表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
二章    少女と暴かれる秘密

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/62

44話  トマトは導く ~偶然が必然に変わる時~


 家の中は相変わらず冷たくて、静かで、嫌な匂いがこもっていた。


 所長は淡々と遺体を確認し、次に例のトマトを手に取った。

 腐っているだけじゃない――どこか金属みたいな、薬みたいな匂い。


 それがずっと気になっていた。


 薬と魔石を使って調べた結果を見て、わかった。

 あのトマトには、本当に毒が入っていた。


 魔石が黒く染まっていないから、空気は安全。つまり――毒は食べ物の中。


 しかも家の棚にあった空き瓶からも黒い反応が出た。

 誰かが意図的に仕込んだ毒。

 偶然なんかじゃない。


 胸のざわざわの正体が、少しだけわかった気がした。

 でも、すぐに次の問いが降ってきた。


「さて、ルルーナ。この亡くなった男は何者だと思う?」


 所長の問いが、胸の奥に刺さったままだった。

 その答えを考える間もなく、空気はさらに重くなっていく。




 ◇ ◆ ◇



 死因は病気……あるいは毒殺だろうか。

 だが、所長は何者かと尋ねている。


 そこに何か意味があるはずだ。


 気になるのは空き瓶だ。

 よく見れば、部屋の隅にも空き瓶が転がっている。

 栄養ドリンク程の大きさの空き瓶が、数本ある。


 ……もしも、瓶の中身が毒だと知っていたら……あの空き瓶が全て同じような毒物だったら……じゃぁ、彼はなぜ亡くなったんだろう。


「仮定の域をでません。あくまで現在の情報の範囲内ですが、瓶の中身を知っていたとすれば……犯罪者もしくは、犯罪に加担している者といったところでしょうか」

「ふむ……まあいいだろう」


 ……及第点?


「病死や服毒死、毒殺された者と言わなかっただけ、理由は弱いが良い解答だ」

「所長はどうお考えですか?」


 所長の考えを聞いてみたい。

 この情報から、どう推測するのかを。


「犯罪者の一員だと仮定した。まず、部屋を見回し、トマトの量に注目した」


 やはり犯罪者だった。

 しかし、一員とはどういうことだろう。

 犯罪者が複数人の可能性を、視野に入れているのだろうか。


「量ですか?」


 ……はて? 毒トマトに注目じゃないのか……いきなりわからん。


「一人でこの量は運べまい。その前に傷むだろう。通報の状況からして、近隣住民が協力したわけでもないだろう。売るにしろ、利用するにしろ、ここに協力して運び込んだ者がいる可能性が高い」

「協力者ですか?」

「これだけの量を一人で運ぼうと思うか?」


 ……荷馬車が必要な量だよね。


「いえ、できれば荷馬車ぐらいは欲しいですね」

「では、その荷馬車はどこへ消えた? 死後に盗まれたか? 毒物を所持している犯罪者だと仮定した場合、足がつくのを恐れて荷馬車を手配するとも考えにくい」


 死後に盗むという線もないだろう。

 荷馬車ごと盗んで売ろうなんて、東地区の住人ならさすがに大胆すぎる。


 他で売ろうにも、冬の時期で街道がまともな状態ではないのだ。

 商人でもない東地区の住人が街を出ようとしたら、門で止められ怪しまれるだろう。


 ……門……ん? その前にトマトはどこから運んできたんだろ。


「トマトは街の外から運んだ、と考えられますか?」

「そうだな。この量を街中で仕入れるのは無理だ。そもそも、今の時期は旬ではない。店先に並ぶことすら稀だ」


 ……そうだった。お母さんも珍しいって言ってたもんね。


「運び込んだときの御者と、出て行ったときの御者が同一人物なら門で止められませんよね?」

「そうだな。すでに逃走したならば、今は馬車とともに街の外だ」


 つまり、もう逃げられた可能性が高いということだ。

 わたしの顔に悔しさが見て取れたのか「あくまで推測だ」と、所長は付け加えた。


「次に考えたのは、大量のトマトの利用法だ」

「利用法?」


 あの短時間でどこまで考えていたのか、わたしのスペックと差がありすぎる。


 ……毒入りトマトで何をしようとしたのかってこと?


