みかきもり衛士のたく火の夜はもえ 昼は消えつつ物をこそ思へ
この歌はそのままの意味でも書けるのですが、それではつまらないので……ちょっと現代風にアレンジしてみました。
夜型人間と朝型人間って、こういう感じなんだろうか。
ちなみに私は朝方。
あれから僕たちはずっと、すれ違いの生活を続けている。
パチパチと音を立てて木が爆ぜ、火の粉が上がる。
ゆらゆらと立ち上っては消える火の粉を、僕はぼんやりと見つめていた。
「異常ありません!」
警備の相方が、見回りに来ていた班長に報告する。
班長は僕の方を見ると、火ではなく外の暗闇に目を凝らせと言った。僕はうわの空で返事をし、外の暗闇をチラリと一瞥する。
目を凝らしたって、結局何も見えないんだから意味ないじゃないか。
それに、こっちから周りが見えるほど明るく火を焚けば、それに引かれて危険が集まってくる。
お互い、余計なものは見ないのが一番だ。
あの災厄以来、夜は再び人の手を離れた。
生ける屍の襲来……どうして、どこから発生したのかは分からない。ただ分かっているのは、奴らが人間を襲って仲間を増やす捕食者だということだけ。
予想だにしなかった捕食者の出現に、人間の社会はあっけなく崩壊した。
人間が夜をも我が物とした圧倒的な明り、電気は維持する力を失って止まった。近代以前のように、再び闇が夜を支配した。
人は再び原始的な明り、火に頼るようになった。
二人でネオン煌めく街で遊び倒したこと。
昼のように明るい部屋で、ゲームやテレビを楽しんだこと。
全ては過去の夢物語だ。
僕はぼんやりと昔を思い出しながら、薪を火にくべる。
それしかやることがない、それだけはやらないといけない。そして……それ以上のやる事は発生してほしくない。
不気味な唸り声を上げる奴らが壁や扉を引っ掻き始めたら、命を懸けた判断の始まりだ。
この暗闇の中で、戦うか逃げるか決めなければならない。
そしてこの暗闇の中では、どちらも容易ではない。
最悪なのは、やりたくないことをやらされるのに、やりたいことができないことだ。
かつて夜は、男と女が情熱を交わし合う時間だった。
僕の可愛い彼女も、僕と同じで夜が好きだった。夜になって社会から解放されると僕のところに来て、好きな明るさの中で好きなように愛し合った。
……だが、そんな自由な夜は消え失せた。
今人間が夜にやることは、ひたすら息を殺して安全な場所に閉じこもり、視界が開ける朝になるまで周囲を警戒することだ。
生ける屍は、昼夜構わず人間の肉を求めて徘徊している。
耳と鼻が良くて、暗闇でも人間のいるところに寄ってくる。
一方、人間は暗闇の中では相手が生ける屍なのか人間なのか区別がつかない。判別のために声をかければ、もっと危険を引き寄せてしまう。
だから人間は、夜には引きこもって静かにしているしかない。
活動するのは、生ける屍をすぐに察知できる昼に限られる。
しかし夜間の異変に無防備でいる訳にもいかず……体力に自信のある男は、交代で夜の警備につくことになった。
こうして、僕と彼女は引き裂かれた。
僕は夜に、彼女は昼に。
夜彼女に会えないのは、僕にとってかなりの苦痛だ。
いや、会えないわけじゃない。女子供が安全に過ごす場に行けば、彼女の眠る姿やくつろいだ姿を見ることができる。
でも、それじゃダメなんだ。
僕は彼女と、また熱く盛り上がりたいんだ!
情熱的で挑発的でたまに無茶をする、ネオン街の化身のような彼女と、眠らない夜をもう一度……。
「おはよう」
今日もまた、何事もなく朝が訪れる。
彼女はすっきりとした顔で、僕にあいさつをした。
「昨日も、見張りありがとう。
ゆっくり休んでね」
朝日を浴びて輝く、慈母のような穏やかな笑顔。
彼女はもう、遊ぶことしか考えない頭が空っぽの雌じゃない。働くべき時に働いて、そのために夜はゆっくり休む真面目な働き手になった。
言葉からも表情からも、かつての危うい魅力が失せている。
ちくしょう、こんな姿見せられたら萎えるじゃないか……。
僕が求めているのは、そんな君じゃないんだよ。
日が昇って今の彼女の姿が露わになると、僕の欲はしぼんでいく。
生ける屍たちの出現と同時に、華やかなネオンの夜は消え失せた。
彼女は晴れて昼の人間になり、僕は夜に取り残されたまま。
思い返してみれば、僕は元々自信がなくて、目的も生き方も決められなかった。でもそんな僕も、明るいネオンと派手な音楽に囲まれて踊っていれば、カッコよく見える気がした。
あの不夜城の中でなら、彼女と対等になれると思って……彼女に遊びを教え込んで、僕と同じ夜に引きずり込んだ。
でも、あの明るい夜はもうない。
夜を照らすのは、自分たちで燃やさなければならない小さな火だけ。
そうして夜が本来の姿に戻ると、彼女も毒が抜けたように元に戻った。目的を持ちやる事を定め、昼の人間に戻っていった。
そして、相変わらず覚悟や気力に乏しい僕は、火焚きに追いやられた。
こんな弱い自分を見られたくなくて、夜にしがみつくしかなかった。
夜になると、僕はまた不夜城での彼女を思い出して、情炎をたぎらせる。
しかし朝が来て昼になると、その火は現実に吹き消される。
まるで焚き火から立ち上る、生まれては消える火の粉のようだ。
いつまで、こんな日が続くのだろうか。僕と彼女がまた不夜城で狂ったように騒げる日は、いつ来るのだろうか。
もしかしたら、そんな日はもう永遠に来ないのかもしれない。
それでも僕は、きっとこの夢から抜けられないのだろう……昼の光の下に出れば、何もできないみじめな僕を彼女の目に晒してしまうから。
せめて、闇に灯るこの小さな夢の炎が消えないように……。
僕は、焚き火の根元にふうっと息を吹き込んだ。




