宣戦布告
ご飯を食べ終わり、一息付きたかったところだが一真の周囲を六人の女性が取り囲み、髪のセットと着替えを同時に行っていた。
見たこともないような綺麗な青色の着物が用意されており、その厚手の着物を着付けされつつ髪の毛を何やら弄られている。
一瞬、興味本位で右側に置かれた着物の方を振り向くと
「動かないで!」
とすごい剣幕で怒られた。すんません。
首を正面に固定してしばらくすると、どうやら着付けから解放されたらしくようやく楽な姿勢を取ることができた。
「いかがでしょうか」と部屋の端にある姿鏡をこちらに向けられる。一瞬、似合ってるなと自惚れかけたが何かが違うと思い鏡をよく見る。
「えっ」思わず声にならない声が出て思わず鏡に近寄る。それもそのはず、そこに写っていたのは赤碕一真ではない、別人だったからだ。
姿鏡に近寄り、自分の顔を何度も確認する様子を見て、着付けを担当した女性の一人が「何かありましたか?」と心配そうに駆け寄ってきた。
慌てて大丈夫ですと、平常心を装うが気が気では無くなってしまった。
この日は何かの祭り事のようで、支度が住んだ一真は階段を何段も登って上の階に連れられていく。
慣れない着物の裾を何度か踏みつけて転けそうになりながらも、なんとか階段を登り切ることが出来た。
上の階には先ほど朝食を共にした三人が、綺麗な着物に着替えて椅子に座っていた。その光景はさながら教科書で見た昔の武将の肖像画のように、そして時代劇の撮影かと勘違いするほど見事なものだった。
一真が階段を登ってくると、その三人の内大柄の男性と、そしてその隣に座っていた女性がこちらにやってくる。そして肩をポンと叩かれると
「お前は自慢の息子だからな、今日は胸張って行けよ」
と鼓舞された。これまで確証は無かったのだが、やはりこの大柄な男性はこの世界での父親のようだ。
「光成さんも歳で引退が近いですからね。時任家は政貴が継ぐんですから、しっかりアピールしてくださいね」
時任家・・・政貴。母親の発言から推察するに時任政貴というのがこの世界での俺の名前らしい。
そして先ほどの両親の発言が少し引っかかった。胸張っていけ、しっかりアピールしろ。もしかすると今日は自分にとって何か大事な日で、演説か何かを行わなれければならないのか、と一真改め政貴は不安になった。
「今日は何をすれば良いんですか?」なんて聞けたら気が楽だったかもしれない。しかしこの場にいる人間の誰一人として政貴という人間が他の誰かと入れ替わっており、政貴としての記憶が全く無いということを知らない。
言ったところでそもそも信じて貰えないだろうし、何よりこの如何にも本番直前と言った雰囲気の中でそんなことを言ってしまったら大変なことになりそうだ。
でも言ったほうが良いかもしれない、そんな葛藤を数回繰り返していると「立て」と言われ、外へと繋がる扉の方へと向かい始めた。そうこうしている内に何をするか分からない本番が始まってしまった。
外に出ると、廻縁になっており下には多くの聴衆が詰めかけていた。薄々察していたが、これまで居た場所がお城だということをここで初めて確信した。
そして周囲の景色を見まわした時、政貴は思わず声を漏らした。
「どういうことだよ・・・」
城からの眺めは、どこか身に覚えがあるものだった。そしてそれがすぐに山下高校のある周辺の景色、そして前日に撮影で訪れた久松公園と裏に聳え立つ久松山と一致するものだと理解した。
久松山に元々存在した鳥取城は既に取り壊されたはずだが、どういうことか今こうして立っている場所はまさしく前日に視認した石垣が存在していた場所だ。
江戸にでもタイムスリップしたか、そう思った。しかしながら再び衝撃的な光景を目にすることになる。
「我々、時任家は建国以来代々この土地を守り抜いてきた」
父親が聴衆に向けて何か演説を初めていた。初めは何も違和感を覚えなかったが、やけに声が通るなと思っていた。それもそのはず、父親は棒状の何か、現代でいうところのマイクを握っており、それで下に居る聴衆に声を届けていたのだ。
「我々はここに来て初めて血で争う醜い戦争に加担させられようとしている」
父親の演説が続く。やはり何度聞いても元の声より格段に大きく拡張された声、間違えなくこの時代には電気が存在している、そう確信した。
「私たちの魔法は、人を守るためのものであって殺すためのものではない」
・・・魔法、今確かに父親から魔法という単語が飛び出た。江戸時代のような城、電気、そして魔法・・・
政貴の頭は常に入ってくる情報を整理することでいっぱいだった。とにかく、父親の演説、そして周囲の景色から何かこの謎の世界を紐解く鍵を見つけようと必死になって情報を集めようとする。その時だった。
「政貴さん、改めて確認です。このあと当主様が席に付かれましたら前に立ち、宣戦布告をお願いしますね」
政貴が普段と違い、挙動不審でどこか不安げなので段取りを忘れてしまったのかと察したお付きが小声でそう耳打ちしてくる。
「分かりました。ありがとうございます」
適当に無難にそう返事をした。だが待て、今宣戦布告と言わなかったか?
「隣の島の国は武力で外国を侵略し、領土拡大を目論んでいる。それは看過できない事態だ」
どこの国に宣戦布告をするのか、その疑問はすぐに解消した。演説を聞く限り隣の島の国という地域に対して父親は不満を抱いており、戦争を仕掛けようとしている。
「さて、私の話はここまで。ここからは若いのに任せよう」
父親は、結論を言わずに政貴にバトンを譲る。先ほど言われた宣戦布告、これをしなければならないのか。しかし自分の一言が火種になるのはもう懲り懲りだ。ちょうど昨日、争わずに対話をすればお互い理解し合えると、そう学んだばかりだ。
正直、何がなんだかよく分からない。この世界のことも、なぜ争っているのか、そもそもこれはまだ眠りの中で夢を見ているのではないのかとも思い続けている。
でもせっかく、こんな大きな世界をどちらの道に進めるかを決めれるチャンスを貰った。俺は政貴じゃない、一真だ。先日ちょうど同じような演説で失敗して火種を作ってしまった赤碕一真という男は失敗を教訓に出来る男だ。だからどうするかはもう決まっていた。




