36話 制度のお話 ~五歳児の宿題~
難しい制度のお話が終わると、その後はわたしが一人の時に行われる、いつもの講義内容だった。
今回は他領との境界線やら、平民街の施設、その成り立ちなど。
とにかく一般常識を学ぶことに変わりない。だが、わたしの世界とは全くの別物だ。
その都度、質問し確認していく。
普通の講義よりも、ずっと時間がかかる。
「……この政策により、東地区の治安は随分と良くなった」
個人での奴隷制度の廃止、奴隷売買の禁止。
この二つの政策に関しては貴族たちからの反対も多かったようだが、現領主は領主派の貴族とともに強行したらしい。
しかし、その効果は大きかったが、反対派の貴族たちとの溝は深まったようだ。
反対派の意見もわかる。
農業中心の地域などは、労働力のほとんどを奴隷に頼っていた。
それを廃止されてしまっては、非常に困るのも理解できた。
……でも、奴隷はねぇ。
わたしの感覚だと禁止は当たり前だと思っていても、説明を聞くと納得もできてしまう。
前世でも、こうした歴史の積み重ねで、現代の制度があるのだと思うと感慨深い。
「所長、その時に奴隷だった人たちは、その後どうなったんですか?」
「犯罪者になった者がほとんどだ」
「はっ? なんでですか」
……奴隷から犯罪者にジョブチェンジしちゃったよ。
元々、犯罪を犯し奴隷落ちした者が大半だったらしい。
他には罪を着せられた者、売られた者など奴隷になった理由も様々だ。
「元犯罪者はそのまま、犯罪奴隷として強制労働だ。奴隷制度の廃止と言っても、領主の管轄になっただけだ。勝手な個人の裁量に任せるよりも良い」
「元犯罪者はわかるんですが……」
……他の人も犯罪者になっちゃったの?
「考えてもみよ。奴隷として長年酷い仕打ちを受けてきた憎悪はどこに向かう?」
「そ、それは……でも」
「勘違いはするな、全てではない。奴隷の主人といっても様々だ。労働力として大事に扱ってきた主人には、そのまま従業員として仕えている者も多い」
……よかった。
恨みを買った主人は仕返しを受けたのだろう。因果応報だ。
しかし、手を出したからには、元奴隷も晴れて犯罪者になってしまったのだ。
だが、そういった例ばかりではないことに、少しほっとした。
「所長、買われた奴隷はわかりました。売れ残った奴隷はどうなったんですか?」
「こういう時の君は鋭いのだな、まったく……」
今日一番の嫌な顔をされた。
「詳細を聞きたいか?」
……え? なんか怖いんですけどその言い方。
「大体で……」
所長は頷くと話を続けた。
「ほとんどは、六等平民になっただけだ」
ホントに大体だった。
「詳細をお願いします」
所長は呆れた溜息をついてわたしを睨むが、その目をわたしは知っている。
やれやれと言いながら、教えてくれる目だ。わたしは学習したのだ。
「アイタァ~ッ!」
ペチンッと、おでこを軽く指で弾かれた。
わたしは読み間違えたようだ。
所長のデコピンはかなり痛かった。絶対赤くなっていることだろう。
おでこを押さえて痛がっていると、デコピンで気が済んだのか、ふっと笑って所長は話をしてくれた。
犯罪者は、そのまま犯罪奴隷。
犯罪記録が無い者は六等平民に。
罪を着せられて奴隷落ちした者は、犯罪の記録は消えないため、同じく犯罪奴隷に。
ただし、確たる証拠の無い者は減刑とされた。
大きく分けると、この三つだった。
六等平民になった者たちは自由の身にはなったが、その後は様々だった。
元の家に戻れた者は、まだいい。
戻れなかった者や家の事情で売られた者は、行く当てもなかった。
「どうしたんでしょう? その人たちは」
「物乞いだ。読み書きが出来る者は、日銭を稼ぐ毎日だろうな。旅人になる者もいる」
「子供たちは……どうしたのですか?」
「……孤児として、物乞いをやっているだろうな」
……やっぱり、そうなるよね。
「所長、奴隷商はどうなったんですか? 自分の仕事を領主様の政策で潰されて、何も言わなかったんですか?」
「反発した貴族同様、反対したが所詮は平民だ。表立って反対意見は言えん。自分たちが贔屓している貴族の反対を押し切られた時点で、撤退準備でもしてたのだろう」
「撤退準備?」
「禁止したのはサンドレアム領だ。商売先を求めて、他領へ逃げ出す準備だ。情報に敏感な者は、奴隷を失う前に逃げ出しただろう」
……なるほどねぇ。
奴隷商も馬鹿ではなかった。商品を取り上げられる前に他領へ逃げた。
つまり、今も他領で奴隷商を続行中。
「さて、そろそろ時間だ。明日の講義は無しだ。ライアットにも伝えておきなさい。それと……言われた課題はしっかり考えておくように」
所長は念を押すように、わたしを見て目を細めた。
……宿題は忘れてなかったみたい。
「……はい。頑張ります」
◇ ◆ ◇
夕食後、僕の部屋を訪れたルルーナにフレデリカの注文量に対して、何人従業員が手伝えば問題ないかと尋ねられた。
製法の流出を懸念しているため、従業員は使えないとわかっているはずなのに、おかしなことを聞くものだと思った。
「製法の流出がないとしたら?」
……ないことを前提? 可愛い妹よ。何を言ってるんだい?
