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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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66話  笑い声 ~ようやく笑えた温かな場所~



 会議が終わってから数日。

 机の上に積まれていた書類の山も、終わりが徐々に見えてきた。


 思えば、あの会議は賭けだった。

 メネズ派を取り込めるか、それとも反発で政務が崩れるか。

 けれど今、農業改革に向けて彼らが動き始めたのを見れば、間違ってはいなかったと思える。


 新しい収入源の目途も立った。

 だからこそ、次にやるべきことは決まっている。


「……孤児を、迎える準備をしよう」


 呟いた声に、アゼレアとマテオが頷いた。

 政務の舵取りは、この二人に任せられる。

 農業改革は、メネズ派の政務官たちが動いてくれる。


 ならば、わたしにできること――わたしがやらなければならないことはひとつ。



 ◇ ◆ ◇



 翌朝。

 責任者室で、わたしはマテオを呼び寄せた。


「マテオ、レント商会に依頼を。布と服、それから洗濯板と……ぬか石鹸もお願い」

「レント商会……ですか?」


 レント商会の名前は、まだまだ有名ではないらしい。


「ええ、サンドレアムに店を構える商会です。そこの洗濯板という商品と、ぬか石鹸は評判なんですよ」


 わたしは得意げにこたえた。


「わかりました。名目は孤児たちのためですね?」


 すぐに意図を汲んで、マテオが頷く。

 彼は手際よく控えに書きつけながら、口元に小さな笑みを浮かべた。


「承知しました。こういう手配なら、商会もすぐに応じてくれるでしょう」

「ありがとう。わたしは馬車の準備が整ったら、迎えに行くわ」


 昼下がり。

 邸の前に馬車が用意された。

 御者台に年長の使用人が控えている。


「お嬢様、また西の外れで?」

「はい。お願いします」


 遅れてきたアゼレアを見て、御者が感慨深く言う。


「また、姫様を乗せられるなんて思いませんでした」

「もう、姫様ではないぞ」


 否定されたのに御者は嬉しそうに笑って、頭を掻いた。


「俺にとっちゃ姫様でさぁ」

「……好きにしろ」


 ぶっきらぼうに言うと、アゼレアは顔をそむけた。

 だが、ちらりと見えたその口元は笑っていた。


 わたしはその横顔を見ながら、邸の前に用意された馬車に、ロエナを伴って乗り込んだ。


 冬の冷たい空気の中、馬車は街を抜けていく。

 道端では農民たちが畑を見回り、あぜを鍬で直している。


 やがて街の外れに差しかかると、小麦畑には青々とした冬小麦の穂が揺れ、春の収穫を待っていた。


 そんな風景を横目に目的地に着くと、ゆっくりと馬車が停車した。


 ロエナが最初に降りる。

 次いでアゼレアがゆるやかに姿を現した瞬間――。


「アゼレア様……!」


 黒衣の部下たちが、その姿を目にした途端、次々に膝をついた。


 驚愕に息を呑む者、嗚咽をもらす者。

 長らく待ち望んだ主の帰還に、誰一人として立っていられなかった。


 そして最後にわたしが馬車を降り立つと、静まり返った空気の中に、確かな熱が広がっていった。


「……詳細は、マテオから聞いているな?」


 アゼレアの低い声に、全員が揃って「はっ」と答える。

 その声は震えていたが、しっかりと響いていた。


 アゼレアが視線をわたしへと向ける。

 わたしは促されて、一歩前に出た。


「では、案内してください」


 部下たちはすぐに立ち上がり、わたしたちを先導した。


 西の外れの小さな建物――粗末な木造の倉庫のような場所に、子供たちが身を寄せ合っていた。


 ぞろぞろと外に出てきた孤児は、およそ四十名。

 思っていたより体調の悪そうな子は少ない。

 それはきっと、アゼレアが密かに物資を回してくれていたおかげだ。


