最悪な出会い
人は第一印象が重要だとよく言われている。パッと見てあの人はカッコイイ、あの子は可愛いなど会って3~5秒程度で視覚から得られる情報はその人の印象の半分以上を占めると言われている。
その理論で言えば彼女の第一印象は「最高」だったのかもしれない。浦木姫乃、彼女は才色兼備で学校でもそこそこ有名人だった。
それこそ男同士で「気になる人は誰か?」と言う会話になった時に毎回誰かが名前を挙げるのでクラスは違えど何となく顔と名前は一致していた。
しかし、いくら第一印象が良くても内面を知ってしまいその印象が覆ることはよくある話だ。外見は整っていても性格が悪い、大人しそうな顔なのに人の悪口をよく話す、勝手に外見で人の偏見を決めつけておいて中身とのギャップで勝手に幻滅する。なんとも身勝手な話だが誰しも一度は経験があるだろう。
そんな彼女と初めて出会ったのは高校二年生で出馬した生徒会長選挙だ。ここ山下高校は県内有数の進学校であり、主体的に活動する生徒が多いため例年生徒会長選挙は候補者が十名弱ほど乱立する。
もちろん全員が学校を変えたいだとかそういう崇高な考えを持って出馬しているわけではない。生徒会長を経験することで大学入試に有利になるから、なんとなく友達に言われたから出馬したなどその理由は様々である。
「生徒会長選挙の公約、蛇口からジュース出るようにするでいいじゃん。したら一票入れてやるよ」
「じゃあ俺はコーラ飲みてぇからコーラ蛇口もお願い」
「部活で炭酸禁止だからオレンジジュースも頼んだぞ〜」
生徒会長に立候補し、正式に候補者が発表された日の昼休み、生徒会長候補こと赤碕一真は友人改め有権者から公約案を募っていた。しかし出てくるのはどれもアホが思いつくようなものばかり。
有権者の貴重なご意見を丁寧に交わしつつ、母親が作ってくれたお弁当を口に運び、水筒のお茶で流し込む。
「ついでに冷水機の数もっと増やしてくれよ〜」
「あ〜分かるわ。部室棟の方の冷水機いっつも誰かが使ってて混雑するんだよな〜」
このままでは選挙公約が「蛇口からジュースを」と「冷水機の増設」になってしまう。これではただの水回り業者だ。
「まあ、一真なら当選できるって」
「応援してるからな〜」
有権者改め友達は公約案出しに飽きたのか、適当にそう話題を締めた。
一真が生徒会長に立候補した理由、それは決して学校を変えたいだとか、水回りを見直したいだとかそう言う目的があって立候補した訳では無い。
一真が立候補した理由、それは
「じゃんけんに負けたからである」
一週間前、朝のSHRで担任の先生が一枚の紙をホワイトボードに磁石で貼り付けた。
後ろの方に鎮座する一真の席からは、その貼られたA4の紙は小さくて何も文字が読めなかったが、担任の先生はそもそも生徒からは紙が小さくて見えないだろうと気遣ってか、口頭で内容を説明してくれた。
「生徒会長選挙の立候補の案内だ。もしかしたらこの中からも立候補したい奴がいるかもしれないが、締め切りは今週金曜日までだから忘れず俺に言ってこいよ〜」
この時の一真は自分が立候補するとは思いもせず、その話を聞き流していた。
SHR後、一限開始までの十分休憩で適当に友達と雑談していると話題は生徒会長選挙になった。
と言うのも数人の友達と雑談していると担任の先生が教室正面に貼ってあった生徒会長選挙について書かれた紙を教室後方の掲示板に移し替えていた。
自分たちのすぐ後ろに今朝のSHRの主役が移動してくれば、話題は必然と生徒会長選挙になる。
「じゃん負け、立候補しようぜ」
話題を切り出したのは山崎陽斗、その場のノリで冗談で話題を振り出した。
するとその悪ノリに全員が賛同。もちろん全員その時点では本気では無かったのだが、五人同時に行ったじゃんけんで一真以外全員が「パー」を、そして一真だけが「グー」を選択した。
五人同時にじゃんけんをしてあいこにならず一撃で勝敗が決まる確率は約6%、まさに神に導かれたかのようなミラクルな展開に一真以外の四人が沸き立った。
「グー」で敗北した一真は自分以外が「パー」を選択したありえない光景をフラッシュバックさせつつ、なぜあの時「チョキ」を出さなかったのかと己の拳を顔を顰めて悔しがりながら見つめる。
そしてそれを揶揄うように口々に「立候補決定」「よ、会長候補!」など周囲が煽てあげると、それを耳にしたクラスメイトも加戦する。
そしてそれは教壇でプリントの整理をしていた担任の先生の耳にも届き、こういう時だけノリが良くなる先生は嬉しそうに
「一真、お前立候補するのか!」
と今朝生徒から回収して枚数を数えている途中のプリントの集計をほったらかしてこちらに近づいてきた。
この空気に一真も飲まれてしまい、気がつけば
「おう!やってやんよ!先生、立候補します!」
と元気に出馬宣言をしたのであった。
ーそしてそれから一週間後
正式に出馬が受理された一真だったが、熱も冷めてぶっちゃけ面倒臭くなっていた。
そもそも当選したとしても生徒会に勤しむ時間は無い。しかし出馬してしまった以上「やっぱり辞めます」はもう無理だ。
