29話 増えたり増やしたり ~いざ、マナー講義~
「なんか、多くなってない?」
ノックスたちと作戦会議があった夜、わたしは数日ぶりの不思議空間にいた。
ふわふわと精霊たちが浮いているのはいつも通りなのだが、とにかく数が多い。
数えるのも面倒だったので気にはしていなかったが、目に見えて多くなっているのはどうしたものか。
「いつもより、いっぱいいるねぇ。今日は寒いから?」
とりあえず、天候の会話から入る。わたしには鋭い直感力は無いのだ。
「うん、うん」
無事、赤色だった。いきなり正解なんて当てられない。いつものことだ。
腕が動くようになって、わたしは水をすくうように手のひらを合わせると、手の上に精霊たちが集まってきた。
こうしてみると、ふわふわ毛玉の妖精のようにも見える。感触も毛玉のようで触り心地がよい。
……指先で、こちょこちょっと。
精霊たちがぷるぷると震えて、指の間をするり、するりと移動していく。
「わぁ~、かわいい。気持ちいいの?」
……手触り最高。
ゆっくりと青色の点滅を繰り返した。
ケモナーの血が騒ぎ、もふもふ触って可愛がる。
モフるのは有効なようで、入れ代わり立ち代わり、精霊たちが手のひらに集まってくる。
実に大好評のようだ。
「おぉ~よしよし。よぉ~し、よしよし」
わたしは体が透けてきたのにも気付かず、目が覚めるまで夢中でモフり続けた。
気付けば朝になっていた。
睡眠時間は取れているはずだが、寝たなぁ~という実感はまるでなかった。
パタパタと、扉の向こうから足音が聞こえる。
お母さんが朝食の準備をしているのだろう。
顔を横に向けて確認すると、エステラの姿はない。
もう起きて、洗濯でもしているのかもしれない。
……わたしが外に出れないからねぇ。
「さてと、起きますか」
ゴワゴワした布団と寝ぼけて握りしめていた毛布をどけて這い出すと、小さな窓を少し開け、外の明かりを部屋へ入れる。
差し込む光に、埃が舞っている様子がなんだか精霊たちに見えて、自然と微笑んでしまう。
「今日も、頑張るからね」
わたしはそう呟いて、部屋の扉に手をかけた。
◇ ◆ ◇
「所長、あの~、お話が……」
「少し待ちなさい」
所長は講義の手を止め、部屋の四隅に小さな石を置き「遮れ」と、呟いた。
「その石はなんですか?」
「魔石だ。魔素の塊のような物だ。今日はエステラがいないとはいえ、誰が聞いているかわからんからな。声を遮る結界を張った」
……全然わからないけど、これが魔法なのかな?
今日は訓練で使う弓の調整をしているので、工房に用事があるエステラはお休みだ。
タイミングが良かったので、昨晩の事を聞いてみることにした。
所長が椅子に座り直し「それで、話とはなんだ?」と、聞き返してきたので、わたしは姿勢を正して話の続きを始めた。
「夢の中で精霊たちの数が、どんどん増えてるんですけど……どうしてかわかりますか?」
所長は「まったく、いきなりだな。数が増えるなど非常識な……」と言って、不機嫌そうな顔がさらに皺を増やし、目を閉じた。
「考えられるのは、冬の到来で居心地が悪い場所から、君の元へと集まった可能性。それと、冬になったことで、冬に由来する精霊たちが君の元へ訪れた可能性がある。もしくは、両方か……」
あの空間の居心地が良いのだろうか。
わたしは、しっくりこなくて首を傾げる。
「居心地がいいから? ですか」
「そうだ。精霊にとって居心地の良い場所がある。草木が多い森や水辺、山や川、あらゆる場所に存在する」
……ほほぉ。
「元々、君の傍は居心地が良い可能性があるのでな」
……わたしのそばかぁ。
「あくまで可能性だ。断言はできん。どちらにせよ、普通はありえん」
……常識さんから嫌われてるのか、わたしは。
「よくわかりました。それでですね……」
「まだ、何かあったのか?」
所長は溜息をついて、嫌そうな顔で先を促す。
「こっちが本命なんですが……」
「ほう?」
所長の表情に真剣味が増した。
「精霊って、モフモフすると喜ぶんですっ!」
所長は眉間に皺を寄せ、理解に苦しむ表情で問う。
「喜ぶ? モフモフとは、一体なんだ?」
「え~っと……こう」
手振り身振りでモフモフを再現すると、頭にチョップが飛んできた。
「あいたぁぁっ」
「まさかとは思うが……それだけか?」
……怖い笑顔ですねぇ。
「それだけか?」
「……ひゃい」
所長は席を立つと、わたしの耳元で「あの魔石は小さくとも、なかなかの値が張るのだぞ」と、甘い声で呟いた。
「うひゃぁっ」
わたしは、ゾクッとして額に冷や汗を流し、即、姿勢を正す。
……肝に命じます。
◇ ◆ ◇
魔石は無駄にするなと学んでから数日経ち、所長は貴族との打ち合わせのため、不在。
