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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

 定期連載の悪夢行がそろそろ終わりそうなので、久しぶりにゾンビを投稿。


 今回は番長もののようなノリでいきます。

 ゾンビと戦う時には、覚悟を決めて躊躇なく立ち向かわないとかえって危険な気がする。人間と違って、生半可な攻撃じゃ止まってくれないから。

 恐れを知らないヤンキー集団、それが俺らの旗印だった。

 そして俺は、この地区で最強の頭だった。


 多くの子分たちを引き連れ、俺は路地を駆ける。

「止まるな、捕まったら命はねえぞ!」

 子分たちに荒々しく喝を入れ、士気を奮い立たせる。

 どんな相手との喧嘩でも、気持ちで負けたらおしまいだ。足がすくんで腰が引けたら、勝てる相手にも勝てなくなる。


 曲がり角の向こうから、また相手が現れた。

 白くどろりと濁った目をして、ヤク中か何かのように粘つく涎を垂らしている。服装はホームレスより汚れて破れ、おまけに腹に穴が開いて内臓がこぼれている。

 今日の相手は人間じゃない、もっとヤバい生き返りだ。

 外見もヤバいが、性質はもっとヤバい。

 何がヤバいかって、こいつらにはまともな攻撃が効かない。人間なら動けなくなるくらい殴っても平気だし、手や足がもげてもまだ向かってくる。倒す方法はただ一つ、頭をブッ壊すことだけだ。

 それよりもっとヤバいのは、こいつらは人の肉を食うことだ。そのうえ噛まれた奴はそのうち体調を崩して死んじまう。

 文字通り、負けたら命がねえ。


 俺は大きく足を開いて踏み込み、勢いよく金属バットを振りかぶる。

「うらぁ!!」

 腹から声を出して気合を入れ、手加減なしにバットを振りぬく。

 ガキッと重い手ごたえとともに、生き返りの頭がへこんで首が折れた。

「おお、スゲェ!」

 怯えがちだった子分たちもそれを見て奮起し、次々と迫ってくる生き返り共を返り討ちにしていく。

 いつもの喧嘩と同じ、俺の必勝パターンだ。


 俺はこれまで、恐れを知らぬ狂犬のように恐れられていた。

 だが今は、勇気と男気に満ちたヒーローとして讃えられている。

 今なら、憧れの委員長に堂々と想いを告げられるかもしれない……。

 だからこそ、俺は彼女に会うためなら命だって惜しくはないんだ!


 ずっと、もどかしい思いをしていた。

 あいつは学校の規律を守る学級委員長、俺は街の不良を束ねる頭。立場も交友関係も違いすぎて、声をかけられなかった。俺が関わることで、あいつが後ろ指差されるのが、俺には怖くてたまらなかった。

 それでも、他の生徒や先公たちから白い目で見られながら登校してきた俺に、あいつはそつなく声をかけてくれた。

 その瞬間、俺のハートはあいつに持っていかれちまったのさ。


 だが、いくら恋に焦がれたって、立場が変わる訳じゃない。

 俺のこの想いは、伝えられないまま腐っちまうしかないのか……。

 そのどうしようもない状況を変えてくれた大事件が、生き返りの発生だ。


 理由は分からないが、なぜか死んだ人間が起き上って生きた人間を襲い始めた。

 しかも生き返りと言っても、生前と同じじゃない。ヤツらには理性がなくて話も通じないし、感情もきれいさっぱりなくなっている。

 話したってダメだ、撃退するには暴力しかない。

 それに、噛まれた奴も生き返りになっちまうもんだから、誰かが戦わなけりゃそのうちみんな食われちまう。

 でも、誰だって人を殴るのは嫌だし、自分が食われるかもしれないものに立ち向かいたくない。

 誰が戦うのかって……俺たち、命知らずの狂犬共だ。


 俺たちは今や、街の英雄だ。

 生き返り相手に勇敢に戦う俺らに、人々は賛辞を送り救いを求める。

 俺らはそれに応えて、今もマンションから避難所への道を開くために戦っている。避難所になった学校からあいつがいるマンションへ、生き返りを蹴散らしながら。

 英雄として役目を果たせれば、俺はあいつと結ばれることができるだろうか?


 はやる胸を押さえながら、マンションの扉を開ける。

 目の前に、清楚で可愛らしい女の子の顔がのぞく。

「ほ、本当に……助けに来てくれたの?」

 俺がうなずくと、あいつと他の住人達はどっとほおを緩めた。

 この空気を逃すまいと、俺は委員長の手を取って声をかける。

「おまえに会いたくて、ここまで来たんだ。

 俺はおまえが愛しくて仕方ねえ!俺が道を開いたから、一緒に来て、俺と付き合ってくれ!!」


 とたんに、周りから拍手が沸き起こった。いつもは俺と委員長を引き離そうとする大人たちまで、俺と委員長の恋を祝福してくれる。

 委員長は、恥ずかしがるようにはにかんでうつむいた。

 何て可愛らしい、初々しい反応だ。

 俺は今すぐ抱きしめたいのをこらえ、男の余裕を見せて委員長の返事を待つ。


 しかし、その雰囲気をブチ壊して子分が叫んだ。

「ああっ俺らが開いた道……また生き返りがたくさん出てきてますぜ!」

 それを聞くと、委員長は不安そうに目を泳がせた。

「あ、あんなに生き返りがいたら、私行けない……怖いよ!」

 何てことだ、委員長の英雄になるためにはもう一働きしなきゃいけないようだ。道が塞がっちまったら、無理して連れ出す訳にはいかない。

 万が一、委員長が襲われたら大変だ。


「行ってくる、また迎えに来るぜ!」

 委員長の心配そうな顔を名残惜しく思いながら、俺は再び喧嘩に赴く。

 俺の胸の中は、委員長に振り向いてもらえた喜びで一杯だった。

(生きてて良かった~!!)

 そう、生きているから、会えるのだ。


 俺はさっきまでと同じように、生き返り共と対峙した。

 同じはずなのに、世界が違って見えた。

 生き返り共は、「死」という圧倒的な恐怖を背負っていた。その爪と歯が、近くのも遠くのも一体一体が「死」を背負って俺を狙っていた。


 あいつらに殺されたら、どうなるのか。

 死んだらもう、委員長に会えない。

 死んだらこの幸せも終わりだ。死にたくない!生きたい!


 気が付いたら、体が固くなっていた。踏み込んだはずなのに腰はみっともないほど引けていて、振り出したバットは生き返りを少しのけぞらせただけだった。

 一体に手こずるうちに、別のが近づいてくる。

 俺の怯えに気づいたのか、子分たちが動揺して押し込まれ始めた。

 死にたくなくて生き返りに決定打を与えられなくて、そうしているうちに生き返り共はどんどん俺たちを囲んでいく。


 おい、命知らずの最強の男は……一体どこに消えたんだ?

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