閉じる。眠っていれば、少なくともその間は誘惑との戦いから解放される。

 それに、いっそこのまま目が覚めなければ、永遠に……。


 動けることは、良くない事。

 次の朝など、来なければいい。


 せめて私の理性が勝っているうちに戦いが終わる事を願って……私は、泥のような眠りに落ちていった。

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