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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
二章    少女と暴かれる秘密

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43話  トマトは導く ~違和感の正体~


 初めてのお仕事を終え、褒められて有頂天になっていたのも束の間、ジークが帰りの馬車を用意してくれて、自宅へと戻る。


 馬車の中で一人になると、どうしても調査の現場での映像が頭をよぎる。

 自宅に帰り着いたとき、ようやく息を吐いたけれど……胸の奥のざわつきは収まらなかった。


「お帰りルル。どうしたの? 酷い顔よ」


 帰宅したわたしに声をかけたエステラの第一声だ。


 ……そんなに酷いの? さっきも言われたけど。


 体調が悪いわけではない。

 たぶん、今日の衝撃的な現場で疲労しているのだと思った。


 精霊の助けを借り、その場は平気だったが精神的ショックは受けているということだろう。


「無理してないでしょうね? すぐお姉ちゃんに言うのよ?」

「うん。大丈夫だよ。お姉ちゃん」


 流行り病かもしれない現場へ行ってきた、なんて言えない。


 ……明日もう一回行くんだから、なおさらだよ。


 夕食も終え、「やっとくから、先に寝なよ」とエステラの言葉に甘えて、部屋に戻り布団にもぐる。


 机の上には、読みかけのおろし金の改良案とノックスが用意してくれたメモ用の紙。


 でも、今は文字を追う気になれない。


 目の前に、横たわる冷たい体。

 色を失った顔。

 息をしていない。


 まぶたを閉じても、昼間見た光景が鮮明に蘇る。

 頭の奥に張り付いたみたいに、どうしても消えない。


 心臓が一瞬だけ強く脈打ち、手先が冷たくなっていく。


 怖いわけじゃない。

 けれど……ぞわりと肌の奥から冷えが広がる感覚が、ずっと離れない。


「……あれが、人の……」


 口に出しかけて、途中でやめた。

 言葉にしてしまえば、何かが崩れてしまいそうになる。


 布団から出て、椅子に座っても、立っても、落ち着かない。

 さっきまでの現場の匂いまで、鼻の奥に残っている気がする。


 わたしは自分の手をぎゅっと握った。

 何もできなかった。

 それが、ずっと胸の奥に引っかかっている。


 そして、気づいたらわたしは窓の外を見ていた。

 暗い夜空の向こうに、今日と同じ明日が来るのか……それが、少しだけ信じられなかった。


「はぁ……寝よう」


 ベッドに戻ろうと振り向くと、布団の隙間やら机の下から精霊たちが心配そうに覗き込んでいた。


「主だから、しっかりしないとね……」


 布団にもぐると、めずらしく精霊たちも布団へ潜り込んできた。

 まるでわたしを安心させるように。



 ……なんか多いなぁ。重くはないけど。ふふっ、でもありがとね。




 ◇ ◆ ◇



 後日、二の鐘が鳴ろうとする頃、講義室の扉を開けると机に肩肘をついたトランが待っていた。


「おぉ、おはようございます。さぁ、行きますよ」


 なんとも陽気な声である。


「トランさん、おはようございます……あれ? 所長は?」


 肩をすくめてトランが応えた。


「所長は準備があるそうです。後ほど合流するそうなので、先に現場で待っているようにと」

「わかりました」


 ……朝から準備? あの人なら昨日の内にやっちゃいそうだけど。


 急用でもあったのだろうか。

 いずれにせよ、後から合流するらしいのでトランとともに役所を出て、昨日も通った道を再び歩き始めた。


 わたしたちが再び現場に到着したのとほぼ同時に、ジークの操る馬車も到着した。

 ジークに軽く頭を下げると、御者台からにこりと笑顔を返してくれる。


 馬車が停止すると、ほどなくして御者台から降りたジークが扉を開き「ご苦労」と、落ち着いた声とともに所長が姿を現した。


