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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ みをつくしてや恋わたるべき

 定期連載していた「袁紹的悪夢行」が完結したので、こちらを投下します。

 前の「君がため惜しからざりし~」の裏側、不良が恋焦がれていた委員長サイドのお話です。


 この歌の「かりねのひとよ」は「仮音の人世」と読んでください。

 どうせゾンビ化するんだ、かなの読み方自体を変えてしまっても問題はないはず!

 世の中は、最小の労力で渡るもの。

 ちょっとしたしぐさや表情で船に乗せてもらえるなら、歩いて渡る必要なんてないのよ。


 私は、小さい頃から空気を読むのが得意だった。

 どういうタイミングでやれば、小さなことで人の心を掴めるか、私には手に取るように分かっていた。

 例えば、みんなが面倒くさいと思う程度のことを、率先してやる。

 そうすれば先生に褒められるし、それを貸しにしてもっと最悪にイヤなことを人に押し付けることだってできる。

 断られることもあるけど、そういう奴は怠け者のレッテルを貼られるだけよ。

 そんな風に最小の労力で株を上げてがっぽり儲ける、それが私のやり方よ。


 おかげで私は委員長、クラスも先生もだいたい私の思うまま。

 大人たちは私を真面目だってほめてくれる。

 ……私より働いてる奴なんて、山ほどいるのに……笑っちゃうよね!

 クラスメイトは時々私のことをずるいって陰口言うけど、表だって逆らう奴は少ない。

 ……だって、委員長の私が先生にそのことをチクッたらどうなるかしら?そのせいでクラスにいられなくなった子のことなんて、知―らない!

 私は、この丁寧に取り繕った上っ面で順風満帆な生き方を謳歌するはずだった。


 この生ぬるい平和ボケの世をブチ壊す、汚物がはびこり出すまでは。


 思えば、数日前から何となく兆候はあった。

 いつもより明らかに回数が増えた、救急車のサイレン。街の各所に佇む警官。昨日になって急にクラスの何人かが欠席したこと。

 でも、私は逆にわくわくしていた。

 このトラブルを通じて、また私の株を上げられるかもって。たいていのトラブルなら、どうやればポイントが上がるかは分かっているつもりだった。

 ……でも、そのトラブルは私の予想のはるか上をいっていた。

 だって……死体が動き出して人を襲うなんて、そんなの想定してないよ!


 見慣れた街は、生きるか死ぬかの戦場に変わった。

 誰もが死体から逃れようとして、助かろうとして利己心の限りを尽くす。

 私の心を掴む技術は、通用しなくなった。

 それどころか、これまで操ってたヤツらがみんな私に助けを求めてきた。

 今までごまをすっていた男の子なんか、死体に追われながら私にすがりついてきた。

「なあ、助けてくれよ!何とかしてくれよ!

 おまえ、委員長だろ!?」

 ふざけんな、私がどうやって委員長になったと思ってる!?

 私はちょっとしたことを積み重ねただけで、大したことは何もやってない。あんなヤバいものをどうにかする力や技術なんて、持ってる訳ないでしょ!

 私はいつものように可憐なフリして助けを求めたけど、みんな自分に手一杯で誰も助けてくれない。

 結局、私は鬼のような顔でそいつを階段から蹴り落とすしかなかった。


 どうにか学校を脱出した私は、友達の家があるマンションに転がり込んだ。

 幸いオートロックがあるせいで死体どもは入って来られないみたいだけど……このままじゃ外に出られない。死体が増えたら扉を破られるかもしれないし、食べ物を取りに行くこともできない。

 困り果てたマンションの住人が、私をあてにし始めた。

「なあ、あんたできる子なんだって?」

「どうにか、わしらを避難所になっとる公民館まで連れてってくれんかね」

 ちょっと、冗談はやめてよ!私にそんな事、できる訳ないじゃない!!

 外にはあの人食いの汚物がうろうろしている、そんな中を先頭に立ってみんなを導くなんてできる訳ないでしょ!?


 ……でも、住人が頼ってくるのは、まだ私に人望がある証拠だ。

 人望があるから、実質的には何もしてなくてもここにいられる。

 もしこのまま何もできない時間が過ぎて、私が本当は何もできないって気づかれたら……そうなる前に、何とかしないと。


 私は携帯電話を手に取り、今まで一度もかけたことがない番号を押した。

 いつも頼りにしてる奴らは、頼りにならない。正直、私の小手先の技術では、命を賭けて助けに来てくれる男は作れなかった。

 でも一人だけ、こういう時に役に立ちそうな切り札はいる。

 クラスメイトや先生から嫌われ、街の人たちからも嫌われ、私のかけた一言にバカみたいに反応して喜んでた不良の親玉。

 劇薬だけど、今はあいつに頼るしかない。


「……お願い、私を、助けてー!!」

 今までの人生で一番神経を集中させて、可愛らしく悲痛な声で助けを求める。

 返事は……イエスだ!

