第11話 ポンコツ幼馴染はデート写真を拡散する
ちょっとした善行を積んだ後、俺たちはブックカフェに到着した。
普通の一軒家のような店構えの外観だ。
静かな雰囲気の店内は、壁の片面が本棚で埋め尽くされていた。
二人がけの席と四人がけのソファー席が計十組分あるが、他に客はいない。
せっかく空いているのでソファー席に俺と深怜那は座った。
「私はホットココアを頼むと決めていますが、朝陽はどうしますか?」
深怜那に聞かれて、俺はメニュー表を見る。
お値段は喫茶店としては標準的な価格だ。
「そうだな……まあ無難にホットコーヒーにしておくよ」
「後は、何か甘い物も食べたいですね。ケーキとか」
「ホットココアにケーキまで頼んだら、糖分を摂り過ぎじゃない?」
「朝陽は分かっていませんね……甘い物は多いに越したことがないんですよ?」
深怜那はやれやれと首を横に振った。
「単に深怜那の好みの問題じゃないか……?」
この調子で健康的な体型を維持しているなんて、不思議だ。
深怜那は裏で相当な努力をしているのかもしれない。
「はい。ちなみにこのお店はチーズケーキがおいしいらしいですよ」
深怜那が笑顔でオススメしてきたので、俺もチーズケーキを頼むことにした。
注文した品が出来上がるまでの間に、本を選ぶ。
このブックカフェは本を買う必要はなく、棚に置かれた書籍を自由に読むことができるタイプの店だ。
どうやら完全に店主の趣味で本を並べているようで、ジャンルはまばらだった。
俺は昔読んでいた作家の推理小説があったので、それを手に取る。
深怜那は少し古そうな風景の写真集を選んでいた。
「深怜那って、風景の写真とかも好きなんだね」
「せっかくこういう場所に来たことですし、普段読まない本を手に取ってみようと思いまして」
本を選び終えて、俺たちは席に戻る。
ちょうどそのタイミングで、お店の人が飲み物とチーズケーキを二人分持ってきた。
「なるほど。俺もそういう選び方にすればよかったかな」
「あくまで私はこうだ、というだけですから。朝陽の好きな本を読めばいいと思いますよ」
「まあ、それは一理あるか」
納得しつつ、俺が本を開くと。
ぱしゃり。
深怜那がスマホで俺を撮影してきた。
「いきなりだね?」
「あ。許可を取った方がよかったですか?」
深怜那は遠慮がちに言うが、色々隠し撮りもされていたようだし、今更だ。
「構わないよ。あとは、飲み物と食べ物の写真も撮っておいたら?」
インスタは普段あまり使わないが、食べ物の写真がよく上がっているイメージだ。
「そうですね……あとは、ツーショットもほしいです」
深怜那はチーズケーキとココアを撮影しつつ、呟きを漏らす。
「でも、向かい合わせで座っていると撮りにくいかな?」
「そうですね……では、こちらにどうぞ」
深怜那は自分の隣に座るよう、ソファー席の空いている場所を指した。
俺は促されるまま、深怜那の方へ移動する。
「次はどうしたらいい?」
「朝陽は読書するような感じで本を構えていてください」
「ああ。こうか……?」
どうやら深怜那には理想の構図があるらしい。
俺は本を手に取って、読むポーズを取る。
「では撮りますね」
深怜那は俺に寄り添いつつ、軽くポーズを取ってスマホのインカメラで自撮りした。
「意外と慣れてるんだ」
「私だって、お友達と自撮りくらいします」
「お嬢様もそういう時代か……」
こういうところは、普通の女子高校生と変わらないらしい。
「インスタに上げてもいいですか?」
「もしかして、そのまま投稿するの?」
女子高校生がSNSで顔出しするのは危険だ、なんて話は学校でも度々指導される。
「顔はある程度ぼかすので大丈夫です。それと、繋がりのある人以外には見られない設定ですし」
「それならまあ、いいかな」
俺は返事をしてから気づいた。
いくら制限のある設定だとしても、インスタに上げたら画像を共有したかった相手以外にも見られることになるのでは。
「やっぱり待った」
「もう上げてしまいました」
手遅れだった。
「元々は深怜那の友人二人だけに見せるって話じゃなかった……?」
「あ。そうでした……でも、これはこれでアリかもしれません」
実際のところ、身内だけのアカウントなら犯罪的なリスクは低い。
しかし、深怜那が誰かと交際している、という噂に関しては。
鎮火するどころか、広まってしまうのでは。
「明日以降、学校で妙なことにならないといいけど」
俺はやけに落ち着いている深怜那の隣で、一抹の不安を覚えていた。
そのまま、本を読み終わるまでしばらくブックカフェに滞在した。
読書している間に、他にもお客さんが何組か増えている。
周りのお客さんも、男女のペアばかりだ。
「なんだか、カップルと思わしき人が多いですね?」
深怜那が小声で話しかけてくる。
「確かに。偶然だね」
「え、ええ……偶然ですね。本当に」
「……?」
深怜那の反応が変だ。
偶然以外に何があるんだ、と思っていると。
「私たちも、カップルみたいに見えているでしょうか……?」
深怜那はどこか自信なさげに、問いを投げかけてきた。
「どうかな。他の人たちと同じように見えているといいけど」
「え?」
深怜那は一瞬、きょとんとした顔をして。
「どうして、朝陽はそう思うのですか?」
どうしてって。
「実際、そういう写真を撮りに来たわけだし」
「……ああ、そういう意味でしたか」
何か、期待外れみたいな反応をされた。
偽装恋人として、もっともらしい写真を撮るため。
それ以外に、俺たちが本当のカップルのように見えていてほしい理由。
一般論であれば、思い当たる節はある。
が、深怜那に限ってはあり得ない。
そのはずだ。
まあ、いずれにせよ。
「俺は、深怜那とこういう場所に来るのも楽しいよ」
深怜那と二人で過ごす時は、家か生徒会室が多い。
小さい頃はさておき、高校生になってからは二人で出かけることは、珍しかった。
「私も……朝陽と来られて嬉しいです」
深怜那の表情が、明るくなる。
気を良くする深怜那を前に、俺は思った。
ちょうど良い機会かもしれない。
先程の疑問を、確認してみよう。
「ところで結局、深怜那の好きな人って誰なの?」
「え? あ、いえ。それは……前も内緒だと言ったでしょう?」
深怜那は挙動不審な動きを見せつつ、答えを口にしない。
まあ、相手の名前を言えない事情も理解できる。
照れくさいとか、秘密が漏れるかもしれないとか、色々事情はあるだろう。
「だけど、知っていた方がより的確なアドバイスができると思うよ」
「その点に関しては……順調なので、朝陽は心配無用です」
深怜那は言葉とともに、何やら確かな意思の込められた視線を送ってきた。
じーっと見つめてくる。
が、何を伝えたいのかは、分からなかった。
「まあ、順調ならいいか」
「……訂正します。順調ではないかもしれません」
深怜那は少し残念そうだった。
「やっぱり、相手の名前を聞いておくべき?」
「そ、それは言えません……!」
深怜那は顔を伏せ、手で前髪を弄くり回していた。
本当に、深怜那は俺の前だと感情表現が豊かだ。
この七変化ぶりを、その好きな相手にも見せればいいのに。
そんな妙案を思いついてから、俺は思う。
(あー……それ、なんか嫌だな?)
なぜ嫌だと思ったのか。
その答えは俺の中に、まだない。