 綺麗に背筋をまっすぐ伸ばし、紫色の瞳で周りを一瞥する。

 その視線だけで、この場の空気が引き締まった。


 やはり緊張するのか、トランは先程とは打って変わってやや緊張した面持ちで姿勢を正し、わたしと揃って頭を下げる。


 わたしはむしろ逆で、姿勢は正すが胸の緊張が少しほぐれた。


「よく眠れたか?」


 所長が少し気遣うように、わたしに語り掛ける。


「はい」


 ……精霊たちのおかげか、悪夢は見ませんでしたよ。


「ならばよい。今日は馬車で待っていなさい」


 やはり気を遣っているのだろうか。

 昨日の今日で、再び辛い思いをすると考えているのかもしれないが……。


「いえ、わたしも同行します」


 なぜ言うことを聞かんとばかりに、わたしにだけわかるように所長は若干目を細める。

 貴族の言葉を否定しているようなやり取りに、所長が次の言葉を発する前に、トランが慌てて言葉を口にする。


「では所長。こちらです。今、封を解きます」


 トランに先導される所長が、横目でチラリとわたしを見た。


 ……これはお説教コースかもしれない。


 家に足を踏み入れる前、再度、小さな妖精たちが現れる。

 わたしの両肩に陣取ると、手を前で組み、念入りに祈っているようなポーズをとった。


 昨日の力では足りなかったのか、今日は少し長めだ。


 ……ありがとうね。


 念話で感謝を伝えると、妖精たちはサムズアップしてどこぞへと去っていった。


 ……よし! やるか。


 わたしは気合を入れて、二人に続き家に足を踏み入れる。

 とはいえ、特に今回はやることはないので、二人の後ろで待機状態だ。


「こちらが最初の犠牲者と思われます。詳細は報告書の通りで――」


 トランが遺体の前で詳細を語り終える前に、所長は手袋をはめ毛布をめくると、全く表情を変えず遺体を観察し始めた。


「報告通りか……次はあれか」


 今度は無駄のない動きで部屋の隅にある例の大袋の口を開くと、ふわっと異臭が広がった。


 ……やっぱりこうやって嗅ぐと余計に気持ち悪いなぁ。


 所長は眉をひそめもせず、中を覗き込んだ。


「……ふむ」


 所長は、一瞬で何かを見抜いたような目をすると、トマトを一つ摘まみ上げた。


「普通の腐敗じゃないと思うんです。色も……なんだか金属みたいな臭いもして」


 報告書には書いてあると思うが、わたしは慌てて言い足した。


「色合いが不自然だ。熟れすぎたのではなく、外的要因による変色……」


 所長は指先で果肉の割れ目を軽く押すと、赤い汁がじわりと滲み出た。


 所長は鼻先を近づけ、淡々と観察を続ける。


 ……見てるだけで胃がひっくり返りそう。


「酸味の中に……薬品由来の刺激臭が混じっているな。食用としては不適切。摂取すれば何らかの症状を引き起こす可能性が高いだろう」


 わたしは思わず声を飲み込んだ。


「じゃぁ……これが原因ですか?」


 所長はわたしを見やり、短く息を吐く。


「軽々しく断定してはならん。しかし、感染者がこの家から同じもの受け取っていたならば……あるいは」


 トランが横で低く唸る。


「つまり、この家の者が配ったトマトが……」

「トラン。推測を口にする暇があるなら、証拠を確保しろ」


 トランは、はっとした表情で言葉を返す。


「はっ!」


 すぐに行動に移そうとするトランに所長が続ける。


「少し分析を行う。戻ったらジークから許可が出るまで外で待機せよ」

「はい。では行ってまいります」


 所長は「さて……」と呟き、視線を机や棚へと走らせ、他の袋を確認する。


「ルルーナ、君はどうする? この場にとどまるのならば、今からすることは口外してはならん。無駄に情報を漏らすことは、自分の首を絞める行為だと心得なさい」

「……はい」


 少し迷ったが、ここにいようと思う。

 結果を自分の目で見ていたい。


「ここで見ています」

「……そうか」


 所長はジークから大きな鞄を受け取ると、何も言わず扉を閉める。


