異世界おばメシ! ~年金暮らしのBBAは食って生き残る~
「ねぇ見て由美さん、これマンドレイク」
「あらぁ〜いいわねぇ、これ辛子と和えると美味しいのよ。ちょっと鼻にツンとくるけど、春先にぴったりなのよねぇ」
ナスのようにでっぷり肥ったマンドレイクは、素早く目合に包丁を入れて〆る。
マンドレイクの目が白く濁ったら、それが合図だ。上部の葉っぱを取り、皮を剥ぐ。表面は少し固いので、ぶ厚めに。この皮は本来捨てるところなのだが、実際味見してみるとピリリとしてショウガに近しい味だった。
なので、皮部分は細かく千切りにして酢漬けにして、先に削いだ上部の葉っぱはサッと湯がいて、酢味噌と砂糖でぬた和えに。
「あとは何にしようかしらね……酢漬けにぬた和え……メニュー的には和食よね!」
「清子さん、トマトンのお肉が残ってるからさっぱり炒めなんかどうかしら」
「あら、いいじゃない。トマトンのお肉はトマトのさわやかさがあって好きよ」
トマトンは赤い豚型モンスターだ。その名前の由来は、トマトンの肉はトマトのさわやかな風味があることからきている。
そういえば冷蔵庫の奥にトマトンのお肉が少し残っていた筈だ。であれば、残るマンドレイク本体は乱切りにして、ついでに家庭菜園で採れたミニトマトとトマトンの薄切り肉を炒めていこう。
味付けは、砂糖と醤油、お酢でさっぱり目に。
最後にお味噌汁とご飯を持って、マンドレイク定食として出すと、このマンドレイクを持ってきた痩せっぽちの男は驚いた顔で口をハクハクと動いていた。
「食材を持っていったらそれを料理にしてくれるとは聞いていたんですが……こ、…こんなにいいんですか……?」
よほど食べていなかったのだろう。
男は少しだけうつむきながら、ぽつりと話しはじめた。
「俺、これでも魔物狩りの端くれなんですけど……余った部位って、売れないし食べ方も分からなくて。いつも捨てるしかなくて、もったいないなって思ってたんです。……でも、ここの料理って……ちゃんと全部、無駄なく使ってくれるんですね」
「勿論よぉ、その分私たちも手間賃含めたお金は貰ってるわけだし、食べていってちょうだい。マンドレイクを余すところなく使ったんだから!」
このお店を構えて、もう二年ほどが経った。
清子と由美の井戸端会議中に突如起こった異世界転移。聞けばそれは全てこの世界を作りし創造主――つまりは神様のうっかりミスだったらしい。
「困るわよぉ、異世界転移なんて。誰がポチに餌をあげると思ってるの?」
「すみません……本当にすみません……まさかくしゃみをした時に、異世界転移スイッチを押しちゃうとは思わなくってえ……」
「あ、でも異世界転移?ってやつなら、私たち見た目が若くて綺麗になったり、それから強い能力がもらえたりするんじゃないの?」
孫が異世界転移だか異世界転生だかをすると、最強になれるとか、そんなことを言っていた。あの時は孫と一緒に本を買いに行った時だったので、軽い違いしか聞かなかったが、こんなことになるのなら、もう少し処世術的なものを聞いておけばよかった!