「本当に、こんなに……」


 息を呑むわたしに、年長の子が一歩前へ出て、眉をひそめた。


「どこへ行くの? ……ここから出たくない」


 怯えを隠さない声に、他の子供たちも顔を曇らせる。

 離れたくない、また追い出されるかもしれない――そんな恐怖が透けて見えた。


 わたしはまっすぐに子供を見て、出来る限り優しく声をかけた。


「大丈夫。今度は追い出したりしない。ご飯も寝る場所もある。……ここじゃなくても、安心できる場所がちゃんとあるの」


 黒衣の部下たちも口を開いた。


「アゼレア様のご命令だ。安心しろ」

「もう隠れて暮らす必要はない。堂々と守られるべきだ」


 子供たちが互いに顔を見合わせ、やがて小さく頷く。

 その動きを合図にしたように、全員が素直に馬車へ乗り込んでいった。


 部下たちが手際よく孤児を乗せていく。

 わたしたちの馬車も続き、町へと向かった。


 辿り着いたのは、かつてメネズが使っていた邸の離れ。

 内部を改装し、今は使われていなかった建物だ。


「ここが、君たちの新しい家だよ」


 わたしがそう告げると、子供たちはしばし戸惑い、やがて恐る恐る足を踏み入れる。


 広い部屋。

 並んだ寝台。

 清潔な毛布。

 

 鼻先をくすぐるのは、準備中の夕食の香り。


「あったかい……」


 小さな声が漏れ、やがて安堵の息が一斉に漏れた。

 その表情を見た瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。


 邸の離れには、既に数名の女中たちが待っていた。

 彼女たちは元々平民あがりで、この町で働いてきた者たちだ。


「子供たちは私たちに任せてください」


 年配の女中がにこやかに言い、手を叩くと、子供たちは列を作らされて奥の部屋へ導かれていく。


 次々と湯あみに入れられ、身体の汚れを落とし、髪を梳かれる。

 新しい服に袖を通した子供たちは、少しずつ表情を緩めていった。


 夕食には、温かなスープと焼きたての黒パン。

 大鍋からよそう湯気に目を丸くし、おっかなびっくり口にした子供が「おいしい」と呟く。


 それを皮切りに、ほっとした笑みが広がり、やがて賑やかな食卓となった。


 その夜。

 新しい寝床に横たわる子供たちは、まるで安心を取り戻したかのように眠り込んでいた。


 その静かな寝息を背に、わたしとアゼレアは責任者室へ戻った。


 机に腰を下ろすなり、アゼレアが問いを投げてきた。


「それで、どうするつもり?」

「どうするって……」

「保護して終わり?」


 射抜くような視線に、わたしはぐっと背筋を伸ばした。


「……終わりじゃない。生きていくためには、掃除や洗濯を覚えることも必要だと思う。それに文字の読み書き、計算も教えたい」


 アゼレアは腕を組み、顎に指を添える。


「それでは、平民の商家と同等の教育よ」

「それでいいと思う。生きるために最低限必要なことは、誰だって学ぶべきだもの」

「誰が教えるの? お前がすべてを抱える暇はないのよ」

「……」


 確かに、その通りだ。

 子供たちの面倒を、一人で見るのは到底無理。

 政務に加え、町の課題も山積している。


「……誰か、いないかな?」


 わたしは天井を見上げ、小さく呟いた。



 ◇ ◆ ◇



 翌朝。

 責任者室に向かうと、机に腰を下ろしたアゼレアにマテオ。


 机の上には、既にマテオの報告書が整然と並んでいた。


 マテオは席を立つと、深く一礼し、淡々と告げる。


「孤児たちの受け入れは順調のようですね」

「ええ……そうなんだけど」


 昨夜の安堵した子供たちの寝顔を思い出しながら、わたしは言葉を濁した。


「問題が?」と、マテオが首を傾げる。


「保護しただけじゃ意味がないと思うの。生きていくための力を身につけてほしいって思って。でも、誰が教えるのか……」


 誰か思い当たる相手はいるだろうか。

 わたしの言葉にマテオはしばし考え込み、やがて口を開いた。

 

