知らない場所
時刻は午後六時を回ろうとしていた。普通この時間なら小腹を空かせて夕食までの時間を待ち侘びるのだが、今日のお腹は満たされていた。
夜空に光るオーロラは、未だに頭上で燦然と輝いている。自分以外にも多くの通行人が、その怪しい輝きに魅せられスマホで様子を収めている。
妖艶な光が包み込む街はまるで異世界のような異様な雰囲気に包まれていた。よほど珍しい現象だったらしく帰宅して付けたテレビでも地方の出来事ながら全国ネットのニュースの時間で解説を交えて一連のオーロラ現象は報道されていた。
ネットでは様々な憶測が流れている。「巨大地震の前兆」だと言い張る投稿や、「地球温暖化の影響」など説は様々ながら根拠のないながらも物騒な説が次々と流れてくる。
ふわぁ〜と大きなあくびが出た。時計を確認すると時刻は午後九時前、普段であればゲームしたり勉強したりとしている時間であるが、今日はよほど疲れたのか既にベットに入ってぼーっとスマホを眺めていた。
まだ早い時間だが、再び大きなあくびが出たため電気を消して眠りにつくことにした。
静かな部屋で目を閉じると、そこには昼間の楽しかった思い出が駆け巡ってくる。寝る時間こそ早いものの、今日はやけに長い一日だった。初めて見た姫乃の笑顔の記憶が今日の一日の出来事を締め括ってくれた。
それからどれほどの時間が経ったのだろうか、あっという間に意識は失われていた。そして寝起きの微睡の中から意識が戻ると、飛び起きるようにハッと体を起こして目を覚ました。
飛び起きた理由は単純、違和感を感じたからだ。そしてその予感は的中していた。
ふかふかのベッドの上で寝たはずなのだが、やけに全身が痛かった。そしてその理由はすぐに判明する。
「なんだ・・・これ?」
下に広がるせんべいのように固くて薄い布団が痛みの原因だった。買った記憶も、見た記憶も無い布団の上で寝ていたという事実に対して、それが信じられずに何度も手で柔らかさを確認する。
そして布団だけではなく部屋も自室とは全く違う、記憶に無い部屋だった。
和室、いつの日かテレビかドラマ、はたまた教科書で見たことのあるような部屋が目の前には広がっていた。部屋に広がる独特の匂いの正体は、布団の下に敷き詰められた畳のい草の匂いだろう。布団の頭側には掛け軸と生花、左手には大きな障子で作られた扉がある。
これは夢だ。再び眠りに付けば、はたまた朝八時に設定したアラームが鳴り響けばこの世界から連れ戻してくれるだろうと、そう考えていた。
しかし起き上がりこの和室を五感で体感することで、夢では無いことを徐々に悟っていく。しかしそれを認められずに何度も腕をつねったせいで左腕は赤くなってしまった。
何気なく、障子を開けてみた。すると目の前には広大な日本庭園が広がっていた。
せっかくならこの夢を楽しもうと、扉の外に一歩踏み出した時、どこからかバタバタという足音と共に声が聞こえてきた。
「御坊ちゃま、お目覚めですか」
初めはこの御坊ちゃまが自分の事だと思わず、無視しようとしていたのだが近づいてくる女性の目線がこちらを向いていることから自分に対しての呼びかけだとすぐに察しが付いた。
この女性は誰なのか、ここはどこなのか、聞きたいことは山ほどある。しかしそんなことを聞く余裕もなく「こちらへ」と部屋の外に案内された。
木造の巨大な屋敷を素早く歩く女性の後を必死に追いかける。とても質問できるような雰囲気ではない。そして一分近く歩いたところで「どうぞ」と大きな部屋に通される。
恐る恐る部屋に入った一真だったが、匂いですぐにこれから何が行われるかを理解した。
「今日は早いな、座れ」
一番奥に鎮座する男性にそう促さると、空いている席に不慣れな正座で座布団の上に座る。
食事は四つ用意されていた。そのうちの二つは先ほど座れと声を掛けてきた男性、そしてその隣に座る女性の元に用意されている。
そして一真の座った席の正面に、もう一つ食事が用意されている。おそらく後一人来るはずだ。
大きな部屋の中心に座る三人を取り囲むように、大勢の人がこちらを見ている。この異様な光景に飲まれそうになるが、むしろここまで来るとこの状況を楽しもうとさえしていた。
そして五分ほど経ってからだろうか、一人の少女が慌ただしく部屋に入ってくる。年は同い年ぐらいだろうか、余程慌てていたのか焦った表情をしている。
そして同じように席を案内され、一真の目の前に着席した。
「揃ったな」
男性の掛け声と共に手を合わせて食事が始まる。この朝食のメニューはご飯に味噌汁、焼き魚に香の物とかなり質素な物だった。
「二日連続でタダ飯か」
そんな考えがふと頭をよぎり、それが何故だか面白くて笑いそうになるのを堪える。すると
「今日は大事な日だからな、お前らも気を引き締めろよ」
大柄な男性がそう話した。どうやら俺たちに向けて言っているようで、まるでなんのことだかすっかり分からないが適当に「はい」と返事をした。
まるで大河ドラマの世界に迷い込んだかのように錯覚するこの大きな部屋のせいで一真はドラマの主人公のような気分だった。
食事を終えると、付き人がそれをどこかに運んでいく。そして息つく間もなく別室へと案内された。




