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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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八橋の一もとすすき穂に出でて はるばる来ぬる人招くらむ

 新型コロナで家の近くのかきつばた園が封鎖されてしまったよ!!

 という訳で、応援と忘れられないためにまた郷土の歌をゾンビ化しました。


 この歌はかきつばた寺にある「八橋の一もとすすき」という縁結び伝説のある植物が読まれた歌です。

 コロナで人が分断されている今こそ、人々が一丸となって力を合わせ、コロナが終わったらまたつながれるように願いを込めて。

 前回の「唐衣~」と同じ主人公です。

 ポンポンと、五月晴れの空に花火が上がる。

 その下で、大勢の人が見守る中、紅白のテープが断たれた。

 今日は、記念すべき日。

 希望の花園が、ひらかれる日。


 開場の式典をよそに、僕は一人花園を見回っていた。輝く水面から明るい緑色の葉が天を目指すように突きだし、その間に鮮やかな紫色の花が咲き始めている。

 ここは、かきつばた園。

 昔から多くの人が行き交い、時期になるたびに旅人たちの目を楽しませてきた伝統ある花園。

 そこが、今日この日にようやく復活を果たした。


 この花が人に省みられなくなって、もう何年ぶりになるだろうか。

 あれが始まり、日本でも広がり始めた頃、封鎖されて以来か。

 あの恐ろしい、感染する死の災い。これまで世界の誰も経験したことがなかった、映画か小説の中にしかないと信じていた病。

 ゾンビ疫によって、世界中の観光地はほぼ消滅した。


 人間、危機的状況になるといろいろ当たり前のことを捨てるものだ。

 その疫病は感染性のものであるがゆえに、人にその拠り所であるつながりを捨てさせることになった。

 その疫病にかかると必ず死に、人の肉を食らうゾンビになる。噛まれなくても、感染者の血や体液が傷や粘膜に入ると感染する。

 怖いから、側に寄りたくない。

 人は自然と人を避けるようになったし、政府もそうするよう要請していた。


 いつしか世の人々は、人が集まることを悪とみなすようになった。そして、感染が広がるのはそういう事をする奴らのせいだという風潮が生まれた。

 それが、捨てる必要のなかった人のつながりまで切り裂いた。

 最前線で疫病と戦う人々が、感染源として一般の人々から排除された。生活に他人の手が必要な人たちが、居場所であった施設を追い出された。

 また、人が集まったせいでそれ自体に罪のない場所が消されていった。

 都市から流出した人が集まる観光地や別荘地、街中では繁華街や映画館などが次々と封鎖されていった。


 それでもじわじわと広がる感染は食い止められず、結局国の大部分がゾンビに制圧されてしまった訳だが……あの病を前にあそこまで持ちこたえた国は珍しいと思う。

 結果、今こうして残った人たちが再生の日を迎えているのだ。

 比べて、僕の故国は……インドには人々がいがみ合って混乱する余裕もなかった。そして今も全国が危険地域で、帰郷など夢のまた夢だ。


 でも、今の僕はここに根を張る決心がついた。

「お父さーん!」

 僕に手を振り、池に渡された橋の上をかけてくる三人の子供。そしてその後ろからゆっくりと歩いてくる、柔和な笑みを浮かべる女性。

 僕の、新しい家族だ。


 かきつばたの葉と茎とが、同じ根元から何本も出て寄り添うように、僕は彼女たちと一つの株になって生きることを決めた。

 人の植物も、たった一人たった一本では脆い。

 だが、集まって寄り添って力を合わせれば、過酷な日々でも生きられる。


 思えば僕は、そんな当たり前のことも忘れていたのだ。

 感染が怖いから人とつながりたくない以前に、僕の場合は別の大切な人との絆を守ろうと躍起になっていた。


 実は僕には、故郷のインドに妻がいる。

 あの疫病が始まった時、日本に移住する家を買おうと僕だけが先に国を出て、家を探している間に行き来ができなくなって引き裂かれてしまった。

 今もいるのか……いや、生きていてくれるのか分からない、大切な一人目の妻。


 この女性を裏切りたくなくて、僕は近づいてくる他の女性に冷たく当たっていた。

 疫病が急速に広がり、ゾンビがいたるところに出るようになっていた頃、生きるのに必死で僕に助けを求めてきた別の女性がいた。

 僕は彼女を、本当に必要最低限しか助けず距離を置き続けた。

 彼女は子供が三人いて大変だとすがってきたが、元々ここに住んでいた外国人コミュニティの中にいたので大丈夫だと思っていた。

 それどころか、子供までいるのに何て節操のない女だと蔑んですらいた。

 聞けば、彼女にも夫がいるそうじゃないか。彼女の故国、フィリピンの親戚が危ないと助けに行ったきり戻って来ないし連絡もつかないとか。

 そんな大切な人と子供すらいるのに僕にまとわりつくなんて、ふしだらな女だ。

 僕にあしらわれるたび涙を流して、近くにある「縁結びのすすき」に祈る姿を見ても、何とも思わなかったんだ。


 でもある日、彼女の小学生の娘と話すことがあった。

 必死で一緒になってくれと懇願してくる娘に、僕は夫婦の絆がいかに大切で美しいか諭してやろうとした。娘の目を覚まさせて諭させれば、あの女も諦めるだろうと。むしろこの娘も、あの多情な母に付き合わされて大変だなどと思いながら。