「誰かを毒殺……いや、無差別にでしょうか?」

「毒を混入したトマトの利用法まで広げる必要はない。選択肢が多すぎる。あくまで普通のトマトだ」

「……毒を混入するため?」

「それを成すには毒が少なすぎないか?」


 言われてみればそうだ。

 大量に普通の傷んだトマトがあるのだ。


「う~ん、全然わかりません……」

「素直でよろしい」


 所長が言うには、この時期のトマトは非常に安く、農家からしてみれば、ただの処分品になる。

 それを大量に所持していることに、注目するべきだと。


「処分品に近いトマトを、大量に運ぶ理由を考えてみなさい」


 ……東地区で配るため? いや、犯罪者がわざわざしないなぁ。


「運ぶ……運ぶ……配る……ん? 何かを作ろうとした? いや……」

「何か気付いたか?」

「お金儲けじゃないのはわかるんですが……」


 いくら頭を捻っても、わたしの頭脳では何もわからない。

 もう頭から湯気が出そうだ。


「ふむ。では、視点を少し変えよう。毒はどこで仕入れたのだ?」

「そりゃぁ、決まって……」


 ……こことは言い切れないなぁ。あれ、街のどこか? いや外だとしたら……。


「どこでしょう?」

「現状では、街の中か外の二択だな」


 所長の顔には、ヒントは与えたぞと書いてある。

 紫色の瞳がじっとわたしを見据えて、答えを待っている。


 ……おかしいな。さっきから所長の考えを聞いてるのに、テストみたいになってるぞこれ。


 毒が街の中で製造されたのであれば、それに見合った量のトマトでいいはずだ。

 外で製造されたなら……いや、わざわざ毒を持ち込むのは面倒なはず。


 そうなるとやはり街の中だろうか。


 ……面倒? なんで? 門兵にバレるから……処罰は困る。なら、バレなきゃ。


 キーワードを並べて整理していくと、頭がクリアになっていき、自分でもよくわからないうちになんとなく口を開いてしまった。


「大量のトマトは毒を運ぶための偽装だった?」


 所長がふっと笑った。どうやら正解のようだ。


「大量の物資の中に、あの毒の小瓶を隠すためという理由が一番筋が通るな。この時期ならトマトも、ただ同然だ。門兵も大袋で大量のトマトが運び込まれたら、個別に袋から出すこともしないだろう」


 ……確かに、そうだね。


「ましてや、商品ではない処分品だ。検査も甘くなる。毒のトマトは運搬中に袋の中で瓶が割れてしまった、あるいは漏れ出したなど、偶然であったと仮定した場合はどうだ?」


 だから、あの袋のトマトだけ異様な腐り方だった。

 もともと混入することが目的ではなかったならば……。


「しっくりきます……でも、瓶が簡単に割れたりしますか?」


 所長が棚に置いてある空き瓶を見た。


「薬品を入れる容器は密閉しないといけないため、少しの漏れも許さないよう特殊な瓶に入れる」


 空気に触れないようにとか、他にも魔法的な要素があるのだろう。


「へぇ~、そうなんですね」

「しかし、強度に欠点がある。非常に脆いのだ。そのため、通常は優れた衝撃、耐水加工が施された箱に厳重に保管されて運搬される。そのような瓶が、剝き出しの状態で運搬されていたのであれば、割れても不思議はない」


