第四章 エクストラオメガ 九
「星来のもとに行くって……。本気で言ってるのか?」
慌てて問いを重ねる純に、日吉が冷えた笑顔を見せる。そうして鼻白んだように「ふん」と一声放った直後、彼女は、
「本気だよ。僕らは皆、本気であの人のもとに行こうとしているんだよ」
と言った。果てなく陰鬱な口ぶりだった。
純は言葉を失った。
養護施設にいた子どもたちが全員いなくなったのも、もしかして星来が──、
「駄目だ」
ひとつの答えが脳裏にひらめいたそのとき、月世が会話に混じってきた。
さすがは大人というべきか。彼の口調には余裕と落ち着きが十分に含まれていた。
「星来には関わらんほうがいい。あいつは、なにを考えているのかさっぱりわからんからな」
「お兄さんになにがわかるというの?」
日吉の傍に立つコート姿の少女・遠野が口を挟んだ。彼女の白いおもては、ただならぬ怒気に覆い尽くされている。
「ここにいる子は、私も含めて、家や学校で嫌な思いをしている子ばかりなの。だから、こんな腐った世の中、自分から捨てようとしているんだよ」
「そうだよ、星来さんはそんな僕らに救いの手を差しのべてくれたんだ!」
遠野の後方にて、ひとりの少女が叫んだ。彼女もまた雌雄展開体で、魔術適性を持っていなかった。
「星来さんは私たちにとって、神様みたいに優しくしてくれる人なの!」
「あの人を悪く言う人は、誰であっても許さないよ!」
「俺たちはいまから理想郷に行くんだ! 邪魔なんかしたら承知しないからな!」
「星来さんだけが私たちを救ってくれるのよ! 私たちの痛みをわかってくれるの!」
十数名もの少女たちが、一斉に、興奮しきった表情でがなり立ててくる。
純は一歩、後ずさろうとした。
だが、そのとき肩をつかんできた手に動きを阻まれてしまう。
「どこに行くってんだよ、渡良瀬」
場に響いたその声に純はびくつき、月世は意外そうな顔をし、少年少女たちは喜びの表情を浮かべた。
天宮星来が現れたのだ。
出会ったときと同じく、彼は、深紅のライダースーツを着込んでいた。手指の爪をマニキュアらしきもので黒く塗りつぶしているところも、この前見たときと変わりない。
「星来……! 純を離せ!」
大きく目を見開きながら、月世が叫んだ。彼にしては珍しいほどの大声を喉から出しては、
「純に……、俺のつがいに軽々しく触れるな!」
と、強く訴える。
しかし、必死の呼びかけすら、星来は笑って無視した。
「やだよ。月世なんかの言うことなんて、無条件に聞くわけないじゃん」
冷たい声をすぐ傍で耳にし、純は恐怖に震えた。
月世が叫ぶ。「やめろ、純には……、純にだけは手を出すな!」
「やだっつってんだろ、しつこい男だなあ。俺、おまえみたいな完全男性体、マジで嫌い。大っ嫌い」
「俺のことは嫌っていいが、純は離せ! そいつにはなんの咎もないんだぞ」
「やだやだ、なんでおまえなんかに命令されなきゃいけないんだよ」
緊迫感あふれる会話が続くただなか、純は星来の手を振りほどこうとした。全力を出して、右肩に食い込む手を無我夢中で剥がそうとした。
しかし、女の体はどこまでも非力だ。男の腕力には到底かなわない。
「あ、そうだ。ついでに渡良瀬の唇でも奪ってみようかな。そしたら、月世、おまえに仕返しができちゃうしさあ」
純はびくりと身をすくませた。月世以外の人間とキスをするなんて冗談じゃない。
手足を大いにばたつかせ、合意なきくちづけから逃れようとする。
「やめろ……!」
月世の叫び声が聞こえる。いとしいいとしいつがいの声が。情を交わした男の声が。
星来の唇が、息の触れる距離まで接近してくる。
──と。
その瞬間、白銀色に瞬く光が純の肌から放たれた。
【続く】
【裏話】
「魅力ある主人公を書くのも難しいけれど、魅力ある悪役を書くのはもっと難しい」と思いました。




