第8話 ポンコツ幼馴染は「あーん」したい
深怜那は瑞穂高校の生徒会長だ。
会長としての活動のために、生徒会室の鍵を持っている。
教師からの信頼が厚いからこその、特別待遇だ。
深怜那からの恋愛相談は、大体この生徒会室か俺の部屋で行われる。
「一応、私用じゃなくて仕事でこの部屋を使うための鍵だよね?」
平然と鍵を開ける深怜那に、俺は尋ねる。
「確かに職権乱用な気もしますが……」
深怜那は扉を開けながら、少し考えてから。
「私もみんなと同じ高校生ですから。ちょっとくらい悪さをしたくもなります」
深怜那は俺を見て、にこりと笑った。
「完璧お嬢様らしからぬ振る舞いだ」
「他でもない、朝陽の前ですからね」
つまり積極的ポンコツ行為ってことか。
なんてことを頭に浮かべつつ、俺は生徒会室に入った。
室内には机がコの字に並べられて会議場のように配置されている。
学生が使用している部屋なんてどこも雑多なイメージだが、ここは整然としている。
会長である深怜那の几帳面な性格によるものだろう。
「さあ。どこでもご自由にどうぞ」
深怜那に声をかけられたので、俺は端っこの手近な席に座る。
その様子を見届けてから、深怜那は隣の席に座った。
「深怜那の席はあっちじゃないの?」
コの字の中央には、「生徒会長」と書かれた札が置かれている。
本来、あそこが深怜那の定位置のはずだ。
「相談をするなら、近い方が話しやすいでしょう?」
どうやら今日も恋愛相談があるらしい。
「そうか。まあ、そうだね?」
とはいえ、別に会長席とここでも遠くはない。
普段はここで、他の生徒会役員と会議をしているはずだ。
どこに座っていても、会話に支障はない。
「相談の前に、まずはお弁当を食べましょう。昼休みも長くないですからね」
そうして、深怜那は弁当を取り出した。
「深怜那のは、相変わらず豪華だな」
「家の人が作ってくれているのですが……いつも少し多いんです」
水上家には専属で雇っている料理人がいる。
なので弁当もプロの料理だ。
にしても。
二段のお重って。
普段は普通の弁当箱を持参している覚えがあるんだが。
「今日はいつも以上に多くない?」
「諸事情により、特別なんです」
「へえ。何か良いことでもあった?」
「まあ、否定はしません」
深怜那の話を聞きつつ、俺も弁当箱を開けた。
「朝陽は今日も自分で作ったのですか?」
「まあね」
母が忙しい日は、俺が自分と妹の分を作っている。
「朝陽は本当に、なんでもできますね」
「なんでもって程じゃないけど、家事全般は一通りね」
「朝陽はきっと、無自覚系ハイスペ男子というやつですね……」
深怜那は何やら気の抜けたような顔で、しみじみと呟いた。
褒められているのは素直に嬉しい。
が、やはりというかいつも通りというか、完璧お嬢様らしくはない。
「とにかくまずは、昼ご飯を食べようか」
「朝陽がまた私をポンコツ扱いしている気がします」
「そこに気づいただけでも成長だね。いただきます」
「何か引っかかる言い方ですが……私もお腹が空いたのでまあいいでしょう」
深怜那はまだ何か言いたげだったが、俺が弁当を食べ始めると、それに釣られた。
「いただきます」
深怜那はお行儀良く手を合わせてから、箸を手に取った。
そうして、弁当を食べていると。
「そのおかずって、全部手作りなんですか?」
深怜那が俺の弁当に興味を持った。
「そんなことはないよ。大体は冷凍食品だ」
「でも、この卵焼きは手作りでしょう?」
「まあ、そうだね」
「やっぱり朝陽はすごいです……!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、水上家の料理人には勝てないんじゃないか?」
「でも、朝陽はプロでもないのに料理上手でしょう? そういうところが素敵です」
「そうか?」
深怜那はやたら褒めちぎりつつ、俺の卵焼きに熱視線を送っている。
「もしかして、食べたいの?」
「え、あ。いえ。そんな、人のお昼ご飯を無償でいただこうなんてことは考えていませんよ?」
何か言っているが、要するに食べたいらしい。
「じゃあ、交換しようか」
水上家の料理人は、元一流シェフだと聞く。
そんな人の作った弁当を食べられるなんて良い機会だ。
「朝陽は私の気持ちを読むのが上手ですね……」
「あれだけ卵焼きをじっと見られたらね」
「なんだか、恥ずかしくなってきました」
「でも、食べるだろ?」
「はい」
深怜那は迷わずうなずく。
なので弁当箱を差し出そうとしたら、深怜那はぽかんと口を開けた。
おや?
「まさか、食べさせろってこと?」
「あ……だめですか?」
深怜那は口を開けたまま、肩を落とす。
「確かに小さい頃は、お互いに食べさせ合ったりしたこともあったけど、何でまた急に」
恋愛相談するようになってから度々この生徒会室で食事をする機会はあったが、深怜那にこんな要求をしてくる素振りはなかった。
「偽装とはいえ恋人になったわけですし? それらしいことをした方がいいでしょう」
いわゆる「あーん」ってシチュエーションか。
小さい頃はさておき、高校生になった今やれば、恋人らしく見えるかもしれない。
「だとしても、人目に付くところでアピールするために、最低限やればいいのでは?」
「いざという時、自然にできないと疑われるかもしれません」
「いざという時っていつだ?」
「と、とにかく。今更引っ込みがつかないので、お願いします」
深怜那は口を俺の方に向けたまま、頑なだった。
「分かった。別に嫌ってわけでもないからな」
昔はやっていたことだ。
でも、なぜか今やろうとすると、緊張する。
そう思いつつ、俺は卵焼きを深怜那に食べさせた。
ぱくり、と深怜那は一口で頬張る。
深怜那は満足そうに、卵焼きを食べた。
「おいしいです……!」
深怜那は実に満足そうだ。
反応が小さい頃と変わらない。
餌付けでもしている気分だ。
「多分、プロの人ほどじゃないと思うけどね」
「だとしても、私は好きです」
純真な眼差しで言われたら、受け入れるしかない。
「……ありがとう」
「ぜひお礼をさせてください」
「お礼?」
「そうだ。私も朝陽に食べさせてあげます」
深怜那はそう言って、自分の弁当箱から唐揚げを箸で掴み、俺に差し出してきた。
その構えに、一切の迷いはない。
これは食べるまで引き下がらないやつだな。
俺は大人しく、唐揚げをいただいた。
「……昔は何気なく食べさせてもらっていたけど、今やると少し恥ずかしいなこれ」
「今日は多めに作ってもらったので、もっと食べても構いませんよ」
俺のコメントにもお構いなしに、深怜那は次々と弁当のおかずを差し出してくる。
ので、俺は食べる。
「ふふ」
深怜那は実に楽しそうだ。
が、しかし。
「この調子でやっていたら、相談する前に昼休みが終わりそうだけど?」
「そうでした……!」
相変わらず、深怜那は目的を忘れがちだ。




