35話 制度のお話 ~ないなら作ろう新たな制度~
どうしたものだろう。
自らの駄目さ加減に打ちのめされた日の晩。
腕を組み、頭をフル回転して解決策を模索している自分が不思議空間にいた。
わたしの秘密を知られないためとはいえ、これ以上、ノックスたちに負担を強いることはしたくない。
レント商会自体が人手不足なのではなく、あくまでノックスの周辺だけであり、わたしが関わった品の生産と調整で手が足りないのだ。
プカプカと浮かぶ精霊たちも、わたしの周りをくるくると回り「大丈夫?」と、語りかけているようにも見える。
体は動くのに頭は働かない。ゴロゴロと転がりながら唸る。
決して精霊たちと戯れて、癒やしを求めて遊んでいるわけではない。
……くぅ~。わから~ん。
結局、人を雇ったところで生産の過程を知られれば、レシピの流出問題が懸念される。
商品開発に対してわたしの関与は隠せても、この問題は解決出来ない。
……信用できる人物に頼む? 三馬鹿?
却下だ。あの三人だって自分たちの仕事を持っている。
ボランティアでやってもらうような仕事ではない。
やはり、給料を与えて人を雇うしかない。
しかし、そうなると誰が給料を払えばよいのか、雇ったところでその人物を信用できるのだろうか……。
……あれ? 振り出しに戻ったぁ。
仮にわたしが雇用主になったとして、商会の倉庫を作業場として作っているのだ。
他で雇った人間をそんな所に出入りさせていたら、どう考えても非常識だ。
商会から、お咎めがあるのが当たり前だろう。
……先に場所?
では、製造場所を他で用意して、そこで生産するのはどうだろう。
雇った人たちの給金はノックスと儲けを折半して、わたしが払えばいい。
生産する道具自体は、大掛かりな機材は必要としていない。
火と鍋があれば、ぬか石鹸なら可能だ。
……場所は探すとして、レシピ問題は厄介よね。
信用問題。
レシピ流出を懸念している会長を説得しなければ、どの道、場所を用意しても生産が許可されないだろう。
秘密裏にそこで生産して、後でノックスの責任問題になっても困る。
……レシピの流出かぁ。これクリアしないと、どうにも動けないなぁ。
ノックスの話から、この世界では先に世へ送り出しても、真似が当たり前。
大手にすぐ真似されてしまい、独占期間が短いと言っていた。
だから、真似が難しいレシピから作る商品には物凄い価値があり、真似されるまで独占できる。そのぶん、儲けも期待できる。
……料理ですら、レシピがわからないだけで高額だもんね。
流出を懸念しているのなら、流出しても問題無いようにすれば良いのではないか。
……そういえば、著作権ってあるのかな?
問題無い仕組みを作ってしまえばと解決だと思うが、こうなってくると法律的な問題だ。
わたしが決められる範疇を超えている。
でも……聞いてみる価値はあるかもしれない。
◇ ◆ ◇
熟睡したはずなのに、頭の疲れが全く取れないのはいかがなものか。
しかし、今はフレデリカの注文分を確保する件が最優先。
エステラには引き続きノックスの手伝いに専念してもらい、再びわたしは一人ぼっちである。
……今度はちゃんと自分の考えも用意した。さぁ、挽回といこう。
「……という理由でして、著作権関係ってどうなってるのでしょうか?」
お馴染みの講義室で、お馴染みの不機嫌な顔の所長に質問タイムである。
「著作権というものは無いが、許可法と呼ばれるものならばある」
領内で保管されている魔法書や歴史書などの書物は、許可法に守られているそうだ。
普通の書物ならば基本的に制限は無い。
だが、許可法に守られた書物は、然るべき場所に許可を取らなければ犯罪となるようだ。
領独自の魔法書や歴史書、家系図などが該当するらしい。
「生産される商品には、それはないんですか?」
「私の知る限りはな」
これは困った。
法律を作ってくれなどと、無茶は言えない。
しかし、これが解決しなければ先に進めない。
わたしの不安をよそに、所長は机をトントンと指で叩いて考えに耽っている。
「しかし、君の言いたいことは理解した。かなり突拍子もない案だが、一考する余地はあるだろう」
「え? ……いいんですか?」
「領内に発展をもたらすのであればな」
……発展かぁ。規模が違いすぎてわからないよ。
どう説明したらよいか、頭を悩ませる。
上手く説明できれば、突破口が開けるはずだ。
後援者や支援団体など、パトロンと呼ばれる者たちに出資させ、保護をし著作物を守る仕組み。
利益供与を可能にし、お互いに利益の出る案をどう説明したらわかってもらえるだろうか。
「手を出しなさい」
「あっ、はい」
痺れを切らした所長が、例の魔法を使うようだ。
嫌だと言っていたのに、なんだか申し訳ない。
「君は平気なのだろう? ならば問題無い」
……いや、むしろそっちの問題じゃ?
