39話 問題は増えるもの ~わたしがやりたい事~
光の月、後節。
新年を祝う街の活気が落ち着きを見せ始めた頃、わたしへの厳戒態勢がようやく解かれた。
所長曰く、実行犯が捕まり、狙った理由が突発的な理由だったためだとか。
怯えて暮らす必要はなくなった。
しかし、講義へ行く表向きの理由も無くなってしまったのは痛い。
所長には、まだ教えて欲しいことは沢山あるのに……。
秘密を知っている所長も、危なっかしいわたしを目の届く所には置いておきたいらしく、「母親に相談をして、講義再開の承諾を得なさい」と言われた。
……簡単に言ってくれるよね~。でも、精霊の件もあるしなぁ。
普段の生活に戻り、家と倉庫を往復する日々。
毎夜、不思議空間で講義再開の理由を考える毎日だった。
そんなある日、満面の笑みを浮かべたノックスから、組合という制度が導入されたと聞かされた。
ついに、所長の言っていた政策が施行されたようだ。
それと同時に、領主直々に書面で平民へ告知が行われたらしい。
組合制度導入に伴い、労働力確保を後押しすべく、役所にて掲示板を設置。
広く人材を募集するため、仮にではあるが六等平民へ市民権を貸し与えるという驚くべき内容だった。
……大丈夫なのそれ?
所長の危惧していた問題はどうなったのか。
ノックスの話では、なんと仮ではない市民には、給金を得ている個人単位での税の徴収を開始するらしい。
所謂、所得税である。
今までは店舗のみから徴収していたが、仮の市民権を持つ六等平民からも個人単位で行うらしい。
「個人での申請は不要。全部、雇う側がすることさ。僕らからすれば、何も変わらないよ」
「上手いこと、考えたんだねぇ……」
六等平民のかかる税は若干、高めに設定してあるようだ。
これにより、店側も従業員分の税で負担が増える。
だが、利益分の税が軽減されたことから、ほぼ今まで通りの納税額みたいだ。
これで、積極的に労働力の確保ができるようだ。
人手を増やさない商会は利益からの軽減分の得があり、人手不足に悩む商会はそれを解決できるといった具合だ。
どちらが良いか? などは各経営者の判断に任せる。
頭の良い人たちは、サクサクと制度を決めていったのだろう。
「市民権を与えちゃって、みんな反発はしなかったの?」
「それがさ……ルルも聞いてびっくりするよ」
仮とはいえ市民権を手軽に与えることへの市民の反発が予想されるが、対策案も立てていたようだ。
なんと市民には、治療院の費用を大きく引き下げると発表された。
これには、役所前に集まった平民たちも大騒ぎだったらしい。
もちろん仮の市民権所持者も利用可能だが、市民よりも割高らしい。
この世界には魔法があり、ほとんどの怪我が魔法で治癒されるが、平民には高すぎて利用が難しかったのだ。
それが、度合いにもよるが少額で済むという。
毎節とはいえ、所得税を納付するだけで治療院が利用できるとは、なんとも大盤振る舞いだ。
「いくらか気になるかい?」
「う、うん」
わたしが、気になる顔でもしていたのだろう。
ノックスが、税についても教えてくれた。
所得税も大きな金額ではなく、生活に支障が出る程ではなかった。
今までも店側が払っていたので、特に変わらないようだ。
結局のところ、六等平民以外は、ほぼ今まで通り。
むしろ、治療院を格安で利用できるようになるという、おまけ付きだった。
そこまでしたとしても、街全体の税収は上回ると結論付けたのだろう。
……ぬか石鹸と化粧水の影響って、相当すごいのね。
懸念材料としては、これからも六等平民を労働力として使い、税金逃れを企む商会がありそうだということ。
しかし、仮とはいえ市民権を得られるのに、申請しないで働けと言って、働き手が納得するかという話だ。
どちらにしろ、あとは自己責任の範囲だろう。
ノックスの話は続いたが、途中からわたしも理解が追いつかなくて、重要な部分はこんなところだった。
……ん? ほとんど、わたしと話してた内容じゃない?
