足引きの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜を一人かも寝む
だいぶ間が空きました。
ゾンビ・オブ・ザ・官渡に登場人物紹介を追加したので、お知らせついでに投下です。
これから取り寄せるその本には、登場人物紹介の紙をはさみこんだので、三国志を知らない方にも読みやすくなっています。詳細は活動報告にて。
きっかけは、本当に何でもない怪我だ。
転んで倒れかかるところにちょうど折れた手すりがあって、勢いで腕を引っかかれた。
少し皮と肉が削げて、血が流れた。
本当に、たったそれだけ。
たったそれだけのことで、俺はこの山小屋に閉じ込められた。
「来るな、近寄るな」
「しゃべるな、これ以上物に触るんじゃない」
周囲全ての人間から、石打のように拒絶の言葉が投げつけられる。
ついさっきまで助け合ってきた顔なじみの人々が、俺のことを遠巻きに囲み、蛇蝎のごとく嫌悪と憎悪の視線を向けて追い払おうとする。
こんな事をする原因は、ただ一つ。
「おまえ、感染しているだろう!」
彼らは皆、俺があの死病に感染しているのではないかと疑っているのだ。
そして、俺がいずれ発症し、魂を失った動く死体と成り果てて彼らに襲い掛かると頑なに信じ込んでいるんだ。
死病、本当に冗談でなく100%死亡する恐ろしい病気だ。
ペストやインフルエンザなんかの比じゃない、アフリカ辺りの出血熱でさえましに思える。本当にかかったら一巻の終わりだ。
助かる可能性が全くないのだから、誰も近づきたくないのは当たり前のことだ。
しかし、これだけならまだ哀れみくらいは残っただろう。
この死病の真の恐ろしさは、かかった奴が死んでも終わらないところだ。
死体は大人しく寝ておらず、大量の病原体を含んだまま歩き回る。そして汚血にまみれた歯で他の人間に噛みつき、体液をまき散らす。
噛まれたら……100%感染だ。
確実に死ぬうえ、死んだら体が勝手に動き回って他の奴に病気を移そうとする……冗談じゃない!
誰も、そんな病気になりたい訳がない。
近くにいるのだってごめんだ。
そんなものが発生すれば皆の命が危うくなるものだから……発生しないようにするには、元を断つしかない。
情けを捨てて、感染者から排除するしかないんだ。
山小屋は、まさに独房だった。
家具もほとんどない殺風景な屋内、そして扉には頑丈な鍵がかかっている。
無論、外からだ。感染者を出さないためには、内から開けられては意味がない。
そのうえ、ここは集落からかなり離れている。
どんなに厳重に閉じ込めても、近くに置いておくだけで恐ろしい。万が一出てきても、すぐには襲われないようにとの備えだ。
「三日ごとに様子を見に来る。
二週間何事もなければ、出してやるよ」
乱暴に、扉が閉められた。
外から、ガチャガチャと鍵をかける音がする。
手元には、せめてもの護身用の斧と三日分の食糧。
水は、屋内に井戸があるので心配ない。
俺はここで二週間を生き延び、感染していない事を証明すればいい訳だ。
何事も起こらなければ、難しい事ではない。
だが、そんな甘い考えをしてはいけない。
ここを訪れるのは、人間ばかりではない。
あの死病にかかった者の成れ果て、生きた人間の肉を求めてさまよう死体が、どこかから現れるかもしれないだろうが。
人が去り、辺りは静けさに包まれる。
聞こえるのは、葉擦れの音ばかりだ。
どれくらい時間が経ったのか……ふいに、葉擦れとは違う物音を捉えた。
ズル……ズルと、何かを引きずるような音だ。
招かれざる客か……俺はぎゅっと斧を握り、こっそりと窓から外をのぞいた。
音はまだ小さい、それほど近くないのかもしれない。
しかし、目を離すことはできなかった。
手に汗を握り、血眼になって窓の外を見回す。
その視界に、ごそごそと蠢く小さなものがあった。
目をこらせば、小さなくちばしと枯葉によく似た色の羽。
一匹の、山鳥だ。
下草をかき分けて、ズルズルと長い尾を引きずっている。
ホッとした。
同時に、同情のような悲しみが襲ってきた。
あの山鳥も、寂しいのかもしれない。
死体がはびこり出してから、この村は自給自足を強いられてきた。特に食糧……肉に関しては、この山の恵みをかなり頂いたはずだ。
捕まえやすい山鳥などは、特に。
こいつもあの死病のせいで、大切な相手と引き裂かれたのかもしれない。
よちよちと寄ってくる山鳥を見ていると、涙がこみ上げてきた。
できることなら、小屋の中に引き入れ、この孤独を分かち合ってほしかった。
しかし、それは叶わない。この小屋は感染者を出さないために、外から厳重に閉ざされているのだ。
中で何が起ころうと、外で何が起ころうと、ここから出ることはできない。
たとえこの小屋が死体に囲まれても、脱出することすらできないのだ。
山鳥は、長い尾を引きずりながら、ゆっくりと小屋の前を通り過ぎた。
俺には、その時間が永遠のように感じられた。
だって、この見捨てられた山小屋に他の誰かが来るなんて、次があるかも分からない。
山鳥の長い尾の先が見えなくなると、俺は胸のぬくもりが失われぬうちに、横になって眠りについた。
あの山鳥は、また来てくれるだろうか。
またあの温かい時間を与えて、俺を癒してくれるだろうか。
これから俺が過ごさなければならない二週間は、途方もなく長い。
だが、それでも寄り添う者があれば乗り越えられると思う。
どうか互いの身に、君の尾羽の如く長い先があらんことを。
強い決意に似た祈りを胸に、寒山の夜は更けていった。