「受けてくれるかはわかりませんが……フェルト爺さんに頼んでみてはどうでしょう」

「フェルト爺さん?」

「あの、ご老です。政務からは随分前に引いていますが、学識は健在です。子供たちに読み書きを教えるくらいなら――」


 言葉を続ける前に、アゼレアが低く遮った。


「フェルトは、もう年だ……他をあたった方がいいのではないか」


 妙に固い声音。

 わたしはその横顔を見上げ、少し考え込む。


「でも、話してみるだけでも……」


 食い下がると、アゼレアは目を伏せ、渋々と頷いた。


「……好きにしろ」


 昼過ぎ、わたしたちはフェルトの家を訪れた。

 戸を叩くと、中から聞き慣れた低い声が返る。


「おや、代理殿に……姫様。お久しゅうございますな」

「……爺も元気そうでなによりだ」


 隣で淡々と応じるアゼレア。

 その言葉に、わたしは一度ならず、二度もぱちり、ぱちりと瞬きをした。


「……えっ? 爺? アゼレアのおじいちゃん?」


 フェルトは頬を緩め、懐かしむように笑う。


「ええ。小さい頃から、わたくしめが家庭教師をしておりましたので――」

「その話はよい。それに祖父でもない!」


 アゼレアが慌てたように遮った。

 わたしは、吹き出しそうになるのを必死に堪える。


 ……アゼレアにも苦手な人がいるんだ。


 フェルトは静かに椅子へ腰を下ろし、白い髭を撫でながら言った。


「しかしな……わしももう歳じゃ。体も思うようには動かん。政務など到底無理じゃぞ」

「政務ではありません」


 わたしはすぐに首を横に振った。


「お願いしたいのは、文字の読み書きと計算を教えることです。孤児たちに、生きるための力を身につけてほしいんです」


 フェルトは眉をひそめ、ちらりとアゼレアを見やる。


「……そのようなことを許すとは。姫様、変わられましたな」

「変わったのではない」


 アゼレアが言い返す。


「こいつがそう決めただけだ」


 フェルトは小さく頷くと、わたしに向き直る。

 わたしは深く息を吸い、フェルトをまっすぐに見つめた。


「わたし、わかってるんです。食べ物や寝床を与えるだけじゃ、また同じことの繰り返しになる。でも、文字や計算ができれば、自分で働いて、お金を稼いで、生きていけるようになる。だから……どうしても、あなたの力が必要なんです」


 フェルトは目を細め、しばらく黙り込んだ。

 その目は、わたしの考えを見極めようとしているように見える。


 わたしは続ける。

 かつて所長から学び、そして、自分で考えたこと。

 フェルトを説得するため、言葉を紡ぐ。


「教育を受けていない子供たちは……いずれ、生活に苦しみ、犯罪に手を出してしまうと思うんです。でも、本当に悪い者たちが狙っているのは……そういう子供たち。結局、犯罪に利用され、いいように捨てられる……だから――」


 言葉を聞き終える前に、フェルトは大きな溜息をつき、頬を掻いた。


「……まったく、年寄りを使い倒そうというのか。どこまで姫様に似とるんじゃ」


 言葉は愚痴のように聞こえるのに、その声音はどこか嬉しそうに、フェルトは言った。


「じゃあ……!」

「うむ。子供らに字と数を教えるくらいなら、まだできよう」


 その言葉に、胸の奥がぱっと明るくなる。

 ぐっと身を乗り出したわたしに、フェルトは苦笑を浮かべた。


「ただし、あの頃と変わらず厳しいぞ? 泣いて逃げ出す子が出ても知らんからな」


 隣でアゼレアがわずかに顔をしかめた。


「……それは、保証しよう」


 ……やっぱりアゼレア、爺が苦手なんだ。


 しかめっ面のアゼレアに堪えきれず、わたしは小さく笑ってしまった。



 ◇ ◆ ◇



 フェルトの家をあとにし、邸へ戻る。

 馬車の中、窓の外に流れる景色をぼんやり眺めながら、わたしは口を開いた。


「アゼレアって……爺が苦手なんだね」


 隣で腕を組んでいたアゼレアが、わずかに眉を動かす。


「別に、苦手というわけじゃ……」

「はいはい」


 軽く流すと、アゼレアは小さく咳払いをした。


「ただ、本当に厳しくて……何度か授業を抜け出したことはあるわ」

「えっ!」


 思わず目を丸くした。

 信じられない。

 あのアゼレアが授業から逃げ出すなんて。


 ……あれ……? もしかして人選、間違えた?


