第5話 幼馴染は初めてのキスを経験済み
相談が終わって帰るのかと思いきや。
深怜那は依然として、俺の部屋にいる。
俺がトイレに行っている間に、読書を始めていた。
(学校での姿が見る影もないくらい、だらけきってるな……)
深怜那は足を伸ばし、リラックスした様子で座っている。
「何を読んでいるんだ?」
「そこの本棚にあった小説です。おそらく、ライトノベル……ですかね?」
深怜那の手にある文庫本の表紙に目を向ける。
ラブコメ系のライトノベルだ。
タイトルは『金髪幼馴染は僕にだけデレる』。
表紙にはその名の通り、金髪美少女ヒロインのイラストが描かれている。
「あ」
よりによって、それを読んでいるのか。
「朝陽って、昔は推理小説や児童向けのファンタジーばかり読んでいた気がしますが……こういうジャンルも読むのですね」
「中学からの友達にオススメされたんだ」
俺は中二の頃から現在に至るまで、ラノベオタクだ。
「この金髪の女の子、主人公の幼馴染なんですね。しかも、お金持ちの家に生まれたお嬢様ですか……この子の設定、どこか私に似ているような」
「確かに、若干似ている部分があるかもしれないね」
自分が物語の登場人物に似ていると重ね合わせること自体は、思春期の少年少女にはありがちだ。
一方でその辺の奴が言い出したら、痛いと笑われたりもする。
かくいう俺も、異能バトル系ラノベのクールなキャラに自分重ね合わせたりして、からかわれた経験のある一人だ。
だけど、同じことを深怜那ほどの美少女が言うと、説得力を感じてしまう。
「朝陽は、こういう女の子が好きなんですか?」
深怜那は作中のキャラについて興味津々だった。
「その作品は友達から紹介されて読んでいるだけで、特別好きってわけじゃ……」
「本当に?」
いや。
これは、キャラへの興味ではないかもしれない。
作中の金髪幼馴染キャラを俺がどう思っているかを、気にしている様子だ。
「……まあ、強いて言うなら金髪幼馴染キャラは大体好きだけど」
「ほうほう」
深怜那は二度、深くうなずいた。
「あー、この話はやめにしない?」
「では、この子が着ている服の話をしましょう。朝陽はこういう衣装が好きなんですか?」
深怜那はラノベを広げて俺に見せてきた。
件の金髪幼馴染ヒロインが、メイドのコスプレをした挿絵が描かれている。
「いやまあ。あくまで俺はライトノベルが好きってだけで」
「ふーむ?」
「二次元は二次元、三次元は三次元ってことだ」
「では、三次元の話をしましょう」
「そうだな、そうしよう」
なんとか厄介な話題を終わらせることができた。
これで一安心だ。
「朝陽は、私がどういう格好をしていたら好きですか?」
と思ったら、深怜那がまた妙なことを言い出した。
「そういう話は俺じゃなくて、好きな相手に聞いた方がいいんじゃない?」
「他でもない、朝陽にアドバイスを聞きたいんです」
深怜那は本を机に置いて、俺の隣に寄ってきた。
「もしかして、これも恋愛相談の一環?」
「はい! 実は、学校でペンダントを着けるか悩んでいまして」
深怜那はそっと、胸元に手を当てる。
「ペンダントか……アクセサリーには詳しくないけど、校則の範囲ならいいんじゃないか?」
「似合うかどうかを聞かせてください」
深怜那が真剣な顔で尋ねてきた。
とてつもない眼力だ。
答えを聞くまで逃がさない、という意志が伝わってくる。
こういう時の深怜那は、決まって頑固だ。
「深怜那なら似合うと思うよ」
「では着けてみますね!」
俺の答えを聞いた途端、深怜那は笑顔で結論を出した。
「俺の意見を鵜呑みにしてもいいの?」
「もちろんです。朝陽の意見が最重要ですからね」
「相談相手として尊重してもらえるのは嬉しいけど、やっぱり相手の好みに合わせるのが確実じゃない?」
「ふふ。そうかもしれませんね」
深怜那は同意しつつも、読書に戻ってしまった。
本当にこれで恋愛相談になっているのか……?