「そうだね。二人もいれば、フレデリカ様の分は問題ないと思うよ」
可愛い妹の問だ。無下にするわけにもいかない。
現状であれば、二人増員すれば問題無い。
だが、欲を言えば五人は欲しい。
今後、量が増えた場合も考えるとそれぐらいは必要だ。
僕がルルーナの新しい商品にかかりきりになる時期があると考えると、もう少し欲しいところだが……。
「フレデリカ様以外の貴族から発注があったら?」
「ん? 以外から?」
……そんなに綺麗な目で見つめて、なんて怖いことを言うんだ。
嫌な予感がする。
まさか、また新しい商品でも作ってしまったのだろうか。
もしくは、フレデリカから新たに貴族の話でも聞いたのだろうか。
「商会の抱える材料を考えると、五人は必要かな。それ以上は逆に倉庫に入りきれないし、作れないね」
僕の言葉にルルーナは「う~ん」と、頭の中で何かを計算しているように見えた。
ルルーナは賢い。突拍子のないことも起こすが、基本的にしっかりと考えて動いているようにも見える。
役所で講義を受けるようになってから、どこかビクビクしていることが少なくなった。
役所で新しい知識を吸収しているようだし、すぐ理解してしまうだろう。
色々な知識を吸収して、視野がさらに広がったのだろうか。
……今までは、言葉を選んでいるような印象だったのに。おっかなびっくりで可愛かったなぁ……。
所長が何者かは、一応、聞いている。
あのプラチナブロンドの髪の男。
貴族なのに子供相手に講義などと心配をしていたが、妹二人の様子を見る限りは問題無さそうで安心した。
子供の無礼も大目に見ているようで、僕の杞憂だったようだ。
……できれば僕が教えたかったけれど。
「孤児院の子供ってさ、従業員として雇える?」
「は?」
また、とんでもないことを言いだした。
孤児院の子を従業員にとは、無理にも程がある。
だが、ルルーナの表情は至って真面目だ。本気で考えている目。ガラス玉のような透き通った目だ。
これはしっかりと考えを聞く必要があった。
「アイナは商会の作業をしてるでしょ。読み書きが可能なら、作業だけでも大丈夫?」
アイナは十分、助けになってくれている。
だが、アイナは計算も多少なら可能だ。他の孤児と比べたら、雲泥の差だ。
「いや、アイナは多少でも計算ができるからね。分量を計ったり、そこはしっかりできないと作業員は難しいかもね」
「計算かぁ~」
冷や汗が流れる。次はどんな言葉が飛んでくるのか。
今、ルルーナは何を考えているのだろう。全く予測出来ない。
従業員ではなく、孤児を作業員として使うつもりなのか。
「アイナって誰に計算を教わったの?」
「レンさんじゃないかな」
「レンさんかぁ~。やっぱりそうだよねぇ」
あくまで、製法の流出がない場合が前提だったはずだ。
しかし、今のルルーナを見ていると、まるでそれを問題視していない。
……講義で何か知ったのかな? それで解決策を?