 そういうと、棚にあった空き瓶の側面を、机に上にあった木製の匙でコンコンと軽く叩き実演する。

 すると、軽い衝撃なのに瓶にはうっすらと亀裂が見える。


 ……かなり脆いのね。


「でも、仮定の話ですよね?」

「そうだ。あくまで仮定だ」


 なぜか所長を見ていると、確信している気がするのだ。

 そこまでの自信はどこからきているのか。


「疑問か? まるで確信しているようだと」


 ……あっ、バレた。


「……はい」


 少し迷ったように所長の瞳が揺れたが、「聞きたいか?」と問う。

 もう部外者ではない気がするわたしは、こくりと頷いた。



「君はそこの男と出会った時、瓶が割れた音がしたと言った。憶えているか?」

「はい」

「その際、貰ったトマトはどこから取り出した?」


 ……う~ん、地面にあった皮袋だったような。


「地面にあった皮袋から、二つ貰いました」

「男は他に鞄のような物は持っていたか?」

「肩掛けの鞄を持っていたような……」


 所長が小さく頷く。


「だとしたら、その鞄に割れた瓶が入っていたのではないか? 君を抱えた際に割れた音がしたのであれば辻褄が合う。その際、男の服は汚れていたか?」


 ……たしか出血と勘違いしたような。


「はい。脇から腹、肘の辺りが血のような赤だったのでびっくりしましたが……トマトの汁だと……」


 今の会話で、所長は確信がさらに深まったようだ。


「トマトの汁だと偽ることができるように、それを持ち歩いていた可能性があるな」

「ん? ……そうなんですか?」

「皮袋にもトマト。肩掛けの鞄の中身もトマトだと……おかしな話だ。君を抱えた際、男の皮袋は地面にあったのではないか?」


 ……たしかに変だ。でも、わたしの服も汚れたんだし……。


 そこまで考えてゾッとした。


 わたしの服を汚したのは毒だったのではないかと。


「自分の状況を理解したか? 先程のトマトを使った偽装の運搬と、よく似ているな」

「はい……でも、所長はどうやってそれを見抜いたんですか?」


 所長がわたしをじっと見据える。

 その視線によって、全身に鳥肌が立つようなぞわぞわした感覚がする。


 わたしの手も、汗でぐっしょりだ。


「去り際の男の様子を君も知っているではないか。そして、ぶつかっただけで簡単に割れた瓶、青い顔、急いでいた様子。それは薬品の中身が毒だと知っていたからではないのか?」


 あの時の顔が記憶と重なった。


「……あの時、液体はわたしにもかかって……」


 所長は、わたしの言葉を遮らず、静かに続きを待っていた。


「でも、すぐ家で体を拭いて……」

「なるほど」


 所長がわずかに頷く。


「決定的なのは……君がその液体を舐めたことだ。その後、急な発熱、頭痛、全身の痛み、怠さ、吐き気、眩暈といった症状を後に引き起こしたのではなかったか? どこかで聞いた症状だな」


 ……っ!


「そして君は攫われた。三人組らしき男たちに幌付きの荷馬車で。大量のトマトを運ぶのにうってつけの荷馬車だ。少なくともその三名は協力者と考えるのが自然だ」


 ……でも、それじゃぁ……。


「わたしが狙われた理由は突発的だったと……」

「そうだな。偶然触れた毒。その結果、毒の存在が今回のように疑われる可能性を、強引にでも消し去ろうとした結果だろう」


 繋がった。見事に全部繋がってしまった。

 あまりにも出来過ぎな感じがして、膝が震えてくる。


 所長がわたしの様子を伺いながら、静かに横たわっている遺体に視線を移した。


「この男が誘拐の現場に居なかったのは、君よりも大量に浴びた毒のせいかもしれん。舐めただけであの症状だ。男がもっと重い状態だったとしても不思議はない」


 自分の胸の奥で、得体のしれない冷たさが広がっていく。


 男性とぶつかったのは偶然だ。

 でも、その偶然が……わたしは犯人グループの尻尾を掴んだ可能性があるのだ。


 いつの間にか自分が犯罪に巻き込まれていたと考えると、言葉が出ない。


 さらに、現場での状況分析と、わたしからの聞き取りでこれを導き出した所長に、少なからず戦慄が走ったためだ。


 所長はわたしの動揺を見抜いたように、視線をこちらに戻す。


「つまり、この男は毒薬の運び屋の一員だったというわけだ。そして、君との衝突で容器を破損し、自ら中毒死した。死後に残されたトマトが盗まれ、毒が拡散した……筋は通る……まだ仮定だがな。そこはトランの調査を待つとしよう」


 その口調は冷静で、まるで事件の全容がすでに見えているかのようだった。


「君の行動を責める者などいない。だが、この偶然を無駄にすべきではない。この部屋で見たものを忘れるな。最初に言った通り、これは他言無用だ。余計な者を巻き込んではならん」



 所長は紫色の瞳を細め、淡々と告げた。



「……はい」



 わたしは頷き、胸の中で固く、その言葉を繰り返した。










ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


「面白かったなぁ」

「続きはどうなるんだろう?」

「次も読みたい」

「つまらない」


と思いましたら

下部の☆☆☆☆☆から、作品への応援、評価をお願いいたします。


面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。

参考にし、作品に生かそうと思っております。


ブックマークで応援いただけると励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