◇
しばらくして。
深怜那が小説を読み終えた頃。
「そろそろお迎えが来そうな予感がします」
深怜那は本を閉じて、顔を上げた。
「もうそんな時間か」
深怜那が相羽家にいると、水上家から迎えが来るのがお決まりだった。
お嬢様だから厳重に送迎されている……とかではない。
単に夕飯の時間になっても隣の家に入り浸っているから、家の人に連れ戻されているだけだ。
「ちなみに、この本の続きはありますか?」
「うん。三巻まであるよ」
「お借りしてもいいですか?」
「構わないけど……もしかして、意外とハマった?」
「そうですね。私もこのヒロインに興味を持ったかもしれません」
深怜那が俺の本を読みたがるのは、今に始まったことではない。
小さい頃から、俺の部屋に来て読書をするだけでなく、続きを持ち帰って読んだり、また訪ねてきて感想を共有していた。
「深怜那とは昔から読書の趣味が合う気がするよ」
「ええ。朝陽の好きな物ですから」
俺たちは幼馴染だから趣味が合う。
いや、逆か。
趣味が合うからこそ、長年ずっと一緒に過ごすことができているのかもしれない。
(……コーヒーの好みだけは、全然合わないけど)
深怜那は大人びているけど、子供っぽい。
俺がそんなことを思いながら、一人で小さく笑っていると。
「今のうちに、コップを片付けてしまいましょう」
深怜那はコーヒーカップをお盆に載せて、立ち上がろうとした。
「急に立ち上がるとまた——」
俺は深怜那を呼び止める。
が、手遅れだった。
「え? あ……」
深怜那はうまく立てずに、転んだ。
しかも、俺の方に向かって。
「おいおい」
俺は深怜那を受け止めながら、後ろに倒れた。
背中がカーペットにぶつかる。
深怜那にのしかかられるような体勢になった。
同時に、深怜那を抱きしめているような状態でもある。
「ずっと座っていたので、足がしびれてしまいました……」
「そんなことだろうと思ったよ」
深怜那がこういうドジをするのは、初めてではない。
かと言って毎回転ぶわけではないけど、今日はなんとなく、予感がした。
「うぅ……すみません」
「気にしないでいいよ、よくあることだし。まあ、昔よりは減ったけど」
「……私、昔より重くないですか?」
「全然。むしろ軽いよ」
昔より成長している分、必然的に体重も増えているはずだが、そういうことではない。
女の子に重いか聞かれたら、軽いと答えるのが礼儀だ。
「朝陽は優しすぎます……」
「もう少し、怒られる方が好きなの?」
「そ、そんなことはありませんが……!」
深怜那が勢いよく顔を上げた。
そのせいで、お互いの顔が間近に迫った。
「あ」
深怜那の顔が目の前に寄せられて、かつての似たような場面が俺の脳裏に蘇った。
俺と深怜那は、キスをしたことがある。
お互いに、はじめてだった。
あれは小学五年生の時のことだ。
深怜那は今と同じように、この部屋で立ち上がろうとして転んだ。
隣に座っていた昔の俺は、今より受け止めるのが下手だった。
なんとか腕で深怜那が転ぶ勢いを弱めたから痛くはなかったが、顔と顔が当たるのは避けられなかった。
結果として、事故的に二人の唇が触れ合ってしまった。
あの時はお互いに、恋なんて考えたこともなかった。
だからうっかりキスをしてしまって、一瞬の沈黙が流れても、笑ってその場を流せた。
だけど、今は違う。
俺たちはあの時よりも成長して、考えることが増えた。
もし、今。
同じことが起きたら、俺たちはどう感じるのだろう。
その時、俺は。
自分の胸が、高鳴るのを感じた。
そして、深怜那と視線が交錯する。
「キスの練習……してみますか? 偽装恋人に、なったわけですし」
深怜那の頬が赤い。
昔はあどけない顔をしていたのに、いつの間にか美しく成長を遂げていた。
高校で一番と言われるのも納得だ。
昔は小柄だった体つきも、今では二つの豊かな膨らみが、はっきりと感じられるようになった。
元モデルの母親譲りなのだろう。
(今更だけど。深怜那って、とんでもなく美少女だな)
幼馴染の俺でも、意識せざるを得ないほどに。