 やっぱりね、こんな世界になってもまだ上っ面は役に立つ。後はそいつを適当に使って、ここから脱出するだけよ……私は心の中で、手を叩いて喜んだ。


 待つこと数時間、そいつは本当にマンションまで助けに来た。

 私は満面の笑みで、そいつを迎える。

 そりゃ、笑みもこぼれるわよ。私は最小の労力で、こんな危ないヤツまで思い通りにできちゃうんだから。

 まるで恋の熱に浮かされたような目、本当にバカみたい。

 私みたいな優等生があんたみたいな不良を相手にすると思ってんの?まあ、そう思わせるのが私の技術なんだけど。


 あとはこいつらに守られて避難所まで行って、こいつらには適当に難題ふっかけておしまい……って思ってたのに。

 世の中は、死体以外でも私の予想の上をいく。


 呼び出した不良はいきなり私の手を取り、情熱的な視線を向けてこう言った。

「おまえに会いたくて、ここまで来たんだ。

 俺は、おまえが愛しくて仕方ねえ!俺が道を開いたから、一緒に来て、俺と付き合ってくれ!!」

 は?

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 この街の害虫が、私に告白した……こんなたくさんの人の前で?


 ちょっと、勘違いしないでよ、私はそんなつもりであんたに声をかけたんじゃない。

 あんたは学校にあんまり来なくて、先生が頭を悩ませていた。だから私はポイントを稼ぐために、あんたに声をかけるという最小の労力を払っただけよ。

 声をかけるだけなら、本当に簡単。

 それにあんたは有名な不良だから、あんたが私に近づこうとしても親や先生が守ってくれるという打算があった。

 たとえそれで何も変わらなくても、声をかけたという事実が評価になる。

 目標は達成されなくても構わない、元々無理な目標なら大人も分かってくれる。

 実においしいミッションだった。

 電話番号の交換だって、建前はクラス全員と連絡が取れるように、本音は駒を一つ増やすだけだってのに……。


 この展開は何?


 突然、周りの住人たちから拍手が巻き起こった。

 何これ、私にこいつと付き合えっていうの?

 ……そうか、今この場で一番強いのは、死体どもを蹴散らせるこの不良なんだ。だからみんな、私よりこいつの機嫌を取ろうとするんだ。

 命がかかっている状況では、小手先のしぐさや言葉なんかより力が物を言う。

 だから今のこの状況では、誰も助けてくれないんだ!


 私は、とっさに恥ずかしいような照れたような顔で目を伏せた。

 こういう時は、イエスともノーともとれるあいまいな反応が一番。これで何とかしのげれば……でも、あいつは私をじっと見つめている。

 何を待っているのよ!?私が「はい」って言うのを、待つつもりなの!?

 どうしよう、私が言わなきゃ助けてくれない。

 でも言ってしまったら、私はこんな不良との恋に身を捧げなきゃならない。冗談じゃない、こんな世渡りのための仮の言葉に縛られるなんて。


 幸い、あいつの子分がこの沈黙を破ってくれた。

 不良どもが開いた道に、また死体が出てきたみたい。

 私はすかさず怖がるフリで、不良どもを再び汚物掃除に赴かせた。これで、ひとまず危機は回避された。やれやれ。


 人の世は、仮の言葉でうまく渡っていくことができる。

 でも、時としてそれを信じた相手がそれを本当にしようとするから面倒くさい。

 ああ、でも……打算で自分を守るためにそれに付き合うのはありかもしれない。いつものように仮の言葉をうまく使えば、私は生き残れるのかも。

 それが私にとって真実の愛でなくても、命には代えられない。

 今度あいつが戻ってきたら、気の利いた一言でもかけてやろうかしら……。



 ……しかし、彼女は知らなかった。

 側にいてくれない彼女に会いたいあまり、命を惜しむようになった彼が、かつての勇猛さを失い死者の手にかかろうとしていることを。

 もしついて行って側にいれば、彼は彼女を守ろうと奮い立って、助かったかもしれない。

 しょせん仮の音は人の世を渡るもの……真実の愛なくして、死者の世を渡ることはできなかった。

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