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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
三章    少女と暴かれる秘密

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65話  誇りの行方 ~黒髪の弁舌者~


 会議室に入ると、机の上に資料を広げた。


 わたしは胸を張る。

 千歯扱きの効率を数字で示し、稲わらを束にして説明すると、政務官たちは一様に頷いた。


「確かにこれなら……」

「作業が一気に変わるぞ」


 賛同の声があちこちから漏れる。

 だが、メネズ派の面々は沈黙を崩さず、不満げな顔を浮かべていた。


「……だが、導入の費用が莫大では?」


 一人が口を開く。


「収穫効率で十分に回収できるわ」


 わたしは即座に答えた。


「だが、農民に扱える保証が――」

「難しくなんかない。力も要らない。子供や老人でも扱えます」

「しかし、導入すれば農民が楽をしすぎて怠けるのでは?」

「効率が上がることで余剰時間は別の仕事に回せます」


 数字と理屈で返すたび、相手は黙り込む。

 けれど、しつこく別の角度から難癖をつけてくる。


 それを繰り返した末――アゼレアの声が鋭く空気を切った。


「……貴族の誇りはどこへ置いてきた? まさか、犬に食わせて捨ててきたか?」


 味方だとわかっているわたしまで、びくりと肩が震える。


 低く響く声に、会議室の空気が一変した。

 張り詰めた沈黙の中、皆が息を呑む。


 アゼレアの雰囲気が統治者のものとなり、さらに鋭さが増す。


 ……アゼレア、なにする気?

 

