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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじなもゆる思ひを

 また間が空きましたが、少し暇ができたのでまた一つ。


!注意!

 この作品は、代替療法が完全に医薬品の代わりになることを示したものではありません。ステロイドを急に止めると離脱症状が起きたり、最悪ショックで死ぬこともあるので自己判断で処方された薬を止めないでください。

 じりじりと、火が下がってくる。

 線香よりは少し多いくらいの煙が、静かに立ち上る。

 肌に感じる鋭い熱さを、私はただ黙って耐えていた。


 背中と腰の上で、小さな塊が香りのいい煙をくゆらせている。

 昔は魔を払うと言われ、今は病を払ってくれるちょっと青臭くて爽やかな香り……これは、よもぎだ。

 先端から肌に向かって迫ってくる熱が、肌の一点を強く刺激する。

「……んっ……!」

 普通の人なら思わず振り払うかもしれない熱感に、きゅっと眉を寄せて耐える。

 今の私は、きっと苦痛と快楽の入り混じったみだらな顔をしているのだろう。


 体の上の熱源が消えてしまうと、私は起き上がってぐーんと伸びをした。

 肌を焼く痛みは去り、そして体中を苛んでいた不快な痛みも消えていた。

「うん、大丈夫。

 これでまたしばらく、外に出られる」

 軽くなった体で、近くに立てかけてあった斧の素振りをする。今朝までは握るだけで体をきしませた重さが、心地よく体になじんだ。

 この調子なら走って逃げられるし、ヤツらの一体や二体なら倒せる。


 私は、追われている。

 いえ、私だけではなく全ての人類は今や、追い立てられ狩られる側に成り下がっていた。

 狩る側は、かつて人間だったモノ……人間みたいな姿をして人間を食べる化け物、ゾンビだ。

 情けも容赦もなく人間に襲い掛かって、恥も外聞もなく食い散らかす。そして、運良く少し噛まれただけで逃げられた者も、数日中に死んで狩る側に回ってしまう。

 初めはみんなどうしていいか分からなくて、分かっても情がジャマをしてできなくて……気が付いたら、正常な人間の方が少数派になっていた。


 こんな世界でも、この愛らしい草は私の味方でいてくれる。


 私は武器と水筒を身に着けると、そっと小さな引き出しを開けて中を確認した。

 中には、乾燥してちぢこまったよもぎたちが身を寄せ合っていた。

 行ってくるね、とあいさつをして、私は名残惜しんで引き出しを閉める。

 これだけ残っていれば、しばらくはもつだろう。


 この雑草と呼ばれていた草は、今では私の生存に欠かせない生命線だ。あの見向きもしなかった植物に命を預けるなんて、想像したこともなかった。

 それも、今まで私の体を支えていた旧き友……これまでの生命線が手に入らなくなったせいだ。

 旧き友の名は、ステロイド。

 医者が抗生物質と並んで最後まで持っておきたいという、魔法の薬。

 私はこれまで、これがないと生きていけなかった。


 JIA―正式名称は、若年性特発性関節炎という。

 もう少し簡単に言うと、若年性関節リウマチ。

 それが、私の病気。


 詳しい事は知らないけれど、体の節々が腫れてひどく痛んだ。手がこばわって、ちょっとした作業もうまくいかなくなった。

 体を動かすのもおっくうで、自分の体じゃなくなったみたいだった。

 でも、ステロイドを飲んでさえいれば、この苦痛からは解放された。副作用で体が少しむくんだけど、かかる前に近いくらい動けるようになった。

 しかし……その旧き友はもう簡単には手に入らない。


 ゾンビがこの世界に現れてすぐ、病院には噛まれた人たちが殺到し、そのままそこで変貌して……病院はどこよりもあの世に近いゾンビの巣窟と化した。

 薬局も、けがをした人や少しでも交換できる物資が欲しい人が押しかけて、たいがいの所は荒らされてしまった。

 こんな世界で、どうやってステロイドを見つけろというの?


 旧き友を失うのと同時に、私はもう一つ大切なものを失った。

 それは、人の優しさだ。

 難病にかかった私は、ずっと人に優しくしてもらえた。病気のことを話すと、みんな同情して私に優しくしてくれた。

 しかし、ゾンビが現れて常に命を脅かされるようになると、その優しさは失われた。

 みんな自分を守るので精一杯になり、少しでも足手まといと思われた者は捨てられる……そんな世の中になった。


 ステロイドを失い、私はまた体中の痛みに苛まれ、自由に動けなくなった。

 自分の足で食糧を手に入れることも、自分を守るために戦うことも、拠点を守るための防壁を作ることも、それをやる人のための家事さえも満足にできない。

 そして私は、放り出された。


 障害のある者は、生き残れず自然に排除される。

 これが、淘汰というものだろう。


 あの人に助けられた時も、本当は断るつもりだった。

 こんな欠陥だらけの私に、生きる資格はないと思っていたから……。

 でも、あの人は私に新しい友達を紹介してくれた。

「薬がなくても、諦めたらダメだ。昔の人はそんな精製された薬なんかなくたって、自然の力を使って生きてきたんだから」

 そう言ってあの人は、この草を差し出した。

 ちょっと青臭くていい香りのする、よく見かける雑草……よもぎだった。


 それは、お灸というらしい。

 熱とよもぎの精油でツボを刺激して、病を払う昔からの治療法。

 このどこにでも生える厄介者の草は、私の苦痛を和らげ、自分で食糧を探してゾンビと戦う力を取り戻させてくれた。

 ステロイドほど完全に楽にはならない、でもむくみが取れて体が軽くなった。


 定期的にこの新しい友達の力を借りて、私は今日も世界を闊歩する。

 体はまだ鈍く痛むけれど、負けてはいられない。

 あの人が救ってくれたこの命を、そう簡単に無駄にはできない。


 外に出る時はいつも、懐によもぎの葉をひとひら。

 あの人はもう側にいないけれど、こうしているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。あの人を想うだけで、命の火が体中に行き渡るのが分かる。

 他にもあの人が教えてくれたたくさんの友達に囲まれたこの地で、私はこれからも生きていく。

 苦かったり臭かったりするけど、いざという時は私を助けてくれる愛しい薬草たち。

 あの人が最期に私を導いてくれたこの恵みの地、伊吹山で。

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