ヴァンパイア・ナイツ1
少しでも楽しんでいただければ幸いです。R15、暴力描写の注意は念のためにつけました。特にそういう描写の予定は今の所無いのですが。
「そこのお嬢さん、ちょっと私の話を聞いていただけませんか?」
夜も遅い時間に人気の無い通り。後ろから男性にそう声をかけられた女性は、振り返らずに大通りに向かって足を早めるか、防犯ベルの用意をするか。
そうされては困るので、私は声にちょっとだけ誘惑の魔力を含める。・・・何とか成功したらしい。女性はあからさまに迷惑そうな様子をしながらも、足を止めてこちらを振り向いた。
「とても信じてもらえないでしょうが、私はヴァンパイアの一族の者なのです。血が無いと飢えてしまう。貴方の血を貰えませんか?」
声に加えて更に視線を合わせ、魔力で相手の判断を狂わせる。まともに話しても、とても信じて貰えない。仮に信じて貰えたとしても、血をくれるという酔狂な人間がどれだけいるだろう?
「私は今、ひどく飢えているのです。貴方の血を少しだけ貰えませんか?」
私は言葉を切って、相手の女性の様子を伺った。声と視線に込められた誘惑の魔力の為、女性は私の話の内容を疑う事ができず、それに加えて同情的になっている。この状態で私の頼みを断るには、お腹が空いてすりよってくる子犬を見捨てるくらいの勇気が必要らしい。
・・・しかしながら、今夜の女性は果断な性格だった。
「私、困ります」
私は月を仰いで嘆息した。きっぱりとした性格に加えて、この時間までの残業。きっとそのうち出世するに違いない。
規則で無理強いはできないので、私はもう一度声に魔力を込めた。
「それはとても残念です。・・・この話は忘れて下さい」
女性は振り向かずにそのまま歩み去っていった。今の会話は記憶から消え去っている筈だ。
私も、さっさと記憶を消去する事にした。魔力を自分に使える訳ではないので、完全には忘れられないけれども。できればもっときれいさっぱり忘れたいものだが。いやいや、落ち込んでいる暇はない。次の(願わくばもっと優しい)女性を探さなければ。あーでも、時間が無いかな・・・。
「お前、また失敗したのか。見ていられないな」
追い打ちをかけられた。物陰から、私の同族が現れた。同族も同族、私の兄だ。
「余計なお世話だよ、兄さん。兄さんこそナンパは済んだのか」
「ナンパなどと言うな。何だ、それは。満月の夜は短い。これを教訓に次回はもっと普段から準備をしておくことだな」
偉そうに言われて、頭にきた。反論できないから尚更だ。頭にきたついでに格好つけてた一人称を元に戻すことにする。
「・・・しかし、そんな調子では飢えてしまうぞ。田舎に帰ったらどうだ」
月を見上げながら、兄さんは言った。結局それが言いたかったか。実家から出てきてからずっとそれなので、僕は腹も立たなくなってきた。
「まあまあ、彼は慎重なんだよ。それはすごくいい事じゃないかな?」
隠れているのに飽きたから出てきた、という様子でもう一人出てきた。僕はうんざりした。会長だ。会長っていうのは、ここら辺のとりまとめ役のヴァンパイア。
「会長、何でここに居るんですか」
「いやあ、君のお兄さんに君の様子を一緒に見に来てくれって泣いて頼まれてね」
「誰が泣いた」
ムッとして兄は抗議した。
「ただの言葉の綾だよ。それで、見に来たんだけれど」
会長は珍しく真面目な表情になった。僕は内心ちょっとあせった。冷やかしに来ていただけではなかったのか。
「初めてにしてはよくやっていると思う。一人でナンパしてもらっていて全然問題ない」
会長はきっぱりと言った。僕はすごく嬉しかった。兄は不満気だったが異論を唱える事はしなかった。
「そうだな、一つ忠告をするならもう少し普段通りに話した方がいいんじゃないかな。魔力は最低限しか使っていないから、相手はこちらの言葉の雰囲気に敏感だよ。落ち着かない雰囲気で話しかけると、断られる確率が高くなってしまう」
僕はちょっと反省した。クールなヴァンパイアらしくしなければと思っていたかもしれない。
「じゃあ、私も忙しいからこれで失礼するよ」
会長はひらひらと手を振って急ぎ足で立ち去った。
「魔力のコントロールにはくれぐれも気をつけるんだな」
兄も捨て台詞を残して立ち去った。
半分諦め気分だったのだけれど、誉められてやる気が戻った。もう一人くらい血がもらえないかどうか頼んでみよう。