呑気にポチの心配をしている由美とは違い、清子はそれなりに危機感を抱いていた。だって、若さがあるのならともかく。おばさん二人の異世界転移だ。このまま別世界に投げ捨てられたら死ねと言われているようなもの。きちんと貰えるものは貰わないと。
――しかし、そんな思いをバッサリと切り捨てるように、神様は申し訳なさそうに言った。
「いや、あの、今回は魂も姿もそのまま転移するという形なので見た目が綺麗になるとかそういうものはなくてですね……」
「あらぁ残念ねぇ」
「それから、その、能力もですね……」
「まさかないって言うの?おばさん二人を異世界転移させといて、そのまま放りだそうって?」
「ううう、いや、その件は本当に申し訳なく……!」
「申し訳なく思うことは子供でもできるのよ!」
そうやって話し合いに話し合いを重ねて、なんとか異世界年金と住み続けられるだけの家を得た。支払いは月に一度。それぞれ裕福とまではいかずとも、生きていけるだけの最低保証を受けることが出来る。だから、初めの頃は異世界というものを観光客として楽しんでいたと思う。
なんせ、辺り一帯は見た事がないものだらけだ。私たちは二人で「面白いわね~」なんて言っていたけれども、それもすぐに飽きてしまった。
そして始めたものが、この「ばあちゃん食堂」なのだが……思いのほか反応は良かったと思う。
「うまい……ッ!まさかマンドレイクがこんなに美味しいものだなんて!」
魔物食については広く伝わっている反面、美味しく仕上げる調理法はあまり広まっていなかった。
その一方で、我々は細かなところまで無駄にしない、食に煩い日本人だ。普段からあまりもので食事を作ることも多かった私たちにとっても、料理というのはごくあたり前にあるもので、これまでで得た生活の知識の掛け合わせと料理は親和性が高かったのだ。
開店時間は朝の七時から、お昼の十四時まで。健康的な時間に起きて、健康的な時間に終える。あまり無理はしないこと。その決まりで作った「メインとなる食材は持ち込み性」はある意味この店の売りとなって、今では多くのお客さんがいろんなものを持ちこんでくれるようになった。
「魔物食って面白いわよねぇ」
ガツガツと子供みたいに飯を書き込む客を見て、のほほんと清子が言う。
それにつられて笑う由美は「思えば、遠くへきたもんだ……」といつかの歌を口ずさみながら皿を洗い、カランコロンと弾むベルに気付くと、声を揃えた。
「はーい、いらっしゃい!」
さあ、今日もまた良い日になりそうだ。
*
《清子の異世界日記》マンドレイクは、生姜に似ている。
「マンドレイクは、生姜に似ている。」
マンドレイクって、生姜に似てると思うのよ。
浴室から聞こえる由美さんの鼻歌を聞きながら、私は今日の定食を思い出している。
形もゴツゴツしてて、皮を剥くと中がスッとしていて。皮を少し齧ってみると、ピリッとくるあの刺激――アレはもう、生姜。初めて切ったときは、「あれ? これ、生姜焼きいけるんじゃない?」って思ったくらい。
生姜って不思議よね。料理に入れると一気に“整う”というか、バランスが良くなってくれる。生姜の使い道だって、切ってよし、焼いて良し、煮て良しの万能品で、マンドレイクが何故こういった料理に使われてこなかったのか不思議なくらいだった。
あたし、昔から“ちょっと残った食材”が好きなの。
大根の皮とか、ブロッコリーの茎とか。元の世界にいたとき、うちの息子なんかは「そんなの貧乏臭いからやめてくれ」って言って、特に思春期なんか嫌がっていたけれど面倒臭い調理方法であるほど栄養が詰まっていたりするものなのよ。ちょっと手をかければ、立派なおかずにだってなるんだから。
人間だって、そうよ。
歳を取っても、ちゃんと役に立てるし、味があるの。ピリッとして、後味がよくて、身体も温まる。
生姜もマンドレイクも。あたしたちだって、隅に置いちゃあもったいないってもんよ。
前説明が長くなったけど、何がいいたいかっていうと私も由美さんもまだまだイケるってこと。
毎日頭を回せば脳みそだってツンツルリンにはならないし、動けば尻もたるまない。そんなわけで、私はこうしてそれらしいことをリビングに座って考えている間も、踵を浮かせては落として、浮かせては落としての健康法を繰り返している。
——さて、明日は何を作ろうかしら。
阿佐ヶ〇姉妹みたいなお二人が異世界で食堂開いたら面白いなぁ~と思って。楽しくワチャワチャやってほしいですね。




