母を救うため、未来息子は時を超える――暴かれる婚約破棄の真実【旧タイトル】「母上ぇぇっ!!あいつから逃げてください!!もう!今すぐ!!」――婚約破棄の場で、未来から息子が乱入してきました。
※各話パラレル構成のため、単独でもお楽しみいただけます。
王城の大広間、壇上に立つのは、公爵令嬢クラリッサ・フォン・エーデルシュタイン。
光を受けて白銀に輝く長い髪、 宝石のように澄んだエメラルドグリーンの瞳は、毅然と前を見据えていた。
彼女は今まさに、男爵令嬢ミランダをいじめた罪で断罪されようとしていた。
(……いじめなんてしてないのに)
「公爵令嬢クラリッサ!」
「本日をもってお前との婚約を破棄する!」
王太子アルベルトは金髪を振り乱し、得意げに声を張り上げた。
「証拠は?」
「……無いじゃないか」
「茶番だな」
にもかかわらず、彼は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「クラリッサ! もう観念するがいい!」
その瞬間――。
バァン!
重厚な扉が音を立てて開き、一人の少年が駆け込んできた。
黒髪を振り乱し、必死の形相で叫ぶ。
「母上ぇぇっ!!あいつから逃げてください!!もう!今すぐ!!」
一瞬、誰も動けなかった。
(……母上? どういうこと?)
クラリッサは理解が追いつかず、ただ立ち尽くす。
少年は息を荒げながら、必死に叫んだ。
「母上がそんなことするわけないでしょう!
だいたい、公爵令嬢が男爵令嬢をいじめたからって罪になるわけないじゃないですか!?
王太子なのに頭おかしいんじゃないですか!」
その一喝に、大広間がざわついた。
「う、うるさい! なんなんだこのガキは!? 俺の場を乱すな!」
怒鳴り声が大広間に響く。だが、返ってきたのは静寂だった。
誰かが小さくつぶやく。
「……確かに、証拠は殿下の証言しかないな」
「こんな根拠ゼロの断罪を王家がやらかしたら……信用ガタ落ちだぞ」
「その時点で転落するに決まってる」
慌てた衛兵が駆け寄り、アルベルトの両脇をがっちりと押さえる。
「殿下、とりあえず落ち着かれませ!」
「は、離せ! 私は王太――」
彼はあっという間に引きずられ、情けなく退場していった。
大広間は一時の静寂に包まれた。
その沈黙を破ったのは、まだ壇上に残っている黒髪の少年だった。
「……邪魔者はいなくなりましたね」
場に静けさが戻ったその瞬間――少年は胸を上下させながら、一冊の分厚い日記を高々と掲げた。
「ぼ、僕は……ずっとおかしいと思ってました! でも、まさかここまでとは!」
「これは……?」
「日記……?」
群衆がどよめく中、少年は声を張り上げた。
「ここに全部書いてあるんです! この婚約破棄を仕向けたのは――父上、第二王子ルシアンなんです!」
残された少年は、クラリッサを見上げて叫んだ。
「母上! 本当にあいつだけは夫にしちゃだめです! このままじゃ一生、父に捕まりますよ! マジでやばいんですって!」
畳みかけるような叫びに、大広間は再び騒然となる。
「――え、あの……あなた、一体誰と誰の子供だって言っているの?」
クラリッサは混乱の極みに、かすれ声で問いかけた。
「だから! あなたと、あそこのルシアン王子の子供ですよ!!」
少年が指を突きつけた先――場の視線が一斉に黒髪の第二王子ルシアンへ注がれた。
クラリッサも思わず目を向けた。
(……ルシアン殿下?)
普段の彼は、無邪気で甘えたがり。
「義姉上」と慕って、子犬のように笑いかけてくる可愛らしい弟王子――それが彼女の知るルシアンだった。
だが、未来から来たと名乗る少年の言葉と、目の前の可憐な笑顔の弟王子。
どうにも結びつかない。
(人違い……なのではなくて?)
クラリッサの胸に、あり得ないはずの疑念が芽生え始めていた。
当の本人は――ただ、にこりと微笑んだ。
まるで茶番を楽しむ観客のように、余裕に満ちた笑み。
「……まさか未来の息子に計画をばらされるとはね。さすがに予想外だったよ」
さらりと放たれたその言葉に、場内がざわめく。
認めたのか、冗談なのか――誰も判断できない。
(今……なんて……?)
クラリッサはエメラルドの瞳を大きく見開いた。
ルシアンは、にこやかに微笑んだまま一歩、また一歩と近づいてくる。
黒髪が静かに揺れ、紅の瞳が真っ直ぐにクラリッサを射抜いた。
その色は甘い光を宿しながらも、底知れぬ熱を秘めていて――胸がざわつく。
(どうして……こんな目で見てくるの……?)
(怖い……なのに、足が動かない……)
そして次の瞬間、彼の指先が、そっとクラリッサの顎に触れた。
軽く持ち上げられ、視線が絡む。
「――君は、絶対に逃がさない」
囁く声に、クラリッサの胸は大きく波打った。
普段の無邪気で甘えたがりな弟王子と、今この場で放たれる支配的な眼差し。
重なり合わないはずの二つの姿が、否応なく彼女の心を揺さぶっていく。
(これが……本当のルシアン殿下……? でも……どうして……胸がこんなに熱くなるの……?)
甘く痺れるような沈黙を破ったのは、甲高い少年の叫びだった。
「ほらぁぁ! 本性出たじゃないですか!!未来だけじゃ飽き足らず、過去の母上まで見守るためだけに時空魔術を作ったんですよ!? 妹は母上似だから溺愛してるのに、僕は父上似ってだけで冷遇!
クラリッサ母上にだけ執着MAX! どんだけストーカーなんですか父上は!!」
少年は頭を抱え、半ば叫ぶように怒鳴った。
「それに父上は! 母上の寝顔スケッチ百枚以上持ってるんですからね!?
絶対信用しちゃだめですって!!」
場内がどよめいた。
「寝顔スケッチ百枚……?」
「なにそれ……怖い……」
群衆の顔色は青ざめ、ざわめきは悲鳴にも似ていた。
「ちょ、ちょっと待って……」
クラリッサは真っ赤になった顔を押さえ、混乱した声を漏らす。
「そんなの、ルシアン殿下が……するはず……」
「しますっ!! むしろそれくらいじゃ済まないんですから!!」
彼は地団駄を踏む勢いで叫んだ。
ルシアンは――変わらぬ笑顔のまま。
しかし瞳の奥には、明らかに「否定する気ゼロ」の光が宿っていた。
「……君、未来では覚悟しておくんだね?」
にこりと告げられた一言に、少年は顔面蒼白。
「ひぃぃぃぃっ!! 母上ぇぇぇ!」
彼は泣きながら手を伸ばしたが、光に包まれ、そのまま未来へと吸い込まれていった。
大広間に残ったのは、頬を赤らめて震えるクラリッサと、にこやかな笑みを浮かべるルシアンだけ――。
(怖い……はずなのに)
(どうして、こんなに胸が熱いの……)
(抗おうとしても、視線が離せない……)
その瞬間、理解してしまった。
(わたしはきっと、この人に――とらわれてしまう)
抗えぬ運命の予感が、静かに胸を満たしていった。