おずおずと出したわたしの手をとり、所長が「繋げ、伝えよ」と呟いた。
……集中。著作権とは……経済に及ぼす影響…………。
かなり長い時間だった。
所長は「いいぞ」と言って手を離すと、目を閉じ再び考えに没頭してしまった。
……長かったけど、理解できるものなの?
思考の邪魔をするわけにもいかない。
わたしは静かに席を立つと、壁際の長椅子に腰をかけて、足をぶらぶらさせながら他の案を模索し始める。
とはいっても、すぐに浮かぶわけもなく、いたずらに時間だけが過ぎていった。
「何をしているのだ君は?」
「はい? 他の案はないかなぁ~と」
……いま、呆れたでしょ?
わたしは怒られる前に椅子へ座り直し、背筋を伸ばして聞く姿勢を取る。
「良い仕組みだ。しかし、貴族たちが納得するかは別だがな」
「無理そうですか?」
やはり無理なのだろうか。法律がホイホイ作られたら大変だとは思うが。
「東の大領地ヴァーニールに似た制度がある」
「あるんですか?」
……あるのか。あれ? わたしの説明がやっぱり下手だったのか。
「厳密に法で整備されているわけではない。商業組合という制度がある。これは貴族は関与しておらず、平民が独自に作ったものだ」
「組合ですか?」
商業組合に登録した商品は、開発者か所属している商会に所有権がある。
そして、所有権を持っている者に売上の一部を支払うことで、許可を取り製法を知ることが可能になるそうだ。
組合は許可証の発行や、組合への登録料、仲介などで成り立っているらしい。
「領外へ知られたり、組合が勝手に製法を横流しする心配はないんですか?」
「どこにでも愚かな者はいるが……」
領外へ売る際は、領内で製法を独占しているので、わざわざ外へ製法を流す者は皆無だそうだ。
領内で許可もなく商品を扱えば、組合内の商会を敵に回すことになる。
こちらも同様に、そんな馬鹿な者はいない。
「自分たちの利益を捨てるようなものだからな」
「……なるほど」
しかし、過去にはあったようだ。
身分を偽った従業員に、情報を領外へ持ち逃げされてしまったらしい。
それ以来、他領の者の身分を偽れないように、身元保証人を用意するなど、この制度を守っているようだ。
「それって、貴族が無理にでも聞き出したりしないんですか?」
「そのための許可証だ。組合全体が知っているのだ。聞き出す必要がない。組合に所属している商会には貴族の後ろ盾を持っている者たちもいる。それを全て敵に回す者もおるまい」
「あっ、そっかぁ」
……うまい制度を作ったもんだね。ヴァーニールだっけ。
それならばどうして、サンドレアムではその制度がないのだろうか。
そのような前例があるのであれば、導入してもいいはずなのに……。
「そんな顔をするな。君の感覚ならば、そう思うのも無理はない」
所長は眉を寄せて言った。
領内の商人は流出を恐れて自らの販路しか使わず、広く流通しない。
それなのに、他者の台頭を嫌い、小さな枠組みの中で争い合っている才覚のない商会が多いのだと。
商会が独占して売っても、目新しさだけで長続きもしない。
その程度の魅力しかない商品ばかりなのだ。
そこで貴族は、商会を通じて自分好みの商品を領外から取り寄せているらしい。
「そのような者たちに、ヴァーニールの制度の重要性などわかるまい。制度を導入しても、今の状態では大した利益にならんだろうからな」
本当にどうしようもないと、所長は頭を振る。
サンドレアムの商人たちは、ヴァーニールのような制度を作る意味を見出してはいないようだ。
自らの儲けしか考えていない商人たちを納得させるには、それ以上の儲けを出させる必要がある。
「じゃぁ、どうしましょう?」
「今は魅力ある商品があるではないか。誰もが欲しがる商品が」
……ぬか石鹸か。
所長がわたしの目を見て話を続ける。
「自分も使いたい、自分の商会で扱いたいと争いになるだろう? 我先にと販路を広げ、領外にも売りに行くだろう。それを領内の商会が、こぞって行うのだ」
「……でも、知られると困るわけでして」
所長が小さく頷く。
「そうだな。だが、制度を作れば組合の商会を警戒しないで済む。レント商会としては儲けも大きいうえに、危険も回避できる。飛びつくだろうな」
……確かにそうだね。
「あとはサルボ商会をはじめ、各商会を説得すればいい。こちらも商品を見れば、扱いたいと申し出るはずだ。販路が多い商会ほど、儲けは多いからな」
ぬか石鹸を所有しているレント商会。
そして、他の商会に影響力のある大商会サルボ。
両者を説得できれば、後は勝手にサルボ商会が各商会を説得するだろうと、所長は言った。