どこかで聞いたなと思っていたが、なんてことはない。
講義で所長と話していた内容だった。
わたしの問題を平民の問題に昇華して、それを丸ごと解決してしまったようだ。
……あの人、どんだけ優秀なんだか。
もしかしたら、初めからそれを狙っていたのだろうか。
だとすれば、一体いつからなのか。
……そんなわけないよね。平民間の問題だったんだし。
流石に飛躍しすぎだ。
いくら所長の頭が良いとはいえ、それは考え過ぎだと結論付けた。
◇ ◆ ◇
あれから数日間悩んでいたのに、講義再開の件はすんなり許可が降りてしまった。
精霊たちと一緒に、あれこれ考えてみたが……結局、良いアイデアが思い浮かばなかった。
そこで、思い切ってストレートにお願いしてみたら、お母さんは「あらあら~」と、いつもの笑顔で了承してくれた。
ただし、家事手伝いもあるので制限付きだが。
……あれだけ悩んだのに。
生活スタイルも少し変わった。
組合制度の導入によって、倉庫での作業ができなくなってしまったのだ。
他の従業員がノックスの手伝いにひっきりなしで、わたしの関与がバレてしまう。
とはいえ、特に困ってはいない。
お試し実験はできなくなったが、知識の言い訳に実験の偶然を装う必要がなくなったから……。
わたしが手に入れた最強の言い訳。
講義で聞いた。所長に教えてもらった。
万能調味料みたいに、なんにでも使えるのだ。もうツッコミは怖くない。
せっかく心配がなくなったわけだが、これ以上、何かを作る必要があるのだろうか。
組合制度のおかげで、ぬか石鹸はレント商会以外でも流通を始め、売れれば売れるほど、売上の一部ではあるがレント商会の儲けとなる。
レント商会は大儲けの状態だ。
さらには化粧水が控えている。ぬか石鹸以上に大反響となるに違いない。
……わたしたちって、もう富豪クラスなんじゃない?
数年も待てば、ノックスが開業し自分の店も持てるだろう。
その際、ぬか石鹸や化粧水の所有権がどうなるか次第だけれど、当分はお金の心配もなさそうだ。
「その緩みきった顔をなんとかしなさい」
所長はやれやれといった顔で注意し、休憩中だというのに時間が惜しいと机に向かって筆を走らせていた。
制度の導入のおかげで、役所も大忙しなのだ。
……所長がいるの忘れてた。
「休憩中なのでセーフです」
「はぁ……君の目標は、ほぼ叶ったようなものだ。今後はどうするのだ?」
「今後かぁ、どうしましょう。できれば、生活するにあたって便利な家電は欲しいですね」
「貴族の生活すらも一変するようなものは、控えなさい。領内だけの影響に留まらん。庇いきれんぞ」
……ですよね~。
前に聞いたことがある。例えば冷蔵庫や冷凍庫。
これに代わる物を貴族は持っており、魔石に水の魔力を込め、冷却装置の代わりをしているそうだ。
単純に魔力を込めるのとは違い、属性を操るのは非常に難しいらしく、水の魔力を込める専門の業者もいるとか。
貴族の家を継げなかった者たちが、そういった商売を貴族向けにしているらしい。
ちなみに治療院も、そういった人たちが経営しているみたい。
なので、この魔力の代わりを電気で行った場合、魔力を扱える貴族の優位性が崩れかねない。
電気の開発は貴族全てを敵に回す事態になると、釘を刺されたのだ。
「……ってことは、電気の代わりを魔力で行えばいいのですね?」
「話を聞いていたのか?」
……ちゃんと聞いてましたよ~。
わたしは縦に首をブンブン振って、提案する。
