ヴァンパイア・ナイツ4
夕方になって僕は目を覚ました。昨日はちょっと落ち込んでいたけれど、よく寝て頭がスッキリした。
昨日と同じように廊下を歩く足音がする。これが勧誘だったら兄さんがさぞかし怒るだろう、と思いながら僕は自分の部屋のドアをノックし、こちらからドア越しに声をかけてみた。
「会長?」
ドアの前で足音が止まった。
「幸成君、起きてたの?」
ドアのノブが回ったので、僕は慌てて鍵をあけた。それからドアから離れた。
ドアがゆっくりと開いて、会長が入ってきた。遮光カーテンをしっかりと引いているからよくわからなかったけれども、まだ暗くはなっていない。
僕はドアから離れた。すぐに死ぬ事は無いにしろ、やっぱり日の光は苦手だ。
「会長、こんな時間に外出ですか?」
会長はできるだけドアを開かないように細く開けて、体を滑り込ませた。
「そう。私はアパートの大家も兼ねているから、昼間に外出せざるを得ない場合もあるんだ」
どうしても昼間に出なければならない場合は、日光対策をバッチリしなくてはならない。帽子に、日焼け止め。手袋。紫外線カット加工済みの素通しのメガネ。
「怪しいだろ?」
「いや、まあ。でももっと変な人もいるから、大丈夫ですよ」
「慰めにならないね。本当はエリカに頼みたいくらいだ。女の人なら『紫外線対策しています』で通るんじゃないかと思うんだけれど」
会長は肩をすくめて、そう言った。
「やっぱり、若いだけあって睡眠時間が短いね。エリカとヨシは気づきもしないよ」
僕達ヴァンパイアは眠るときは文字通り死んだように眠る。木の杭を打たれても、手遅れになるまで気づかないかもしれないくらい。
「前から聞いておこうと思っていたんだ。ヨシは本を読みに街に出てきたようなものだけど、幸成君は何でこっちにでてきたの?」
「街に興味があって。集落から出るのは正直不安だったけれど、兄さんが出てきていたから僕でも何とかなるかと思ったんです」
「ふーん、私はてっきり君が次の医者候補なのかと思っていたよ」
「いや、そんな根性無いんで」
「君がそう思っていても、周りは違うかもしれないよ。そのうち覚悟しておいた方がいいかもしれない。里帰りする時とかね」
「脅かさないでくださいよ」
僕達は病気にはならないし、怪我は放っておけば治る。そういう意味では医者は必要ないのだが、僕達は死んでしまうと急激に死体が乾燥して風化する。人間の医者に灰を見せて死亡証明書を書いて貰うわけにもいかないので、ヴァンパイアの医者に死亡証明書を書いて貰わなくてはいけないのだ。
そういう訳で集落に一人は医者が要る。健康上の理由を盾になるべく昼間の授業を避けるにしても、医大に通わなければならない。集落を離れて街に出て、人の血を飲まなければならず、どうしても昼間の行動が多くなる。皆が医者の免許をとりたがらない大きな理由だ。
「まあ、そういう事になってもなんとかなるよ。私が保証する」
会長は医者だ。万が一の事があったら、会長に死亡診断書を書いて貰う事になる。
「僕の集落の医者はまだまだ元気なんで大丈夫ですよ」
僕はそう答えた。医者の確保は集落の感心事だ。でもまだ寄り合いでその件が議題に上がったとは聞いていない。
「君の集落の様子はシゲが来た時、大体聞いている。君の兄さんが出てから何か変わった事はあった?」
「そうですね、特になにも。太陽光発電で電力を貯めて衛星放送を見る家庭が増えたくらいですね」
集落は山の奥。電気・ガス・水道なし。テレビの電波も入らない。でも衛星放送は受信できる事がわかったので、みんな揃ってテレビを見始めた。
「なるほどね。君の家は集落の中でも早く見始めたってシゲから聞いたよ」
そう言って、会長は立ち上がった。
「そろそろ失礼するよ。またね」
会長はドアを細く開けて外の明るさを確認すると、ドアと壁の隙間に体を滑り込ませて出て行った