ルルーナなら可能性はある。
僕が考え付かないだけで、何か方法を見付けたのかもしれない。
であれば、あの聞き方も納得がいく。
「何か思い付いたのかい?」
「う~ん、思い付いたというか、結局のところ労働力がねぇ~」
……労働力の確保の方が、ルルにとって重要なのかな?
労働力が優先。
考えられるのはフレデリカの件で負担をかけてしまったのではないかと考え、何かしら力になりたいと思っている場合だろうか。
……ルルは優しいからなぁ。
僕もあれは失敗だったと反省した。
まさか貴族の注文量があれほどとは、微塵にも思っていなかった。
香りを付ける実験の際、仕事の合間を縫って毒性検査の魔道具を借りに役所へ行った時、偶然にも所長に出くわした。
所長は「いい勉強になったのではないか?」と、まるで分っていたかのように告げた。
たしかに、貴族との取引経験が無い僕には、いい経験だった。
全くもって、その通りだ。
最初の注文の際、お試しとはいえ、今後の取引量を確認するべきだった。
その時点で断ることができるかは別だ。
しかし、書類に起こしておけば、フレデリカも無理に注文することもなかったかもしれない。
貴族は平民の事情など知らない。
それを失念していた僕の落ち度だ。
もしもその件でルルーナが負い目を感じ、労働力不足を解消しようとしているのであれば、申し訳なく思う。
……他の可能性は。
考えただけで、ぞっとした。
周りの商会に知られる前に、大量生産して売ってしまうこと。
製法が流出しても、それを上回る儲けを生み出せばいい。
そしてまた、新しい商品を作っての繰り返し。
……たしかに一時的とはいえ、すごい儲けになる。
まさか、化粧水を作ったのも、それが理由だろうか。
だとすれば、今後、どんどんルルーナの作る商品は加速していく可能性がある。
……ルル、会長にどう説明すればいいんだ。
僕は頭を抱えたくなった。
高い可能性があるだけに、非常に心配だ。
労働力不足もそうだが、なによりルルーナの身が心配だ。
つい先日も目的はわからないが、誘拐されたばかりだというのに、まるで危機感がない。
「お兄ちゃん、新しく五人も商会は雇えるの?」
「まぁ、売上が出れば大丈夫だと思うけど……」
……新しくってことは、やっぱり孤児か? でも、孤児は……。
「ルル、こういうのはなんだけど、あまり事を急ぐのは危険だよ?」
「大丈夫、大丈夫。ただの宿題だから」
「宿題?」
「ああ、えっとね、労働力の確保。どうすればいいかって宿題」
「講義の?」
「うん」
貴族に引き合わせる件から、僕たちの現状は知られていると考えるのが妥当だ。
しかし、所長にルルが商品に関わっているとは、バレていないはず。
フレデリカの好感触を知って、いずれ直面するであろう問題を予測したのだろうか。
僕たちがいずれ直面する問題。労働力の確保。
ルルーナは、それに対する解答を求められているように感じる。
製法の流出は別として、ルルーナには身近な問題を用意することで、考えるように誘導しているように思える。だが、普通の講義でやる内容ではない。
所長もルルーナの賢さに気付いたからこそ、こんな問題を出しているのだろうが……。
……だとすると、製法の流出問題を解決できたわけじゃなさそうだね。
「それなら、無職の人を雇う方法が一般的じゃないかな。奴隷制度があった時は、奴隷を買ってとかね。教育した孤児でも良いと思うけど、教育された孤児っていうのは、非常に稀だからね」
ルルーナがこてりと、首を傾げる。
「無職の人って、どう見分けるの? 直接、聞くのは失礼だよね?」
「ほとんどが従業員の知人だったり、家族だったりかな。紹介って感じだね」
「そっかぁ。他人を雇うことはないのかぁ」
「募集って形なら見たことはあるけどね」
……全部教えちゃうのもいけないし、こんなところかな。
「役所で募集すれば集まりそうだね」
「ん? ルル、何を……」
役所で募集なんて聞いたことがない。
募集は各商会や個人店が、店先で募集する方法だ。
「商会の従業員を募集するのに、役所で募集するのかい?」