朝張り出された候補者一覧名簿を眺めながら、なんとか二位か三位ぐらいで穏便に落選出来ないものかとそこそこ無難ながら無難すぎて選ばれなさそうな公約を考えいた。
候補者は八名、山下高校では生徒会長選挙の結果は得票数とともに廊下に掲示され、多くの生徒の注目の的となる。
そしてこの得票数は「誰が生徒会長になって欲しいか」即ち「誰が一番人気か」を決める校内人気投票のような側面を持っている。
一真は一応プライドを持っているので、当選したくはないが最下位になりたくないとも思っていた。
そして友人と相談しながら決めた公約、それは
「山高をもっと元気に」
「ん〜公約とは呼べないけど良いんじゃない?」
自信満々に公約を書いた紙を掲げる一真に対して、言い出しっぺの責任を取って応援演説を務めることになった陽斗は気怠けな顔をしながら、何度か消しゴムで筆跡を消した形跡が残っている目の前に掲げられた紙を見つめていた。
抽象的で無難、公約とは呼べないため真面目層の票は得られない。
それが何よりの評価ポイントだった。
投票日を翌日に控え、放課後の空き教室で明日の作戦会議をしていた二人。いざ本番が明日となると全校生徒の前で恥をかく訳には行かないのでそこそこ真剣に公約や演説の台本を考えていたのだ。
「まあ、どうせ浦木さんが生徒会長になるだろうし適当に「私が生徒会長に当選したら、蛇口からジュースが出るようにします!」とでも言っとけば?」
陽斗はそう言いながら、一真が紙に書いていた演説台本の公約の部分を「蛇口からジュース」に勝手に訂正した。
ちなみに友達の中で一真の公約は勝手に「蛇口からジュースが出るようにする」にされ弄られていた。陽斗がやけに気に入ったらしく、立候補してから会話の節々でそれを弄ってくるのだ。
こうして冗談を言い合いながら戯れつつ、演説台本は完成した。
ーそして迎えた本番、全校生徒六百人が体育館に集められ、目の前の壇上で候補者と応援演説者が演説することになっている。
舞台袖からこっそり覗いてみると、流石六百人と言うだけあってその圧は桁違い。こんな中で毎回話している校長先生にリスペクトを覚えるほどだ。
そして一真の順番は一番目、厳密には応援演説の陽斗が先陣を切るので二番目である。なんとなく言い出しっぺをこの六百人の重圧に一番最初に放り出せるのはスカッとする。
二人とも、演説内容は前日書いた台本頼り。全く暗記していないため紙に書いてある内容を一言一句読むつもりだ。
そんなこの会場において命に等しい紙を、今日一日何度もその存在を確認した紙切れを持って陽斗は演台に登って行った。
「生徒会長候補、赤碕一真さんの応援演説を務める二年三組の山崎陽斗です」
応援演説のテンプレートに沿った無難な内容の演説が、体育館全体に響き渡る。
「一真さんはクラスでも人気者で、率先してみんなをまとめる頼れるリーダーであり・・・」
全校生徒の前で自分が褒められるのは、案外気が良いものだ。つい五分前まで緊張で、台本の紙を手汗で湿らせていたのだが、その緊張はまさしく応援演説で応援されて吹っ飛んでしまった。
「そんな一真さんなら、公約の「蛇口からジュースが出るようにする」の達成に向けて尽力します」
そうそう、俺はクラスの人気者で責任感があって公約の掲げた「蛇口からジュースが出るようにする」の達成に向けて尽力・・・?
一瞬聞き間違えかと思った。しかし壁の向こうから生徒が騒めく声、そして同じ舞台袖に居た先生や他の候補者の生徒の反応で聞き間違えではない事はすぐに分かった。
そして陽斗はテンパったのか、そのまま強引に応援演説を切り上げて駆け足で舞台袖 に戻ってきた。
そこからの記憶はあまり無い。演台で訂正しようと思ってたが、気が動転しており気がついたら「蛇口からジュースが出るように尽力します」と言ってしまっていた。
台本をそのまま読んでいたのだが、昨日ふざけて本来の公約の部分を書き換えたままにしており、そのまま読み上げてしまったのだ。
そして選挙結果はというと・・・
本命の浦木姫乃に五十四票差で勝利してしまったのだ。
ー私は今回の生徒会長選挙に賭けていた。
狙いは生徒会長のみが獲得できると言われている生徒会長推薦。コレがあれば国公立大学に比較的早い段階で合格を掴み取る事が出来る。
勉強が苦手な訳ではない。ただ、早めに合格して空いた時間でやりたいことがあった。
そのために高校一年生の頃からコツコツを積み上げてきた信頼、そして勉学にも手を抜かずに気が付けば同学年からは才色兼備と評されるほどになっていた。
そんな私の二年間の集大成になるはずだった生徒会長選挙はまさかのあの男のふざけた発言のせいで全部台無しになってしまった・・・
生徒会長選挙の結果が張り出された紙を見つめて、次点という文字の隣に書かれた私の名前を見つめると自然と涙が滲んでくる。
その後、生徒会副会長に欠員が出たため得票数二位だった私が生徒会副会長になった、いや先生に半強引に任命されたのだ。
そして迎えた初めての生徒会、私の目の前に居るのは「蛇口からジュースを出す」ことを今後一年間で達成しなければならないクソ男。
まさしくコイツとの出会いは最悪だった。