 内心でそんな疑念を抱えながら、わたしは邸の離れへ向かった。



 離れに入ると、女中たちが子供たちに掃除や洗濯を教えている最中だった。


 小さな手で雑巾を絞る姿や、ぎこちなく板の床を磨く姿。

 その一生懸命さに、思わず目を細める。


「は~い、集まって!」


 声をかけると、子供たちが一斉にこちらを向いた。


「明日から授業が始まります。字や数を学ぶんです」


 わたしの明るい声とは反対に、不安そうなざわめきが広がる。


 勉強という言葉が、子供たちにとって遠いものだったのだろう。


「大丈夫。アゼレアの先生だった人が教えてくれるのよ」

「えっ……アゼレア様の?」

「そう!」


 わたしが胸を張ると、隣でアゼレアが慌てて口を挟む。


「おい、お前まで余計なことを言うな」


 しかし、子供たちの目はすでにきらきらと輝いていた。


「ねぇ! アゼレア様みたいになれる?」


 アゼレアが腰をかがめて、子供に目線を合わせる。


「それは知識のことか? それとも権力のことか?」

「うーん……けんりょくってなに?」


 孤児相手にしっかりと応えるアゼレアは、やはり普通の貴族とは違う気がした。


 いや、もしかしたら、これが本当の貴族の姿なのかもしれない。


「偉い人のようなものだ」

「じゃあ、なりたい!」


 その答えに、アゼレアはふっと笑みを浮かべ、子供たちを見渡した。


「そうか。だが、このちっちゃい方が偉いのだぞ。なんなら、町で一番偉い。こうなりたいか?」


 アゼレアの指がぴっとわたしを指す。


「えっ、このちっちゃい子が……えらいの?」

「ああ、偉いぞ。私よりもな」


 子供たちは一瞬ぽかんとした後、声をそろえて。


「……うーん、やっぱり難しそうだからいいや」


 その瞬間、場の空気が一気に和んだ。

 アゼレアが額を押さえ、わたしはがくりと肩を落とした。



 その夜。

 責任者室で帳簿を片付けたあと、わたしは机に頬を乗せたままぼそりと呟いた。


「……どうせ、わたしには威厳なんてないし」


 すかさず隣のアゼレアが鼻を鳴らした。


「そうね。確かに、今のその姿じゃ威厳は感じないわ」


 そう言って、アゼレアは軽く肩をすくめた。


「うっ……」


 思わず顔を上げる。

 その姿にアゼレアは、おかしそうに肩を揺らした。


「そんなもの、後から勝手についてくるものよ」

「……そうなの?」

「そう。それにお前と話していると、五歳児だという事実を忘れそうになるわ」


 ……あ、やば……!


 焦った顔を見られていないかと横目で伺うが、アゼレアは気にも留めず続けた。


「お前がやっているのは、貴族の政務官ですら手を焼く内容。それを淡々とこなしているのよ」

「……そ~なの?」

「なによ、無自覚?」


 ……結構、わたしってすごいのかな。


「忙しいなぁとしか思ってないけど」

「それはそうよ。言ったでしょ。一生働かせると。賭けは私の勝ちなんだから」


 アゼレアの声音は楽しそうだ。

 わたしをからかっているんだろう。


「でも、わたしが忙しいと、アゼレアの方がもっと忙しくなるんじゃない?」


 負けじと言い返すが、それも想定済みだったようだ。


「そうでもないわ。そうならないように先回りして、お前にやらせればいい」


 ……それはズルいよ。


「なにそれ!?」


 わたしが口を尖らせると、二人で顔を見合わせ笑いが漏れる。


 夜の責任者室に、私たち二人の柔らかな笑い声が広がっていった。



 ◇ ◆ ◇



 翌朝。

 わたしはフェルトの授業を見学するため、離れへ向かった。


 机の前に座らされた子供たちが、ぎこちなく石板に文字をなぞっている。


 フェルトの指す数字に合わせて「いち、に、さん」と声を合わせ、数字を唱える子供たち。


 フェルトの低い声に真剣に耳を傾け、失敗すれば頬を膨らませ、成功すれば笑顔を交わす。


 ……これなら、大丈夫。きっと未来に繋がっていける。


 その光景に、胸の奥が温かくなった。


 窓から差し込む朝の光に、子供たちの笑顔が照らされていた。


 そこには、確かな希望が芽吹いている。


 ふわりと春を告げる風が頬をなで、アゼレアがわたしの肩を優しく叩く。


 「行くぞ」

 「うん」


 まだまだ、片付ける仕事は山ほどある。

 でも、一歩ずつ、確実に前へ進んでる。

 

 この温かい気持ちを胸に秘め、今日もまた、書類とにらめっこの始まりだ。




ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


「面白かったなぁ」

「続きはどうなるんだろう?」

「次も読みたい」

「つまらない」


と思いましたら

下部の☆☆☆☆☆から、作品への応援、評価をお願いいたします。


面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。

参考にし、作品に生かそうと思っております。


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