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第7話 完璧お嬢様は厄介者を鮮やかに退ける

 昼休み。

 俺がいつもの友人たちと、弁当を食べようとしていたところ。


「失礼します」


 深怜那(みれな)が俺たちのクラスを訪ねてきた。


「あ。生徒会長だ。こんにちはー」

「出たな完璧お嬢様……もしかして、またあいつに会いに来たのか」

「最近はあまり見なかったよね?」


 クラスメイトたちが、深怜那を見てざわついている。

 誰かが言った通り、深怜那がこの教室を訪れたのは久しぶりのことだ。

 多い時は二日に一度やってきて俺を恋愛相談に連れ出していたのに、二週間ほど顔を見せなかった。

 その間、深怜那が何をしていたのかは知らない。

 恋が成就したのかと思ったら、どうやら違うようだし。

 俺が遠巻きに深怜那を眺めていた、その時。


「あんなクラスの端っこにいるような地味オタクにも構ってやるとか、完璧お嬢様ってのはずいぶんお人好しなんだな」


 クラスメイトの一人が、聞こえよがしに言った。

 お調子者の野球部、浅見(あさみ)だ。

 「あんなオタク」って多分俺のことだよな。

 普段ほとんど絡みがないのに、やけに辛辣なのはなんでだ。

 

「あいつ、一年生の時に完璧お嬢様に告白してあっさり振られたらしいよ」


 一緒に昼食をとろうとしていた胡桃(くるみ)が、俺の疑問に答えをくれた。


「……そうなのか?」

「そ。振られて以来、あの人のやることに対して批判的な態度を取るようになった? って感じ」

「反転アンチみたいな奴だ、ダサいな」


 話を聞いていた孝典(たかのり)が、鼻で笑う。


「俺に辛辣ってわけじゃなくて、深怜那にケチをつけたいってことか……」


 浅見も深怜那に告白して玉砕した男子の一人だったとは、知らなかった。

 深怜那は校内で人気者だ。

 人望が厚いというだけでなく、男子からモテる。

 だからこそ、ではあるのだが。

 時々ああいう、捻くれた輩が現れる。


「ガツンと言ってやろーか?」


 胡桃がそう言って席を立つが。

 その前に、いつの間にか教室に足を踏み入れていた深怜那が、浅見の前に向かった。


「貴方が誰か知りませんが、私は朝陽を構ってあげているのではありませんよ」

「は? 何言って……というか俺は去年——」

「私が朝陽に構ってもらっている立場なので、くれぐれも勘違いしないようお願いします」


 深怜那はクールな面持ちで宣言し、浅見に背を向けた。

 一切の会話すら許さない、隙のなさだ。

 それはそれとして、深怜那が俺に構ってもらっている立場って。


「完璧お嬢様にあんなことを言わしめるって……相羽って何者なんだ?」

「毎回あいつ目当てでこのクラスに来るよね」

「わたし、相羽くんは水上さんの幼馴染だって聞いたことあるかも」

「にしても、本当にそれだけの関係か……?」


 案の定、俺がクラスメイトたちの話題の中心になっていた。

 この学校での深怜那の地位が、生徒会長にして完璧お嬢様であることを考えると、先ほどの発言はそれなりの影響力があるらしい。

 なんだか、俺の立ち位置がおかしなことになっているような気がするな……?

 一方、浅見は途方に暮れていた。


「お、俺は……俺は……」

「お前、顔も名前も把握されてなかったな?」

「全く相手にされてないだろあれ……いい加減、諦めろって」


 浅見は周りの友人たちに、からかわれていた。


「他校の女子と合コンでもするか?」

「……頼む」


 どうやら深怜那の容赦ない対応で、諦めがついたらしい。


「スマートな仕返しだなあ。さすが完璧お嬢様」


 孝典は深怜那のあしらい方を見て、痛快そうにしていた。


「やっぱり、朝陽って会長からかなり大事にされてない?」


 胡桃はどうしても、俺と深怜那の関係を勘ぐりたい様子だ。


「大事にされてるって、なんかそれだと生徒会長が朝陽の保護者みたいな言い方だな」

「でもそれ、実際ありそー。朝陽もしっかりしている方だけど、あの人が相手だとお世話されてそうだよね」


 二人のやり取りを聞いて、俺は思う。


「……なかなか面白い解釈だな」


 実際は、どちらかと言えば逆だ。

 俺が深怜那のお世話をしていると言ってもいい。

 しかし学校での深怜那は、みんなの思い描く完璧お嬢様として振る舞うことができている。

 俺からすれば、二人きりの時との差がすごくて戸惑ったりもする。


(けど正直、この場は深怜那の言葉に救われたかもな……)


