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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山

 基本的に作りやすい歌から作っているので、順番はバラバラです。

 今回も残酷要素は少なめ、孤独と籠城です。

 奴らが最初に現れたのは、まだ桜が咲いていた頃だろうか。

 そして桜の花が木を埋め尽くすように、街は奴らで埋め尽くされた。

 桜の花が散る頃には、これまでの日常なんてものは跡形もなく崩壊していた。


 自分が好きだった散歩道も、今は奴らがうろつくばかりだ。

 きっと、今が盛りのつつじの赤い花も、奴らの体のそこかしこからはみ出す赤黒い衝撃には負けてしまうのだろうなあ。

 いや、でも……見る人が誰もいなければ引き分けか。

 この街に、この世界に、まだ生きている人はいるのだろうか。

 

 当初はまだ、人の姿はあった。

 奴らに追いかけられて食われていく者、夜に明かりがついて奴らに押し入られる家……たまに見かけるそれらの結末は、ことごとく悲惨なものばかりだったが。

 そんなドラマがいつまでも続く訳がない。

 死ぬべき人がいなくなれば、それはぱたりと終わる。

 今はもう、逃げる人の姿もなければ明かりの灯る家もない。

 真っ暗な夜は本当に、人の息吹を全く感じさせないものになった。


 実際に人がいるかどうかなんて、探しに行かないと分からない。

 それは理解している。

 だが、今や一歩家の外に出ることは、死を覚悟してからやることだ。

 奴らはどこからでも現れる。

 形は人に似ているが、間違えて近寄ってはならない。

 奴らは確かに元は人間だった、しかし今は人を食う化け物になってしまった。奴らに捕まったが最後、食われて死んで、残った体は奴らの仲間になる。

 文字通り、人間をやめる事になる。

 自分はまだ人間でいたいから、外に出ようとは思わない。

 たとえそれで、これからの夜をずっと孤独に過ごすとしても。


 夜が明けても、人気のなさは相変わらずだ。

 動く車もなければ、街の喧騒もない。

 一切の時が止まったような、静か過ぎる世界だ。

 それでも本当に自分以外が何も変わらないなら、それはそれで割り切って生きていけたかもしれない。


 人が生きていなくても、季節は巡っていく。

 家から見える山も、時が経つごとに色が変わっていく。

 自分が家に閉じこもった時は若々しい萌木色だったのが、すっかり深い緑に変わった。

 近くに見える花壇には、雑草が勢い良く生い茂っている。

 人間以外のものは、こんなにも生きている証を日々刻み続けているのに……その中に人間が生きている証だけがないのが、無性に悲しかった。


 自分は一人で生きている。

 幸いこの家には保存食が豊富にあるし、水も井戸から手に入る。

 しかし……共に生きる人間だけは、手に入らない。

 人は一人では生きていけないと、昔道徳か何かの授業で言われた言葉が、急に鮮やかに蘇ってきた。

 物理的にではない、精神的に一人はあまりにも辛すぎる。


 思えば、これまで自分は人がいる気配に囲まれて生きてきたのだ。

 不意に聞こえる足音、どこからともなく漂ってくる食事の匂い、家々に干してある洗濯物……あまりに当たり前すぎて、そのぬくもりに気付くことはなかった。

 気付くのはいつも、失った後だ。


 今日も朝になると、カーテンを開けて窓の外を見る。

 家の周りをぼんやりと見回して、それから山に視線を移す。

 深く、しかしところどころ違う緑に覆われた山……その中にちらりと、違和感を覚える色があった。


 思わずそれを凝視して、私は歓喜に包まれた。


 緑の中にぽつんと、白いものがあった。

 よく見ればいくつも、ひらひらと風に揺れている。

 シーツなのかタオルなのか、はたまた衣類なのかも分からないが……洗濯物が干してあるのだ!


 普通、あんな山の中に洗濯物はない。

 普段はあんな場所に人が住んでいないからだ。

 だが、洗濯物があるという事は……あの山に生きた人間がいるんだ!!


 その白い布地は、眩しかった。

 まるで真っ暗闇にある一点の光のように、私の目を引きつけてやまなかった。

 そこに人がいる……仲間がいる証は、私にとって限りない希望だった。

 あの布地の近くにいる人間もまた、自分と同じように孤独に苛まれているのだろうか?それとも、何人かで助け合っているのだろうか?

 男か女か、若いのか年老いているのかも分からない。

 それでも確かに、生きた人間が存在するのだ。

 この世界に生きている人間は自分だけではない、それだけで十分救われた。


 もし、自分がこの家を出なければならない時がきたら、あの山に行ってみようか?

 もちろん、その時までそこに人がいる保障はない。

 外で生活している人間は、自分よりずっと大きな危険と隣り合わせなのだから。

 願わくば、あの白い洗濯物が血の赤に汚れる事がありませんように。


 今日は本当にいい日だ、日差しが心なしか柔らかく感じられる。

 今日は自分も、外に洗濯物を干してみようか。

 あの山からもこの街が見えるなら、もしかしたら向こうも気付いてくれるかもしれない。孤独を癒してもらった、恩返しができるかもしれない。


 たとえそれでこちらが奴らに見つかっても、悔いはないほど嬉しかった。

 この感謝の気持ちが、どうかあの名も知らぬ山に届くように。


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