「サルボ商会を中心とした商会で、組合を運営するんですか?」
「いや、組合に関しては役所が管理すれば問題なかろう」
わたしは首を傾げた。てっきり、商会で管理する話だと思ったからだ。
「管理は役所ですか?」
「そうだ。平民の制度を施行するのは役所の仕事だ」
「それはそうですけど……そんなにすぐ制度の施行って、できるんですか?」
所長は「役所の最高責任者は誰だ?」と、悪い笑みを浮かべた。
……そうでした。あなたでした。
「それに、その方が都合が良い。商会の者に任せるよりも、領内の利益を理由に、後ろ盾になっている貴族たちにも中立でいられるうえ、最大の後ろ盾もある」
「最大の後ろ盾?」
所長は机の上に手を組んで意地悪く、常識テストでもするように尋ねた。
「役所の運営は誰の管轄だ?」
……役所の管轄って……。
「あっ……領主、様?」
「そうだ」
……うわぁ~、そりゃ強いわ。
「え~っと、そこまではわかりました。でも、レント会長にはどう説明を? お兄ちゃんもわたしも、レント会長を説得はできません。所長がするんですか?」
今日のわたしは、一味違うのだ。よく気付いたと自分を褒めてやりたい。
ノックスは制度の件を知らないし、わたしが会長の説得など不可能だ。
会長相手に難しい説明なんて、絶対したくないからではない……決してない。
わたしは、机の下でグッと拳を握る。
……今日はちゃんと考えてますっ! さぁ、どうです。
だが、そんな質問は想定済みだったのか「私は、そんな面倒な説明などしない」と言いながら、所長は口の端をわずかに上げる。
「いるではないか。適役が」
「……うん? う~ん?」
……だれ?
なぜだろうか。
質問をしたのに、わたしが答える羽目になってしまった。
わたしが天井を見上げ唸っていると、なぜ気が付かないとでも言いたげな所長の顔に、呆れの色が濃くなった。
「……ぬか石鹸に、ご満悦だった貴族を忘れたか」
「あああぁ~」
……いましたね。スッキリしました。
「でも、フレデリカ様からしたら独占でも問題ないのでは?」
……後ろ盾になるなら、商会とレシピは守れる。レシピの流出に警戒すれば問題ないわけで。でも、制度を作ってくれないと、わたしたちは困るんだよね。
「化粧水を開発してしまうような将来有望な者たちが狙われるのは、彼女も本望ではないだろう?」
「それは……どういうことでしょう?」
……もうちょっと、ヒント下さい。
所長は眉間に皺を寄せ「まったく、君は」と呟き、ヒントをくれた。
「ぬか石鹸の比ではないと、言わなかったか?」
「……つまり?」
所長は「やはり説明が必要か」と、諦めた口調でストレートに教えてくれた。
「化粧水が表に出るとしたら? 領内全ての女性貴族を敵に回して、守り切れると思うか?」
「それはフレデリカ様でも…………それでフレデリカ様にとっても制度が絶対に必要になる?」
「そうだ。これで理解できたな」
わたしはコクリと頷いた。
……フレデリカ様も同時に追い詰めてたのか、この人は。怖すぎるよ。
一人で勝手に戦慄していると、所長は深く考え込むように視線を落とした。
しばし沈黙の後、顔を上げ口を開いた。
「さて、これで外部に生産過程が知られてもよい状況が整う。肝心の労働力はどうするつもりなのだ?」
わたしの考えを聞きたいのか、それともただ試しているだけなのか。
もしくは、その両方か。
所長の表情からは読み取れない。
「えっと……まだ何も考えてませんが、過程が知られても大丈夫なら、レント商会の従業員で足りるのでは?」
「貴族一人の試しの発注量で騒いでいるのだぞ? 本当に良いのか?」
わたしの頭ではレシピの問題だけで精一杯なのだ。
そんな先まで、予測は出来ない。
「お兄ちゃんに、確認してから、そのぉ……少し考えてみます」
所長は「そうしなさい」と、少し満足そうだった。
……もしかして、今の答えが正解だったの? やったね!
「では、次の講義までには少し考えておきなさい」
……あっ、宿題になっちゃった。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
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「次も読みたい」
「つまらない」
と思いましたら
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
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