31話 成功と失敗 ~化粧水と研究マニア~
新年早々、わたしのペンダントを見て「娘に男がぁ」と騒いでいたお父さん。
お母さんがなだめるのを横目に、お茶をすすりながら表裏が無いお父さんはやっぱりいいなぁと、わたしは改めて感じていた。
……うん。こっちのほうが断然いい。
ここ最近、所長と話す機会が多いせいか、素直なお父さんが眩しく見える。
所長のおかげで、お父さんの良さを再確認した、今日この頃である。
……そろそろ、ご機嫌取りを。
「これ、お父さんに贈ってもらった石を、ペンダントに加工してもらったんだよ」
その一言で、お父さんはパァッと笑顔になる。
お母さんは「あらあら~」と、頬に手を当て終始にこやかだ。
「……そうだと思ってたんだ。この石、似てるなぁ~ってなぁ」
エステラは呆れ顔だが、わたしはやっぱりいいなぁと思う。
「あらあら~……ねぇ、あなた……私にはないのかしら?」
「えっ……あ、あるに決まってる……だろ」
……お父さん、明日の訓練、頑張ってね。
◇ ◆ ◇
エステラは休日中のお父さんと森の浅い場所で訓練なので、今日の講義はお休みだ。
フレデリカも貴族関連の用事のため、作法の講義もお休みである。
……チャンス到来。
わたしはというと、一人なのをいいことに所長へ質問タイムである。
「所長、どくだみって花はありますか?」
会長の奥さんが持っていた品や、フレデリカを見て思い付いた。
化粧品で勝負するなら、保水や肌荒れ対策が必要になりそうだと考えた。
結果、前世では手軽に採取できたどくだみが、わたしの中で候補に挙がった。
この世界にあるかわからないので、そこで所長の出番である。
中庭に薬草を植えちゃう人なら、もしかしたらと思って聞いてみたのだ。
「殺したい相手でもいるのか?」
真顔で物騒な言葉が飛んできた。
「なんでそうなるんですか?」
わたしは慌てて首を横に振り、否定する。
「ドクダミは二種類あって、一般的には魔素で変異した黒い花を使う場合が多い。これを沸騰させた水に漬け込み、ブラッドスネークの肝と混ぜると即効性のある毒が出来上がる。非常に手軽で効きも良い」
……一般的に使うのが、即効性の毒とか物騒すぎる。
「……そっちじゃない方は?」
「変異してない白い花は……そうだな、炎症やかぶれに効くはずだ」
……なんでそっちは断言しないのよ。
「白い花は、一般的に使わないんですか?」
「私は使うが、貴族は魔法で治そうとするからな。他人で試した経験はない」
……魔法か。コンチクショー!
「なんで所長は使うんです?」
所長が言うには、治癒魔法は表面的に傷を塞ぐ。
外傷であれば効果的だが、体内の傷には効き目が薄いらしい。
骨折等も治せるが、時間はかかる。内臓の傷も同様だが、こちらは高等治癒魔法で治すのが一般的だそうだ。
炎症やかぶれなど、表面的には綺麗に治ったと思っていても、毒性によるものであれば再発しやすい。
体内に化膿した部位や毒素が残っている場合、やはり薬や軟膏にしたほうがいい場合もあるようだ。
「高等治癒魔法ならば、話は別だがな」
……やっぱり、詳しいなぁ。
「貴族の女性も、炎症やかぶれた場合はやっぱり魔法ですか?」
「魔法だな。特に顔などに出た場合などは、早急に治す必要がある。貴族とは外見を気にする生き物だからな。金はかかっても高等魔法で行う」
……貴族って面倒だなぁ。
「なら、化粧水や保水液みたいなのって、貴族は持ってるんでしょうか?」
所長は眉間に皺を寄せ、目を閉じて記憶を引っ張り出すように答える。
「……いや、女性は持っているかわからんが、そのような物は聞かないな」
わたしの目を見て「さては、作る気か?」と、聞いてきた。
「なければ……作ったり……作らなかったり」
「作れるんだな?」
……圧が怖いです。
「材料があれば」
「他には何が必要だ?」
……なんで、こんなに食いつきが良いんだ。
「エタノール、グリセリン、水だったかと……」
「エタノールにグリセリン?」
グリセリンは、オリーブ油か蜂蜜で代用が可能だったはず。
エタノールについては、わたしが前世で使ったのは入手が容易だったホワイトリカーだ。
草むしりをしてかぶれた腕に、おばあちゃんの手作り軟膏をよく塗ってもらった記憶がある。
この世界にはあるのだろうか。
なければ、消毒用や無水エタノールを水で割ればよいのだが……。
……消毒用ってたしか、商会のお店で見たような。
「グリセリンの代わりは、オリーブ油か蜂蜜で大丈夫です」
「ふむ、それは問題ない。エタノールとは?」
「別の言い方だと、酒精とかアルコールとか」
少し間があって、所長の眉がぴくりと動いた。
「消毒液や酒に含まれる成分か?」
「それです」
……濃度の説明をどうすればいいんだろう?