 でも、不思議と恐怖はなかった。

 彼女は決して揺るがない――わたしにはそう信じられた。


「な、貴様……新参者か!」


 メネズ派の一人が怒鳴り、机を叩いた。


 しかし、別の数人は顔を青ざめ、椅子を軋ませて後ずさる者までいた。


 彼らはその声に、聞き覚えがあったのだろう。

 かつて仕えた主の声――背筋を伸ばさずにはいられなかった、あの威厳が蘇っていた。


 手が震え、声を失う者。

 表情を必死に取り繕いながらも、畏怖の色を隠せない者。

 目を逸らすことすらできず、ただ見つめている者。


 ……大丈夫。


 心の奥でそう思いながら、わたしは彼女の背を見つめていた。


 沈黙を切り裂くように、アゼレアの声が再び響いた。


「何が気に食わぬ? 民が楽をして怠けることか? ……民が楽をしてはいけないのか?」


 鋭い眼差しが室内をなぞる。

 誰もが息を呑んだまま動けずにいる。


「これは貴殿らの収入を底上げする、画期的な改革だぞ。貴殿らの理屈では、民は苦労して当たり前ということになる」

「い、いや……」


 たまらず一人の政務官が声を上げる。

 下級貴族の男だ。


「その代わりに、我らは命をかけて守っているのだ!」

「……ふん」


 アゼレアは鼻で笑い、冷たく言い放つ。


「命をかけて守っている、だと? ――違うな。命をかけて自分を守っているの間違いではないか?」


 その言葉に、政務官の顔が真っ赤に染まる。

 反論しようと口を開いたが、言葉が出てこない。


「思い出せ。かつて奴隷制度が廃止された時――雇い主が奴隷に引き裂かれ、ぼろ雑巾のように転がっていたな。なぜそうなったか、わかるか?」

「あれは……! あいつらが勝手にやったことで――」

「そうだな。勝手にやったことだ」


 アゼレアの瞳がギラリと光る。


「だが、それは雇い主が奴隷に酷い仕打ちを繰り返した結果でもある……では、同じことを町単位でやったらどうなる?」

「そ、それは……」


 政務官の声が震え、喉の奥で詰まった。


「町は機能しなくなり、やがて壊れるだろう」


 静かに放たれた言葉に、会議室の空気が凍りついた。

 誰もが喉を鳴らすこともできず、ただ視線を落とすしかなかった。


 沈黙を破るように、政務官が言葉を絞り出す。


「な、なら……ならば今のままでもいいではないか!」

「なぜだ?」


 アゼレアの声は低く鋭い。


「い、今のままでも、民たちは満足しているはずだ!」

「そうかもしれんな」


 アゼレアは薄く笑う。

 しかし、その目は、まったく笑っていない。


「――それで?」

「そ、それで……? どういう意味だ」

「財政難だと言っておるだろう」


 声が一段と冷えた。


「貴殿は政務官か? この状況を作り出したのは前アードであるメネズとその側近たち。そして、その恩恵を受けていたメネズ派の貴殿らだ――どう責任を取る?」

「い、いや、我々は……無関係で……」

「無関係なわけがあるまい」


 腕を組み、アゼレアの琥珀色の瞳が、メネズ派の政務官たちを一瞥する。


「なぜ止めなかった? 貴殿らは誰に忠節を誓っているのだ?」


 室内に重苦しい沈黙が落ちた。

 政務官は言葉を失い、額に汗をにじませる。


「答えられぬということは……保身ということか。己可愛さに仕える主を変える輩か?」

「ち、違う! 我々は……貴族だ! 町だっ! 町を守るために――」

「そうか」


 アゼレアはゆっくりと頷く。


「ならば町が発展し、貴族も潤い、民の笑顔が増えれば――問題はないわけだな?」

「あ、いや……」


 アゼレアの瞳が細まり、政務官を射抜いた。


「今一度問う。貴殿らの誇りはどこにある?」


 しばしの沈黙の後、政務官はかすれた声で答えた。


「……町と共に」


 わたしには、わかった。

 彼女の目元が、ほんの少し緩んだことを。


 何人もの政務官が、アゼレアの言葉に耐えきれず椅子の上で拳を握りしめていた。


 反論どころか、声さえ出ない。


 政務官の言葉を確認すると、アゼレアは隣に座るわたしへと視線を向ける。


「だそうだぞ、ルルーナ様?」


 その一言に、会議室の視線が一斉にわたしへと集まった。


 アゼレアが主導権を渡したのだ。


 わたしに駆け引きなんてできない。


 でも……。


 政務官たちの圧は、随分と小さくなった気がする。


 自分でも不思議に思う。

 これなら、所長と対面で話している時の方が、緊張するかもしれない。


 これも、彼女のおかげだろうか。


 深く息を吸い、それでも震えそうになる声を抑えて言葉を紡ぐ。


「……お聞きします。貴族の誇りとか、そういうことは関係なく答えて下さい」


 政務官たちが困惑したように顔を見合わせる。


「本当はメネズを恐れていたんじゃないですか? あなた方は、犯罪に加担してはいなかったはずです」

「……」


 誰もが言葉を失い、目を伏せる。

 もうメネズはいないはずなのに、どこかその影に怯えているように見えた。


「わたしも、その気持ちはわかります……だって死ぬのは怖いですもの」


 言葉が詰まりそうになる。

 だが、それでも続ける。


「その恐怖が、大切な人の命を奪うことを……恐れていただけなのではないですか?」


 沈黙のあと、一人の政務官が小さく頷いた。


「……逆らえば死か、追放でした」


 その声に、周囲の者たちも次々に静かに頷く。


「だから……権力が他の者に渡るのを恐れているのではないですか? また同じことを繰り返されるかもしれないと」


 室内に、わたしの声が響く。

 政務官たちの反論はなく、ただ俯くだけ。


「心配しないでください。もう悪政は終わりました。これからは全力で町の発展に協力していただけませんか?」

「私は……メネズ様の派閥で……」


 か細い声が返る。

 わたしは机に手を置き、真っ直ぐにその下級貴族を見つめた。


「わたし、思うんです。派閥って、まだ必要ですか?」

「……はっ?」

「町を良くするために、みんな同じ方向を向いているのに、派閥なんて必要ですか?」


 本当は必要ないと、もうわかっているはずだ。


「だ、だが……」

「考えは違っても、目指しているものは同じじゃないですか? 町のために」


 政務官はハッとしたように目を見開き、今にも零れ落ちそうな涙を目に溜めて、ゆっくりと頭を垂れた。


「……申し訳ありません」


 わたしは頷き、はっきりと告げる。


「では、この改革の指揮をあなたに任せます――メネズ派なんてもういないんだと、町のみんなに知らしめて下さい。胸を張って、あなたはトバルの貴族だと」


 わたしの言葉に、俯いていた政務官が顔を上げた。

 その目の奥に、光が宿ったように見える。



「必ず……やり遂げます」



 隣でアゼレアが小さく口元を歪め、ぼそりと呟いた。



「落ちたな……人たらしめ」








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