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第10話 幼馴染は足腰が強い

 放課後。

 深怜那がかねてから行きたがっていたブックカフェへ一緒に行くことになった。

 お店は十五分ほど坂道を登った場所にあるらしい。

 付近は通学路から少し外れたエリアで、急な坂だ。

 俺は隣を歩く、深怜那を気にする。


「深怜那、大丈夫?」

「平気です。私はこう見えて足腰が強いですからね」


 深怜那は細身に見えるが、運動神経が良い。

 今も涼しげな顔で、この急坂でも見栄えのする歩き姿を保っている。


「それにしたって、一駅くらい電車に乗っても良かったと思うけど」

「いいではないですか。二人でゆっくり歩くのも」

「まあ、俺も嫌いじゃないよ」


 深怜那と一緒に、肌寒くなってきた秋の空気感を楽しむというのも乙なものだ。


 そうして五分ほど歩いていると、通行人に遭遇した。

 別に普通のことだと思うかもしれないが、この付近は高級住宅街だ。

 坂だらけの丘に、車移動を想定して街が作られている。

 だから通行人を見かけるのは珍しい。 

 しかも、片手には大きな鞄を持ち、もう片方の手でキャリーケースを引きながら、辛そうにしているおばあさんだ。

 俺がその存在に気づいた時には、深怜那は駆け出していた。


「持ちますよ」


 深怜那はおばあさんに話しかけつつ、キャリーケースの取っ手に手を添えた。


「どこまで行きますか?」

「いやあ、そんな。悪いわ」

「遠慮しないでください。こう見えて私、力自慢なんですよ?」


 深怜那は人当たりのいい笑みを浮かべつつ、鞄の方も受け取ろうと手を出す。


「そうかい? じゃあ、お願いしようかしらねえ」

「はい、お任せください」

「ありがとうねえ」


 おばあさんはしみじみとお礼を口にしつつ、深怜那に荷物を預けた。

 完璧お嬢様、水上深怜那は模範生だ。

 校外校内問わず、こうして人助けをしている。

 が、さすがに全部持つのは無理がある。


「俺も持つよ」


 少し遅れておばあさんの元にたどり着いた俺は、努めて自然にキャリーケースを深怜那から受け取った。

 取っ手とキャスターがあっても、この坂では大して役に立たない。


「さあ、そっちも」


 俺はもう片方の荷物も受け取ろうとするが。


「朝陽だけに頼ることはできません」


 深怜那にも、完璧お嬢様としての矜持があるらしい。


「じゃあ、一緒に運ぼうか」


 そうして俺たちは、おばあさんと一緒に歩き始めた。




「本当に助かったわあ……こうして歩いてみると、手ぶらでもしんどいねえ」


 おばあさんは知り合いの家に向かっているらしい。


「加藤さんにはね、久しぶりに会いに行くのよ」

「ふふ。そうなんですね」


 深怜那は鞄を持ちながらでも、涼しい顔で会話に応じている。


「あのままだと、たどり着く前に足腰を壊していたわ……」

「次からは、タクシーとかを使った方がいいかもしれませんね」


 俺もキャリーケースを引かずに手で持ちながら、話に付き合う。


「そうねえ。そう言えば、加藤さんとは十年以上会っていないのよ。電話で話してはいたのだけど……大事な友人だから、会うのが楽しみだわ」

「分かります。私もおばあさんと比べたら人生経験が不足していますが、大切な人と何年か疎遠になったことがあったんです」


 深怜那にそんな人がいたのか。

 一体誰だ?


「あらそうなの。その人とは、再会できたのかしら?」

「はい。今は一緒にいられていますが……だからこそ、再会する喜びを知ることができました」


 深怜那はそう言って、俺を見た。

 大切な人って、まさか俺のことか。

 確かに中学時代は隣の家だったのに、顔を合わせる機会がほとんどなかった。

 今のような関係に戻ったのは、同じ高校に通うようになってからだ。


(この気分は……なんだ?)


 体温が少し上がったように思うのは、きっと気のせいだ。


「あらあら。よかったわねえ」


 おばあさんは俺と深怜那を見て、目を細めた。


「はい、よかったです」

「若い頃の縁は一生ものだから、大切にしなさいね……なんて、老婆の余計なお節介かしら」

「いえ。貴重なご助言をありがとうございます」


 深怜那は小さく一礼する。

 その口ぶりは、社交辞令ではなさそうに聞こえた。




 目的地に到着した。

 加藤さんとかいう人の家の前だ。

 大きな塀と門を構えていて、中が見えない。

 俺と深怜那は、おばあさんに荷物を返す。


「助けてくれてありがとうね、お若いカップルさん」


 お礼ついでに、カップル認定された。


「いや、俺たちは——」

「どういたしまして。お若いカップルとして、お礼を受け取りますね」


 深怜那は「お若いカップル」の部分を強調しつつ、そう返した。

 

 その間に、家の門が自動で開き、おばあさんは友人の家に入っていった。


「別に知らない人を相手に、恋人を演じる必要はなかったんじゃ?」

「ここもまだ学校の近くでしょう? 誰が見ているか分からないですからね」


 深怜那はもっともらしい理屈で答えた。


「まあ、それもそうか……?」


 俺が少しだけ、腑に落ちない思いでいると。


「んー、人助けをしていい気分です」


 深怜那はその場で伸びをした。

 人助けのために、重い荷物を抱えて坂を登った疲労感。


「確かに、不思議と心地良い疲れ方だ」

「さて。良いことをしてほどよく疲れたことですし、そろそろ行きましょうか」

「ああ。そうだね」


 俺たちは元々、坂の上のブックカフェに向かっていた。


「甘いココアを飲むには、最高のコンディションです」


 深怜那は実に清々しい笑顔だった。





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