「あれを使うのか? 強すぎると逆に肌が痛むのではないか?」
「そうなんです。濃度的には3割から4割ぐらいの濃度で……う~ん、説明が難しいです」
所長は顎に手を当て、少し考え込んだ。
「……ルルーナ。私の手を握って目を閉じ、君が学んだエタノールの作り方の記憶を思い浮かべなさい」
「ほぇ?」
所長は、わたしが手を握ると囁くような声で「繋げ、伝えよ」と小さく呟く。
しばらく、目を閉じて待っていると「もう、よいぞ」と、声が聞こえた。
「大体は理解した……杞憂だったな」
……理解した?
「えっと、なにしたんですか所長?」
「君の見た記憶を、私にも見せてもらったのだ。君の世界の言葉が理解できるのか心配だったが、君が理解してさえいれば文字や言葉も問題無さそうだ」
……それを最初からやればいいんじゃ?
「それを使えば早くないですか?」
「気分的に、あまり使いたくないのでな」
所長は「やれやれ」と軽く首を振り、納得していないわたしに理由を教えてくれた。
本来は犯罪の共犯者を探し出す時や、犯罪の目撃証言などを精査するために使う魔法らしく、滅多に使う機会はないのだという。
相手との波長が合わなければ使えないし、使う条件も難しい魔法だそうだ。
わたしとは念話が通じるので、波長は合うとわかってはいるが、わたしの場合、異世界での記憶だ。
わたしの目や耳を通した文字や言葉が、そのまま理解できるかが問題だったようだ。
「使わないに越したことはないのだがな。本来、犯罪者にかける類の魔法だ」
……犯罪者にかけるような魔法を、一般人に使いたくないのかな? 便利だから、使ってもいいのになぁ。
「便利そうだし、わたしは気にしませんよ?」
「……はぁ」
……なぜ、溜息を。
それにしても、たった数分。
エタノールを説明した記憶の映像だけで理解してしまうなんて、やはり頭脳が違うのだろうか。
……恐るべし。
「しかし、あの説明をしていた女性はなんだ? 実験をする姿にも見えなかったが、抽出する手際も酷かったぞ」
動画内のお姉さんに文句を言わないでほしい。
あれは、カンペを見て説明するだけの科学のお姉さんだ。
「まぁまぁ、わかったんだし」
「最後の奇妙な生物もだ。なんだあの黄色い熊のような魔物は……言葉を喋っていたぞ。理解できん」
……それ、番組マスコットのガックンです。
黄色い熊のような体型で、お腹に黒い雷のマークを横にしたような模様。
さらに頭には避雷針が刺さっているという、なかなか奇抜なマスコットだ。
所長は納得がいかないのか、眉を寄せている。
どうやら、お姉さんの実験に対する姿勢とマスコットのガックンが、お気に召さなかったようだ。
「では、行くぞ」
……はい? 今からですかっ?