 胡桃と孝典も、代わりに怒ってくれたし。

 おかげで俺が憤る機会を失ってしまった。


「一緒にご飯を食べようと誘おうと思っていたのですが……間が悪かったでしょうか?」


 今話題の人物、深怜那が俺たちのところにやってきた。

 俺たちはちょうど、弁当を取り出していたところだ。


「ウチらのことは全然気にしなくていいから。ねえ孝典?」

「あ、ああ。そうだな。どこへでもご自由にどうぞ」


 友人たちはあっさりと俺の身柄を深怜那に引き渡した。


「ありがとうございます」


 深怜那は優雅なお嬢様スマイルで答えると、俺を見た。


「では朝陽、行きましょうか」

「じゃあ、また後で」


 俺は友人たちにそう告げると、弁当を持って席を立った。

 その時。


「……やっぱり朝陽が会長の本命に見えるんだよなー」


 胡桃がぼそりと呟いた。


「貴女は確か、天南胡桃さんでしたよね」

「え? そうだけど、ウチが何か?」

「私たち、良いお友達になれそうです」


 深怜那は何やら嬉しそうな声色で答えた。


(なんだ……?)


 さっきの呟きが無関係でないことくらいは、分かる。

 だとしても、それで喜ぶのは不思議だ。

 深怜那には、他に好きな人がいるはずなのに。


「あはは。そう?」

「よく朝陽と一緒にいる姿を見かけますが、仲が良いんですか?」

「まー、趣味仲間でつるんでるみたいな感じだけど。仲の良さで言うと、水上さんはやっぱり別格な感じがするなあ」

「そう見えますか? だとしたら嬉しいです」


 胡桃と楽しげに談笑を始めた深怜那に、俺は声をかけた。


「おーい。そろそろ行かないと、昼休みがなくなるよ」

「あ、そうですね。では改めて、失礼します」


 俺と深怜那は教室を出た。




「朝陽には、素敵なお友達がいるんですね」


 廊下を歩きながら、深怜那は胡桃について言及した。

 やけに好意的だな。


「まあ、良い奴だと思うよ」

「ぜひとも天南(あまな)さんの連絡先を知りたいです」

「そこまで気に入ったんだ? それなら、教えていいか胡桃に聞いてみるよ」

「はい。彼女はいい人です。ぜひとも会員に……」

「会員って、何の?」

「あ、えっとですね」


 俺の問いかけに、深怜那はあからさまに戸惑ってみせた。


「まさか生徒会か? 胡桃はそういう、真面目な仕事をするタイプじゃないと思うけど」

「生徒会ではありません」


 深怜那は生徒会長だ。

 人手が足りていないくらい忙しいのかと思ったけど、そういう話ではないらしい。


「じゃあ、何の勧誘をしようとしているんだ?」

「あ、朝陽には内緒です……」


 深怜那は言葉に詰まってしまった。

 言えないことなら、最初から匂わせなければいいのに。

 と思わなくもないが、それを本人に言うのは少し意地悪が過ぎる。


「深怜那は何かと大変だね」


 だから俺は、ねぎらいのような言葉をかけた。

 これは、深怜那のポンコツ事情だけを指してはいない。

 

「さっきみたいに、妙な男子に絡まれたりすることって、他にもあるの?」

「心配してくれてありがとうございます。ですが安心してください」

「大丈夫そうなら良かった」


 深怜那に振られて拗らせている男子は、きっとあいつ一人ではないだろう。

 が、先程の様子を見る限り、深怜那は対処に困っていないようだ。

 完璧お嬢様として上手く立ち回れている時の深怜那は、とても信頼できる。

 俺が心配するまでもなさそうだ。


「私のことよりも気になるのは、朝陽への言いようです!」


 俺が安堵していたら、深怜那が怒りの色を露わにした。

 確かに、さっきはなかなかの言われようだった。

 ——クラスの端っこにいるような地味オタク。


「とはいえ、クラスの端で過ごしているのも、オタク趣味なのも事実だからなあ」 

「それは別に問題ないので、私も気にしていません」

「まあ……悪いことはしていないか」


 ここまで、俺と深怜那の認識は一致していた。


「気になるのは、朝陽を地味扱いしていたことです!」


 が、深怜那の様子がおかしくなった。


「俺、別に目立つ方じゃない自覚はあるけど?」

「いえ。みんな朝陽の素晴らしさに気づいていないだけです」

「俺の素晴らしさねえ……」


 言われても、ピンと来ない。


「私には、地味どころか輝いて見えます……!」

「輝いて見えるって、大げさだな」

「いえ、私の目に狂いはありません」

「そうか……?」


 どうも、深怜那は本気らしい。

 廊下を歩いていると、ちょうど鏡があったので、覗いてみる。

 当然ではあるのだが、普段通りの俺が映っていた。

 俺の目には、輝いているようには見えない。

 まあ、でも。

 深怜那が俺を、他の人とは違った見方をしているなら。


(……まあ、素直に嬉しいかもな)


 少し考えてから。

 隣で一緒に鏡を覗き込み、無邪気な顔で不思議がる深怜那の存在に気づいて、俺はそう思った。

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