第4話 偽装恋人の提案
くつろいでいた深怜那は、正座して朝陽に向き直った。
真面目な相談モードだ。
合わせて俺も身構えたその時。
「朝陽には、私の偽装恋人になってほしいんです」
「偽装恋人? また妙な話だな」
実に突拍子がない。
それでいて、どこか深怜那らしさも感じてしまう。
「その……朝陽と付き合っていると宣言してしまった以上、やっぱり嘘でしたとは言いにくいでしょう?」
「見栄っ張りだなあ」
「でも、一度言ったことを取り下げるなんて『水上深怜那』らしくありませんから」
深怜那がみんなの理想像に合わせようと無理をしているだけなら、説得のしようもある。
しかし、深怜那自身が完璧お嬢様であろうと積極的に頑張っている、というのが俺の見立てだ。
どこまで自覚しているかは、知らないけど。
俺としては他でもない幼馴染の頼みだ。
全て聞き届けてあげたいところだが、疑問がある。
「本命の方は大丈夫なの?」
深怜那には他に想い人がいるからこそ、恋愛相談をしているはずだ。
「その点は問題ありません」
「どうしてそう言い切れるんだ? 偽装とはいえ他の誰かと付き合っていると知ったら、深怜那の意中の相手が脈なしだと感じないか?」
そうなると、深怜那の今までの頑張りが台無しになる可能性がある。
「むしろ、順調と言いますか。思わぬ幸運が舞い込んできたと言いますか……とにかく、朝陽が心配する必要はありません」
深怜那は何やら嬉しそうな様子でにまにま、としていた。
本当に大丈夫か……?
また深怜那のポンコツが発動しているのではないかと、不安になる。
「ちなみに、深怜那が俺と付き合っていると聞かされたのは、例の友人二人だけだよな?」
「はい。そうですが、それが何か?」
「やっぱり真相を打ち明けてしまう手もあると思うんだけど、それはどう?」
話が広く知れ渡っているならともかく、二人しか知らないのであれば、火消しのしようがある。
「それはできません……! 志乃さんと佳詩さんは私のことを慕ってくれているのに、彼女たちの理想を崩してしまうなんて……」
「難儀なお嬢様だなあ」
「うう、すみません」
「別に、責めているわけじゃないよ……飴でも食べるか?」
肩を落とす深怜那をなだめるために、俺は飴を渡した。
「あまり子供扱いしないでください。私はみんなに慕われる生徒会長なんですからね」
などと言いながら、深怜那はしれっと飴を受け取り、包みを開けて舐め始めた。
「深怜那はレモン味の飴が好きだよね」
「はい。この仄かに甘くて酸っぱい感じが……って、すっかり乗せられてしまいました」
飴を口の中で転がしながら目を輝かせていた深怜那が、はっと目を見開いた。
深怜那は本当に表情がコロコロ変わるな。
俺としては、いつもすまし顔をしている学校での姿より、こちらの方が魅力的で親しみやすいと思う。
が、本人の目指している路線とは違うらしい。
「さて。いずれにせよ、これ以上話が広まらないようにする必要があるね」
「別に私は、このまま広まってしまっても……」
「無作為に広まったら、収集がつかなくなりそうだけど」
「確かに、蓮との噂は校内で広く知れ渡っていたようですし……それはそれで些か困りますね」
俺の言葉を聞いて、深怜那は難しい顔をした。
深怜那は完璧お嬢様であり、学校で一番の美少女だ。
校内の有名人であり、何かと注目される。
水上深怜那が誰と付き合っているか、なんて話はまさに格好の噂の餌食だ。
「深怜那の恋を成就させるためには、口止めは必須ってことさ」
「そうですね。私は騒がれるより、穏やかな恋をする方が好みです」
深怜那は楽しそうにうなずいた。
微妙に話がかみ合っていない気がするけど、納得したならまあいいか。
「よし、決まりだな。なるべく話を広めないように気をつけつつ、一旦は偽装恋人としてやっていくってことで」
「はい。今後とも末永くよろしくお願いします」
深怜那はかしこまった様子で一礼した。
「そういうのは、偽装じゃない相手に取っておいてね」
「はっ、確かに。また別の機会に言い直しますね!」
深怜那の言葉には、俺の知らない決意のような何かが込められていた。
やはりどうも、俺と深怜那の間で少し認識がズレている気がする。
ただ……今後か。
確かに、この先どうするか考えておく必要があるのは事実だ。
「偽装恋人を名乗るとして、どうやってオチをつけるかが重要だな」
「オチ……ですか?」
「付き合いたい相手がいる以上、いつまでも偽装恋人を続けていると支障があるだろ?」
「なるほど。私の中では当たり前の結論があったので、ちゃんとした出口戦略は考えていませんでした」
深怜那は深々とうなずいていた。
「急にデータキャラみたいなことを言い出したね?」
一応、深怜那なりに何か考えはあったみたいだ。
様子が愉快だったからついツッコんでしまった。
「と、とにかく。偽装恋人という関係性のたたみ方については、朝陽の心配することではありません」
「そういうことなら、ひとまず深怜那に任せるよ」
雲行きが怪しかったら、いつものように手を貸そう。
とはいえ、いきなり全て口出しするつもりはない。
俺は幼馴染の自主性を重んじる相談相手なのだ。
「ではまず、偽装恋人として何をするかを考えましょう」
「……? 何かしないといけないのか?」
特に何もせずほとぼりが冷めるのを待てばいいと思っていたが、そうではないらしい。
「あまりに何もしないと、朝陽との関係が嘘ではないかと疑われるかもしれないでしょう」
「確かに、たまには恋人っぽいこともしておいた方がいい……のか?」
「ええ。本番に向けての練習にもなりますからね!」
俺が同調すると、深怜那の表情がたちまち明るくなった。
「本番……っていうのは、意中の相手と付き合うことが出来た時の話?」
「えっと、大体合っています」
大体ってなんだ?
と思いつつ、俺は話を続ける。
「でも、練習相手が俺でいいの?」
「もちろん。朝陽でなければ意味がありませんから」
こうも満面の笑みで言われたら、断りようがない。
わがままなお嬢様の願いを叶えてあげたいと思うのは、多分俺の長所だ。