◇ ◆ ◇
わたしはジークに手配してもらった馬車に乗り込んで、所長の屋敷の前に到着した。
スタスタと前を歩く所長の後を必死に追い、屋敷の裏庭らしき場所に来ていた。
ぐるりと辺りを見渡せば、裏庭の日陰にドクダミの白い花が咲いているのがわかる。
ちなみに馬車の中で所長から聞いたが、ドクダミは水の月から火の月が最も盛んな繁殖時期らしい。
「……夏じゃなかったんですか? ドクダミの花って」
「ここは小さな結界が張ってある。温度を一定にして環境を整えているのだ」
わたしの呟いた疑問に、サクッと所長が答えた。
やはり魔法は万能である。ハウス栽培よりも効率がよさそうだ。
「ドクダミはこれだけで足りるか?」
「試作なので、これで十分です」
わたしは屈んで白い花の部分と葉を摘みながら、他の材料についても尋ねる。
「所長、他の材りょ――」
「問題無い」
……返答が早いんですけど。
わたしはドクダミを摘み終わると、用意してもらった籠に入れ、所長の私室へ向かう。
私室の前には既に他の材料を準備していたジークが待っており、わたしは頭を下げ、部屋へ入る。
……準備も早い。
「濃度の調整は私が行う。君は、葉の汚れを綺麗に洗い落としなさい」
「はい」
室内で無言のまま、各自集中して作業を行う。
わたしは水で葉の汚れを落とし、一枚一枚、丁寧に乾かす。
所長は手慣れた感じで蒸留器みたいな器具を操り、計測器のような器具と、にらめっこしていた。
「所長、これ乾くまでどうしましょう?」
「全部、机に広げておきなさい。こっちが終わったら、まとめて乾かす」
……乾燥も魔法かぁ。
所長は二度三度と同じ工程を繰り返していたが、無事、濃度の調整が終わったようだ。
後ろを振り返り、机の上に葉を広げてあるのを確認して「よし」と、頷いた。
わたしは魔法が見える位置に移動し、魔法をじっくり観察。
と思ったのだが、所長は広げてあった葉に手をサッとかざして、あっという間に葉を乾かしてしまった。
……はやっ。
「これをエタノールに漬け込むんだったな?」
「はい。花の場合は二、三日したら原液の完成です。葉のみの方は一節程かかると思います。原液をろ過した物をハチミツと混ぜ合わせて、化粧水は完成です」
おばあちゃんと何度も作った、お手製軟膏。
この待ってる時間が、ワクワクするのだ。
調整したエタノールと花を容器に移し終える。
容器の蓋を閉め、所長は目を閉じると、容器を両手で包み込むように持った。
……もしかして。
所長が何やら呟くと、手の周りが淡く光り、どんどん容器内のエタノールの色が変化していく。
……うわぁ~、寝かせる必要もなかったかぁ。
「こんなものか。どれ、そちらもやるか」
「どうぞ、どうぞ」
葉だけの方も、同じような作業を施す。
机の上に、多少の濁りはあるが透き通った液体と、ドクダミの葉の色がしっかりわかる茶色い液体の二つの原液が、短時間で出来上がってしまった。
煮沸消毒したそれぞれの瓶に、原液をろ過した液体を注いでいく。
前世では時間的に大変だったが、なんともあっさりと出来上がってしまった。
「ハチミツは混ぜなくてよいのか?」
「ハチミツは混ぜると保存期間が短くなるので、小瓶に使う前に投入して混ぜるか、使う分だけ混ぜると持ちがいいです」
「では、少し使ってみるか」
所長は使う分量をさじに出し、微量のハチミツと混ぜ合わせる。
……今、手が光ったような?
「手を出しなさい」
……そこは、わたしなのね。
わたしの手の甲に化粧水を塗り、反応を確かめる。
……スースーも、ヒリヒリ感も無い。
薄く伸ばしてみたが、会長の奥さんが使っていた化粧品よりも伸びがよく、しっとりとして保水成分もバッチリな気がする。
……これ、イケるでしょ?
「毒性はないから、少し早めるぞ」
……早める?
ハテナマークのわたしを気にせず、所長はわたしの手の甲に自らの手を重ね「成長、促せ」と、呟いた。
手が光に包まれると、ぽかぽかじんわりと手の甲が温かい。
「おぉ~」
「うむ。肌は荒れてはいないな。成功だ。こういう作り方もあるのか……」
……パッチテストも短縮したのね。
「その容器は、そのまま持ち帰りなさい。私はこの小さい方でよい」
「いいんですか? せっかくの原液ですよ?」
「かまわん。私の場合、たいして時間はかからん。だが、君たちの場合はそうもいかんだろう?」
……それはそうだけど。
「実験の駄賃だ。良い結果だったからな」
ふっと笑った所長は、珍しく上機嫌なようだ。
……楽しそうだから、断らないでもらっておくか。
「ありがとうございます。でもこれ、どう運びましょう?」
「ジークに頼んで、商会の倉庫にでも運んでもらいなさい」
……おぉ、至れり尽くせり。
「ルルーナ、この化粧水は、ぬか石鹸の比ではない。もし、商品化する場合は後に起こる影響を十分に考慮しなさい」
所長は、先程とは違う真剣な表情でそう言った。これは帰って会議が必要そうだ。
この化粧水作製でわかったのは、魔法は非常に便利なことや、所長は実験好きだということだ。
きっと、未知の新しい実験をするのが好きなのだろう。
しかし、間違ってもノックスと、共同作業をさせちゃいけない。
……混ぜるな危険レベルだね。
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