「電気を貴族が生産できれば、貴族の優位性は崩れませんよね?」
所長は「また、非常識な」と、眉根を摘んで呟いた。
「君の話だと、雷の属性が似ているという話だったが、そんな属性を操れる貴族はごく僅かだ」
「電気……いえ、この場合、魔力そのもので作動する物を作れば良いのでは?」
属性がぁ~とか言っているから難しいのだ。
魔力は全ての貴族が持っているので、魔力で動く物を作れば解決ではないか。
発電所のように、魔力を提供できる貴族の優位性は崩れない。
「本気か? ……いや、仮に実現した場合は……」
所長は何やら衝撃を受けたらしい。
それこそ雷に打たれたようだった。
珍しく驚いた表情を見せたと思ったら、目を閉じ沈黙。
熟考モードに入ってしまった。
……まぁ、作れるかはわからないけど。
わたしには、魔力がどういう仕組みなのかサッパリなのだ。
そもそも、電気の作り方だって正直わからない。
電気に代わる物があるのであれば、それを使えば良いと思っただけだ。
属性など関係なく、魔力そのもので動く冷蔵庫を作ればよい。
魔力だけで動く魔道具があるのだ。
頭の良い人たちが集まれば、魔力で動く冷蔵庫も作れるはずである。
「いや、やはり無理だな」
熟考モードから戻った所長が、そう言った。
純粋な魔力を込める作業は難しいらしい。
属性の力を必要としない魔道具に関しては、魔獣や魔物から採取した魔石を使っており、あの魔石は純粋な魔力の塊なのだそうだ。
人が魔力を込めた場合、少なからず属性の偏りが出る。
中途半端に属性が混じってしまうのだという。
例えば、水の魔石の場合、魔力を込めて水の属性の値が規定以上の魔石をそう呼ぶそうだ。
「人や適正によって、出来上がる魔石が違うのですか?」
「そうだ」
「所長、そもそも適正とか火の玉を出す魔法とか、領主様の結界とかどうなってるんです?」
わたしには話したくないのか、所長に凄く嫌な顔で説明された。
基本、魔法とは魔力を放出するだけの行為。
そこを魔法陣や呪文により、純粋な力の効果を変化させたり、属性の部分を増幅させることで、属性を発現させた魔力を放出するらしい。
増幅させても属性を発現できない者は、元々、適性が低く属性魔法が扱えないそうだ。
領主の結界などは、魔法陣と呪文で効果を発現させたもの。
維持するためには、陣に魔力を込めるだけでいい。
普通の設置型魔法と違って自身の魔力という縛りはなく、維持するのは誰の魔力でも可能だそうだ。
……ってことは、誰の魔力でも同じ効果になる魔法陣があるわけだ。
「その魔法陣を組み込めば良いのでは?」
「……領主のみに伝わる秘匿されし魔法陣だ。研究対象などにはできん」
……研究すらできない代物かぁ。
「個人で結界を張れる者はいるが、難しいな」
「誰の魔力でも、っていうのが難しいんですか?」
「そうだな。それもあるが……」
領主の魔法陣の機能が使えれば、広く運用可能な魔力を集めることも可能だ。
だが、解明して使用することは難しい。
「じゃあ、一から作り出すしかないんですね?」
その言葉に、所長は小さく首を横に振った。
つまり、仮に作れたとしても、そんな機能を持つ魔法陣をお披露目などしたら消されるのだろう。
もちろん、わたしが。物理的に。
所長は熟考した際、この答えに辿り着いたから難しいと言わず、無理と言ったのかもしれない。
「じゃあ、隠して自分用だけなら……止めておきます」
「そうしなさい」
……目が怖いですよ?