 外の喧騒は遠のき、室内にはランプの光と薬品の匂いが満ちる。


 わたしは、作業を続けるその背中をじっと見つめた。


 所長は机の上にトマトを置き、手袋をはめ直すと小さな刃物で皮を切り裂く。

 その指先の動きは、まるで外科医のように無駄がない。


 トマトの中から赤黒い汁がどろりと出る。


「なるほど……」


 所長の声は低く、しかしどこか興味深げだった。

 さらに果肉を刃物の先でどけて、内部を観察する。


「これって、何なんです?」


 わたしは思わず身を乗り出す。


「まだ断定はできん。赤すぎる。そして不自然な黒色。自然な熟れ方ではないことは確定だ」


 所長は、切り口から出た汁を小瓶に垂らしていく。


 ある程度の量になったところで、細いガラス棒でかき混ぜ、腰に下げていた小さな瓶に入っていた緑の液体を一滴。


 すると、一気に液体がどす黒く変色した。


「……やはり」


 所長の目が鋭さを増した。


 ……何? あの色は見るからにヤバそうだけど。


 所長が辺りを見渡し、遺体の横にあった乾いた吐瀉物にも一滴垂らすが、こちらは色の変化はなかった。


「だとすると……」


 一体何をしているのかわからないが、今は口を出さない方がいいだろう。

 わたしはじっとその光景を見守った。


「ルルーナ。君に渡した魔石が、何色に変化したらまずいと言ったか覚えているか?」

「黒色です」

「そうだ。空気中に害があるならば黒く染まるはずだ。今は何色だ?」


 そう言われて、わたしは懐から魔石を取り出し確認すると、やはり元の色のままだった。


 ……つまり、空気中に害となるものは存在しない?


「変化していません」


 所長は小さく頷くと、袋から小さな魔石の欠片を手に取り、トマトにぐっと押し込んだ。

 押し込まれた魔石はみるみる黒色に変わり、パリンと音を立て砕け散った。


「えっ!」

「そういうことだ」


 つまりトマトは有害だということだ。


「猛毒ですか?」

「いや、魔石が小さすぎてすぐ砕けただけだ……だが摂取しては命にかかわる毒には変わりない」


 背中を冷汗がつたうのがわかる。やはり、トマトには毒が含まれていたのだ。


 昨日から感じていた胸のざわめきの正体。

 はっきりとしなかった違和感は、たぶんこれだ。


 変な腐り方ではなく、そこに毒があったと認識すると胸のざわめきは弱くなったが、まだ何かある気がする。


 ……なんで、トマトに毒を? この人を殺害しようと?


 次に所長は棚にあった空き瓶を手に取った。


「何をするんですか?」

「すぐわかる」


 所長は手に取った空き瓶に緑の液体を少量入れ、瓶に封をして上下にゆっくりと徐々に速度を上げるように振った。

 すると緑の液体が徐々に黒く染まっていく。


「えっ! 黒色……」

「そうだ。つまり、この瓶の中に毒物が入っていたのだろう。肉眼では見えなくとも瓶の内側に毒の成分が残っている場合もある。覚えておきなさい」

「……はい」


 ……やっぱりこの人は凄い。どこまで見当がついているの?


「さて、ルルーナ。この亡くなった男は何者だと思う?」


 ……どういうこと?


 所長の静かな声が、背中にひやりと突き刺さる。

 

 ……ただの被害者? それとも、もっと別の……?


 わたしの脳裏に、昨日見た顔と、毒の入ったトマトが重なっていった。











ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


「面白かったなぁ」

「続きはどうなるんだろう?」

「次も読みたい」

「つまらない」


と思いましたら

下部の☆☆☆☆☆から、作品への応援、評価をお願いいたします。


面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。

参考にし、作品に生かそうと思っております。


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