 すると、娘はいきなり半狂乱になって泣き喚き、僕の前で服を脱ぎだした。

「分かった、お母さん好みじゃない!?だったら私あげるから好きにしていいから!!」

 慌てふためいて止める僕に、娘は叫んだ。

「おまえ、私たちのこと全然知らない!!分かってない!!

 お父さん帰ってこなくて小さい子抱えて、私たち、ここでお荷物言われてる!もっと状況悪くなったら、捨てられるかも!

 役に立つ人連れて来ないと、私たち生きていけない!!

 捨てられるのイヤ!共倒れもイヤ!お父さんからもらった命、守れないのイヤーッ!!!」


 ……ああ、僕はなんて馬鹿なことをしていたんだ。

 彼女もこの子たちも、大切な絆に育まれた命を守ろうと、必死に生きようとしていたのに。僕が振り払っていたのは、そんな手だったんだ。

 当たり前だ、絆を守って死なれるより、生きていた方がいいに決まっている。

 僕だって、故郷の妻にどちらを望むのかと言われれば、後者に違いない。


 それに気づいた僕は、この女性と娘たちに平謝りして、家族になった。

 これが、今僕と支え合っている新しい家族だ。

 この女性と結ばれたことで、僕はこの地の外国人コミュニティの一員となった。そして地元の日本人とも手を取り合い、人手が必要な……束にならないとできない作業をいろいろとこなしてきた。

 特に泥だらけの田んぼや川のゾンビ掃除は、大勢でないととてもできない。これをやれたからこそ、今この地域は安全になった。


 今日花園が再び開いたのも、皆で支え合って力を合わせたおかげだ。

 人が寄り添い合って強くなるという当たり前を取り戻し、観光を許せるくらいの安全と余裕を取り戻すことができた。

 そして他地域と再びつながることで、さらにかつての日常に近づいていく。


「行きましょう、もうすぐお客さんが到着するわ」

 そう言う新しい妻に手を引かれ、花園を後にする。

 途中、家族全員で「縁結びのすすき」に手を合わせる。この葉を片手で結ぶことができれば良縁が結ばれるという伝説の、八橋の一もとすすき。

 一つの根元から出ている無数の葉が、今はかわいそうなほど結び目だらけになっている。それだけ、つながりを求める人が多い証だろう。

 きっとこれからも、ここに結び目は絶えない。


 松並木の街道に出ると、ちょうど待っていたお客さんが来たところだった。

 道路に連なる、荷物を満載したトラックの列、掲げる旗は「穂の国行商団」。穂の国とは昔の地域名で、東三河……豊橋辺りを指すそうだ。

 今日は、この東海道がここまで安全になった祝いだ。

 人口密度が仇となるゾンビ疫の性質上、住宅が密集した尾張名古屋の解放はまだ進んでいない。なので先に息を吹き返した三河からこうして支援物資と人を集めて送り、今主戦場となっている鳴海より先の解放を目指す。


 訪れた人が手を振るのに合わせて、こちらも全員で手を振り返す。

 無数の手が一斉に揺れて手招きする様は、巨大な一もとすすきの穂が揺れるようだ。

 こうして束ねられた手がさらに先の人々を招き、この街道をさらに先まで再びつなげるのだろう。

 そしていつか日本中がつながり……インドやフィリピンまでつながるには、一体いつまでかかるか分からないが。

 それでも僕は、今の家族と共に希望を持って生きていく。かつての妻が愛したこの命を無駄にせず、未来につなげていくために。


 20××年5月 東海道(旧一号線) 知立、安全宣言

 この歌の訳は見つからなかったので、自分が適当に想像で訳してみました。

 八橋の一もとすすきの穂が出てたなびくように、穂の国(東三河)からはるばる来た旅人を招いていることだなあ。


 知立は旧東海道の宿場町の一つで、今も松並木が残っています。東海道は近くは豊橋から名古屋、遠くは東京から京都をつなぐ古い街道で、今の国道一号線の元になっています。緊急事態宣言が解けて観光が可能になったら、また多くの人や車が行き交うことでしょう(知立を観光するとは言ってない)。


 そして、他にもゾンビ化したい短歌や俳句はありますが、百人一首はひとまずこれで完結とします。ここまでご愛読ありがとうございました。

 これからも、思い出したら時々のぞいてやってください。

 最後に、書籍版の方もよろしく!

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