物語はまだ始まってすらいない
「二人とも適当に談笑して」
カメラマンからの指示に一真は一瞬何も考えずに応じようと思ったが、よく考えれば先ほどの喫茶店で少し話すだけでもあれだけ苦労したのにこの場で指示されたからと言って適当に話題を見つけて談笑するほどの仲ではないしなんなら謝罪の返事も聞いていないため話しかけにくい。
どうしよう、そう悩む一真であったがそれを見兼ねてか話題を切り出したのは姫乃だった。
「き、今日はいい天気だね」
・・・?姫乃の発言が一瞬理解出来ずに困惑した。もしかして、会話が無い時の気まずい会話のテンプレートとしてよく挙げられる天気の話題を姫乃が振ってきた、のか?
一真の中の姫乃のイメージは、完璧な人だと思っていた。完璧で隙がなくて、ある種お高く止まっているといつの間にかそう勘違いしていたっぽい。
彼女のイメージと発言のギャップから思わずブッと吹き出して笑ってしまった。
「な、何よ!」
姫乃は一真のその反応に対してそう怒った。さっき、喫茶店で彼は勇気を出して謝罪してきてくれたのだろう。そしてそれに対する返事がまだ出来ていなかった。そんな彼を気遣って、私から無難な話題を出したのにこの男はブッと吹き出しやがったのだ。
何がそんなに面白いのか、彼は私の反応を見て更に抑えていた笑い声を上げる。
そしてしばらくして落ち着くと、今度は笑った時に零れ出た涙を左手で拭ってこう話した。
「浦木さんって、どこか遠い存在だと勝手に勘違いしてたみたい」
どこか遠い存在、それは私が高校一年生から積み上げてきた信頼によるものだろう。私は高校生活において学業においても、生活態度においても、抜かりのないように頑張ってきた。
私が完璧に作り出した偶像「浦木姫乃」は次第に神格化され、気がつけば学校に私の素を出せる場所なんてほとんど無かった。唯一、友人の湯沢結菜と下校したり遊んだりしている時だけが本当の私で居る事が出来た。
私はどちらかというと本当は堕落した人間なのかもしれない。学校で取り繕って過ごしているのも、山下高校に二枠だけ存在すると言われている慶應大学への推薦が目当てだった。その推薦枠は話によると生徒会長と、成績優秀者が優先して選ばれるとそうどこかで聞いた。
推薦は三年の十一月には合否が発表される。すなわち卒業の四月まで約五ヶ月程度時間を確保出来るわけだ。
それだけを目標にしてきた結果、学校内に本当の浦木姫乃の居場所は無くなっていた。
彼、赤碕一真も浦木姫乃の噂を聞いていたのだろう。だから私のことを「遠い存在」だと勘違いしていたようだ。
でも、今日一日過ごしてどうやら私の素の部分に気がつき、そしてそれがどうもおかしくて笑っているらしい。
「何よ、なんなのよ」
口ではそう反抗するが、ちょっぴり嬉しかった。だって私の居場所に生徒会室が追加されたのだから。
そんな二人の様子をこっそり影から見守る怪しい存在が居た
「ね?私の言った通りでしょ?姫乃はご飯を食べると機嫌が良くなる」
「オペレーションS、今回の撮影プランを食事メインにして成功だったな」
こっそり見守っていたのは結菜、そして陽斗だった。
「姫乃って、お腹空いてたら基本的に機嫌悪いからね。やっぱり私の言った通りお腹を満たした姫乃はご機嫌でしょ」
結菜は自分の友達が新たな居場所を見つけたことが嬉しくてつい意気揚々と語ってしまう。
「姫乃ちゃん、裏では一真のことあれだけ文句言ってたのに、こうやって少し関わるだけで仲良くなるのはなんとも想定外だ」
この二人が裏で手を組んだのは、初生徒会が発足した日のことだった。初めは陽斗から結菜に話しかけた。
「ウチの一真とそっちの姫乃ちゃん、バチバチだけどこっそりくっつけてみない?」
そう言いながら一真は職員室の山下先生の机の上にあった「雑誌取材のお知らせ」という紙を結菜に見せた。
結菜はそれを一読してから面白そうという理由で手を組むことに同意した。