「え? 駄目? 人集まりそうだけどなぁ、利益も出るし……」
まるで、なぜそれをしないのかと、心底、不思議そうにルルーナは言う。
「いや、普通は店先でやるんだけど。それは思い浮かばなかったなぁ……」
人が集まる場所で募集すれば、確かに効果的だ。
だが、役所が許可してくれるだろうか。
ルルーナは利益がと言った。仲介料的なものだろうか。
いずれにしても、やはり着眼点が違う。
……凄い。僕なら妹の解答に満点以上をあげたいくらいだ。
「例えば、銀貨一枚で一節の間、役所に張り紙をしてもらうとか。無職の人は自分が得意な仕事を探したいけど、お店の前だけだと場所によってはわからないでしょ? 旅人だって、どこにお店があるかなんて知らないし」
……探す側の視点で考えてるのか。
「それもそうだね。大通りに面したお店以外は、目に付く機会は少ないだろうね」
ルルーナは可愛らしい身振り手振りで、さらに説明を続ける。
「役所にそういう募集の掲示板みたいなのがあれば、無職の人は仕事に就けて、役所は張り紙代で利益は出る。お店はその期間、自分のお店の宣伝も兼ねて募集できて、待っていれば勝手に人は来る。みんな利益があると思うんだよね」
開いた口が塞がらないとは、このことだろう。
もう、商会の労働力を確保する方法から、街全体の労働力の確保の話になっている。なぜ、規模がそこまで飛躍できるのだろうか。
確かに、ルルーナの説明だけ聞いていれば、良いこと尽くめだ。
役所側も店側からの募集要項を張り出すだけだ。
たったそれだけで、随分と各所の苦労が改善される。
……だけどこれは……新しい制度の導入に近いぞ。
役所の許可も必要だが、各商店への説明も必要だろう。
広く告知し、住民にも知られなければ効果も期待薄だ。
そもそも、これは役所が施行するようなものだ。
ただの平民が、おいそれとできる内容じゃない。
……なぜ、所長はこんな課題を出したんだ? いくらルルが賢いからって、これじゃ役所の……役所?
ふと、エステラが頬杖をつきながら、プンプンと怒った顔で愚痴っていたのを思い出した。
――「いっつも不機嫌な顔でさ、面倒くさそうな感じなんだよね。それが急に貴族と引き合わせてやるだなんて、なにか企んでるんじゃない?」
……あの顔は可愛かったなぁ。
所長が何かを企んでいる。言い方は悪いが、何か考えているのはわかった。
エステラの勘は間違っていないと思う。
ルルーナに課題と称して何か違う視点から、打開策を模索しているのではないだろうか。
政策に使えるような何かを。
ルルーナならば、自分たちと全く違った視点でものを考えてしまう。
それにどこか期待でもしているのだろうか。
危害を加えることは無いとは思っている。
それはルルーナの様子を見ればわかる。
ただ利用するだけならば、命令するだけでいいからだ。
しかし、ルルーナの考えは平民の生活を基本に考えている。
貴族にとっては、あまり必要のないことばかりにも感じるのだが……。
……そういえば、所長は平民の苦労を知っていた。
もし、所長が平民の生活を改善するような案を、ルルーナに求めているのだとしたらどうだろうか。
……いや、都合よく考えすぎだね。
「……ちゃん。お兄ちゃん」
聞き惚れるような声がする。
「どうしたんだい、ルル」
「どうしたじゃなくて、大丈夫? 疲れてない?」
考えに没頭してしまい、妹の言葉を聞き逃していた。これは大失態だ。
それにしても、その上目遣いで心配する眼差しは、控えめに言っても最高だ。
「今日はこれぐらいで、寝るね。おやすみ」
「ああ……おやすみ。ルル」
ルルーナは椅子からひょいっと降りて、挨拶を交わして部屋から出ていった。
僕はルルーナの役に立てたのだろうか。宿題と言ってはいたけれど。
……五歳の子供に出す課題じゃないよなぁ。
所長が何を考えているのかは、見当は付かない。
だが、ルルーナを悲しませるようなことだけは、しないでくれよと切に思う。
……さてと、明日もシュワシュワ石を砕かないとなぁ。
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