まあ、それはそれとして。
「練習でキスって……さすがにそれはだめだろ」
「あぅ……!」
俺は深怜那の額を指で押して、距離を取った。
幼馴染の暴走を止めるのも、俺の役割だ。
◇
程なくして、お迎えが来た。
俺たちは玄関で言葉を交わす。
「朝陽さん、いつも深怜那お嬢様がお世話になっております」
「高島さんもお疲れ様です」
水上家に住み込みで働く、使用人の高島さんだ。
おそらく三十前後の年上女性だが、初めて会った時からずっと見た目が変わらず若い。
それと、いつも表情が変わらない。
「朝陽兄さま、こんばんは」
高島さんの背後から、銀髪の女の子が顔を見せた。
深怜那の妹の、美晴琉。
瑞穂高校の中等部に通う二年生だ。
俺の妹と同級生の幼馴染であり、俺のことを兄のように慕ってくれている。
「こんばんは。美晴琉は部活の帰り?」
「はい。コンクールが近いので、たくさん練習してきました」
美晴琉は合唱部に所属している。
姉の深怜那よりはおっとりとした雰囲気の声だ。
「たくさん練習したなら、疲れたでしょう」
「はい、疲れましたー……」
「頑張った分、たくさんご飯を食べないといけませんね」
靴を履き終えた深怜那が、微笑ましげに妹を見る。
「ですから姉さま、早く帰りましょう?」
「ふふ。仕方ありませんね」
深怜那は妹の前だと、立派な姉さまらしく振る舞えている。
やはり深怜那が少しおかしなことになるのは、俺の前だけかもしれない。
そういう意味では、俺が恋愛相談に乗っても、他の人とは違うバイアスがかかった見方で助言をしている可能性がある。
「なあ、深怜那」
「どうしましたか? 朝陽」
「相談は、俺以外の誰かにしたら?」
「それは……なぜ?」
深怜那は不思議そうに首を傾げた。
「他の人の方が、頼りになるような気がしたから」
こんなことを言い出すのは、今更すぎるかもしれないけど。
「まさか……さっきの提案のせいで、嫌いになりましたか?」
さっきの提案って……ああ、キスの練習のことか。
「あれくらいで、嫌いになるわけないだろ」
俺の答えを聞いて、深怜那は露骨に安心した表情を見せた。
「良かったです。でも……嫌いじゃないとしたら、朝陽はおかしなことを言うんですね?」
「そうかな?」
俺はそもそも、誰かと付き合ったりした経験がない。
俺のように、他の人とは違う深怜那を知っている人物ではなく。
もっと、恋愛経験豊富な人物とかに聞いた方がいいのでは。
そんな意味合いも込めて、相談相手の変更を言い出してみたのだが。
「私には、朝陽より頼れる人なんていません」
深怜那はそう断言した。
「それは……いくらなんでも大げさじゃない?」
「大げさだとしても、事実ですから。引き続き、お願いしますね?」
「そういうことなら、任せてくれ」
幼馴染からこうも全幅の信頼を寄せられたら、断れないのが俺の性だ。
「姉さまと兄さまは、本当に仲良しですね。実に素晴らしいことです……!」
美晴琉は俺と深怜那のやり取りを見て、なぜか喜んでいた。
深怜那もまた、なぜか得意げに応じる。
「なんと言っても私たちは長年の付き合いですからね。今日も——」
何を言うつもりだったのかは知らないけど。
そこまで言いかけてやめたら、かえって気になるだろう。
「今日も? もしかして、何かあったのですか!?」
当然、美晴琉は食いついた。
「……仕方ありません。詳しくはこの後、例の会合でお話ししましょう」
「例の会合って……一体どんな集まりなんだ?」
俺は素朴な疑問を、深怜那に投げかけてみる。
「えっと、その。とある方に関する非公式ファンクラブの秘密会合と言いますか」
「秘密会合? 聞いておいてアレだけど、それ言って良かったの?」
「え?」
「姉さま、しー!」
美晴琉が慌てている様子を見るに、深怜那は何か口を滑らせたらしい。
よく分からないけど、聞いたら駄目そうだ。
俺はこれ以上、何も質問しないことにした。
ポンコツの本領を発揮させるのは忍びないからな。
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