初め、雑誌取材のタイトルは「高校生が鳥取の魅力を紹介」というありふれすぎた内容だった。そして先生との打ち合わせが明後日の午後四時半から行われると記載してあったので、陽斗はその時間に偶然を装って山下先生の元を訪れていた。
すると丁度ピッタリに雑誌の担当者が山下先生の場所を訪れ、ちょうどいい機会だと陽斗も雑誌の打ち合わせに参加することになった。
本来であれば事務的に学校として取材は大丈夫かなどの連絡事項を確認する予定だったが、その場で「高校生休日デートプラン」という記事を陽斗から提案した。
そして面白そうだという事でこの案が採択された。肝心の被写体二人は不在だったがどうせOKするだろうという理由で、二人にはほぼ何も告げられないままこの企画は進行することになったのだ。
陽斗も、結菜もかなりのイタズラ好きで今回のサプライズに満足している。
「元々は仲が悪かった二人だけど、これでなんとか生徒会も上手くやっていけそうだね」
結菜は目をウルウルさせながら木の下で言い合う男女を見つめている。言い合うといっても決して喧嘩しているわけではなくてただのじゃれ合いのようなものだということは遠目からでも理解できる。
「OKです!撮影終了です!」
二人が自然な会話をしているといつの間にかカメラマンからOKが出され、この日の撮影は終了となった。
一真と姫乃は長時間持っていたせいでカップが汗をかいて水滴がカップを垂れ始めたアールグレイティを一気に飲み干す。撮影中、ずっと飲みたかったのだが許可が降りずに口を付けれず二十分ほど持ちっぱなしだった。
ぷはぁとまるで飲料のCMのように飲み干してから声を漏らす。
お互いのカップが空になったのを確認して、一真は現在カップを持っている左手とは反対の右手を姫乃に差し出して
「ん」
と代わりに捨ててくるからカップを寄越せとジェスチャーを送る。
すると姫乃は立ち上がり
「一緒に行くわよ、会長」
そう言って一真と共に立ち上がって雑誌関係の大人たちが集結している広場から離れた場所にあるカフェに向かうのだった。
道中、姫乃はもじもじしながら一真に返し忘れていた言葉を伝える。
「その、私も色々悪かった」
喫茶店で一真から受け取った謝罪、その返事がまだだった。忘れる前にと姫乃は一真にそう伝える。
そしてその言葉を受け取った一真は、どこかスッキリした表情で左手の拳を姫乃に突き出す。
「じゃあ、これからもよろしくな!」
夕日に照らされているからだろうか、まるで少年漫画の主人公のような笑みを浮かべて拳を突き出す彼は姫乃に取って輝いて見えた。
「おう」
そして普段の口調とは違う、男っぽい口調で姫乃は拳を合わせた。
撮影が終わって制服に着替えて学校に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
生徒会メンバーはすっかり仲良くなり、ようやくLINEグループが作成されるほどにまで関係が改善していた。
「ねぇ見て!オーロラ!」
生徒会室の窓から差し込むネオンのような光に、結菜が大きな声を上げる。携帯を触っていた一真は、結菜の言葉に反応して窓の外を覗き込む。
「うわぁ、すげぇ!」
そこには真っ暗な夜空に輝くラベンダー色の光が帯のように輝いていた。
そしてそのオーロラは鳥取中で観測され、翌日大きな話題となるのだった。
三人が窓の外に釘付けになり写真を撮ったり瞳に焼き付けている中、その状況を俯瞰している男が居た。
「元々仲の悪かった生徒会長と副会長、しかし誤解が解消してすっかり元通りになりましたとさ。めでたしめでたし」
そう言いながら自身のスマホを構え、無邪気にはしゃぐ三人の姿をカメラに収める。
誰も気が付かない、小さなシャッター音が鳴り響く。三人の背後に輝くオーロラはどこか怪しげな光にも見えた。
「しかしながら物語はまだ始まってすら居なかったのです」
そう言いながら一真とオーロラを背景にしてもう一枚、その瞬間を永遠に刻むのだった。