◇ ◆ ◇
昨晩、前世の記憶を見たおかげで、また夢の中で絶賛迷い中である。
高校進学の進路で悩んでいた時、おばあちゃんに言われた言葉。
「好きなことをすればいいさね。でもねぇ、バチが当たるようことは駄目だよ?」
好きなことをしているつもりなのだけど、なぜあの記憶が流れ込んできたのだろう。
心のどこかで、納得していないのだろうか。
どうしたものだろう。いや、わたしは、どうしたいのだろう。
ダラダラと生活したいと思っているのは変わらない。
だが、この世界で家に引きこもって過ごしたところで、楽しいのだろうか。
前世では、ネットやゲーム、漫画に小説。
クリエイターたちが作った物を提供されていたからこそ、楽しめたのだ。
それは日常的に使用していた家電やパソコン、スマホなどもそうだろう。
インフラが整っていたのも大きい。
しかし、この世界でそれが無いのであれば、引きこもったとしても何もすることなくすぐ飽きる。きっと楽しめないと思う。
何か趣味を見つけることができればあるいはとも考えた。
でも、所長の話を聞く限り、貴族の娯楽も特に琴線に響くものではなかった。
それならば、物作りが元々好きだったこともあり、商会の倉庫で商品を作っていた方が熱中できると思ったぐらいだ。
所長から学べば学ぶ程、この世界は前世とは違う。
制約も多いし、下手をすると死に直結する。
魔力という存在のせいで、貴族が圧倒的な力での支配を可能にしている理不尽な世界だ。
いや、きっと前世の記憶があるせいで理不尽だと感じているだけだろう。
この世界の人々からすれば、それが当たり前なのだから。
……困ったなぁ。
まずは電気と思ってみたものの、貴族の存在が邪魔をする。
魔力に代わる物を作ることは、許されないだろう。
貴族に主導権を握らせようにも、肝心な部分で貴族のルールがそれを許さない。
この先、貴族の世界も変わるかもしれないが、現状は八方塞がりだ。
……夢は叶ったのになぁ。
出会った形は少し変だけど、妖怪たちと意思疎通も交わせた。
……不思議空間限定だけどね。
「はぁ……好きなことかぁ~……にしても、また増えたね」
ここ数日の間に、また精霊たちの数が増した。
どこまで増えるのかは知らないが、ワンルームの部屋ぐらいなら埋め尽くせそうな数だ。
一体、どこから集まって来るのやら。
そのうち、この空間全てを埋め尽くしてしまうのではないか。
「よ~く見ると大きさも違うんだね。大きいと精霊の力も強いとか?」
ピカピカと青く光った。
同じ精霊でも、みんな違う個体みたいだ。
精霊で一括りにされてはいるが、種類も多い。
試しにと種別毎に一列に並んでもらったら、何列もできてしまった。
「おぉ~、こう並ぶと壮観だね~」
せっかく並んでもらったので、種別毎に思い浮かんだ名前を片っ端から付けていった。
妖怪たちには、やはり妖怪の名前というように。
「河童ちゃ~ん」
わたしが呼ぶと、水色の光が集まってきた。
鮮やかな緑色が混ざっているのが河童に見えて、思わず名付けてしまった。
「おおぉ。いいね」
並んでもらうと、わかり易い。
精霊も、白、黄、青、赤、緑、黒系統と、属性の色に分かれているようだ。
色を見ながら名前を考えるのが、なんとも連想クイズのようで夢中になってしまった。
だが、そろそろ時間だ。体のあちこちが透け始めた。
……あの子は、まだだったね。
一際大きい黒い精霊。
光に当たると、藤の花のような優しい紫色になる不思議な黒。
光の反射で白く輝いている部分と紫色。
その色合いが、あの子の髪を思い出させる。
わたしが、妖怪探しをするきっかけになった女の子。
……そっか……まだ途中だった。
「君の名前はヨミ。わたしの大好きな神様の名前から考えてみました」
黒い精霊は戸惑っている様子に見えたが、すぐにわたしの周りを勢いよく飛び回って、嬉しそうにわたしの手の上に止まった。
「気に入った?」
ヨミはゆっくりと青く点滅した。気に入ってくれたようだ。
「ねぇ……捜してる女の子はこの世界に……いるのかな? 会えると思う?」
みんながいるのなら、彼女もいるのではと何度も考えた。
あの子に会えていない。この世界にいるのなら、会いたい。
ずっと聞きたかった。
だけど、否定されるのが怖くて、ずっと聞くことができないでいた問。
わたしが本当にしたいこと――あの子に会って、お礼が言いたい――。
その時、ヨミを筆頭にして、一斉に精霊たちが辺り一面を眩しい程の青い光で満たした。
「そっか……ありがとう…………みんな、ありがとう」
励ますように精霊たちは色鮮やかに光り出し、紫がかった明け方の空のような景色を見せてくれる。
わたしはその光景を見て、精霊たちに精一杯の感謝を伝えるべく、お辞儀をした。
ボロボロと大粒の涙を零しながら、深く深くお辞儀をした。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
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