今日の講義は休みだ。
わたしは、お父さんがいる店の倉庫で、ぬか石鹸の調整に費やしている。
髪用、体用、全身用と小分けにして、瓶に詰めていく作業をこなす。
これで三種類。
余っていたぬか石鹸と、残った素材で作り足した分で、貴族に渡す最低限の数は確保できた。
ぬか石鹸から、保水液なども作れそうな気がするが、それは別の機会にしよう。
いきなり貴族たちに広めるのではなく、講師の貴族のみに特別感を持たせて、独占で卸していこうと決まった。
あとは貴族が勝手にお裾分け、口コミで広まるのを待つ作戦だ。
ノックスの予想では、春頃になれば追加の材料も仕入れることができるので、数を増やすのはそれからだという。
「ふぅ~、こんなもんかな」
「兄さん、こっちの余りはどうするの?」
瓶を箱に詰めていたエステラが、残りのぬか石鹸についてノックスに指示を仰いでいた。
ノックスは額の汗を拭って、作業机を指差した。
「そっちは香り付けの試作品に使うから、その辺に置いておいて」
貴族はどんな香りを好むのだろうか。
バラやラベンダーのような花の香りと、柑橘系の香りも用意したいところだが、今ある量では、あれもこれも試す量は残っていない。
「お兄ちゃん、それで足りる? 洗剤の分は?」
「香りが綺麗に付くか試すだけだから、しっかり作るのは貴族の反応を見てからだね。洗剤の分も確保してあるから大丈夫」
ノックスも理解していたようで、これなら心配はなさそうだ。
ついに、マナー講義当日がやってきた。
いつも通り役所前でジークと待ち合わせ、貴族街を抜け屋敷へと馬車で向かう。
屋敷の前には、既に豪華な装飾の馬車が止まっていた。例の講師の馬車だろう。
緊張気味のわたしたちは客室へ案内され、所長を待つ。
扉の向こうから足音が聞こえたのを合図に、エステラと二人で席を立ち頭を下げる。
カチャリと扉が開かれ、所長に続いて例の貴族が入って来た。
「どうぞ、こちらへ」
ジークが貴族に椅子を勧める声がする。
「おもてを上げよ」
所長の声と同時に顔を上げる。
目だけで貴族を見れば、金色の長い髪を編み上げた女性だった。
美しい翡翠色の瞳、目鼻立ちは整っており、姿勢良く優雅に座る姿は、まさに貴族といった感じだった。
……うん。極上の美人さんだ、これは。
「こちらはフレデリカ様だ。二人とも、今日より作法を学ぶこととなる。無礼のないように」
「「はい、よろしくお願いします」」
所長から紹介されると、フレデリカは軽く会釈をして、わたしたちを見つめ微笑んだ。
「ふふっ。可愛らしい生徒さんですね」
柔らかい声だ。お母さんと似ているが、むらがなく、よく通る声をしている。
紹介を終えると、所長は仕事があるのかジークを伴って早々に退出していった。
ただ、去り際に頭をポンッと叩き、耳元で「気負いすぎるな」と、声をかけてくれる。
……優しいんだか、厳しいんだか。
悪い気はしない。普段厳しい人に励まされると、なんだかやる気になってくる。
所長の場合、ただ単純に緊張しすぎだと言っているだけかもしれないが。
……さぁ、やりますか。相手は将来の金の木だ。
やる気になったはいいが講義は始まらず、三人で茶菓子を囲んで優雅にお茶をしている。
「お行儀がいいのね。なんだか、お人形さんみたいで可愛いわぁ」
「はあ……」
容姿を褒められ慣れてないせいで、なんだか気恥ずかしい。
エステラも顔を赤らめ、机の下でモジモジしている。
こんな姿はレンさんと話している時以外、見たことがない。
貴族の行いを否定するみたいで口にはしたくはないが、多少の無礼は承知の上だと尋ねてみる。
「フレデリカ様、あのぉ……講義の方は?」
軽く手をポンッと叩いて「そうだったわ。説明も必要ね」と、姿勢を正した。
フレデリカはゆっくりとした動作で紅茶のカップを受け皿へ戻すと、わたしたちの顔を見て微笑む。
非常に優雅で品のある動きだ。
長いドレスを着ているにもかかわらず、動きがスムーズだった。
わたしなら、ドレスの袖をカップに引っ掛ける自信がある。
「一応、このお茶の席も講義なのよ? でも、二人は特に問題無いわ。そうねぇ、平民にしては上出来よ」
「そうなんですか?」
エステラは気になるのか、まだ懐疑的だ。
「ええ、あとは細かい作法だけだから、それはまた今度にしましょう」
そう言うと、フレデリカは焼き菓子を上品に手にとって口に運んだ。
近くで見てわかったことだが、陽の光に照らされると、フレデリカの毛先が淡いオレンジ色っぽく輝いていた。
前世で言えば、オレンジベージュのような色合いだろうか。
翡翠色の瞳と合わせてとても綺麗だ。
肌もきめ細かく、唇もぷるんとして水々しい。
薄くオレンジ色の口紅がひかれているのもわかる。
……こう見ると、使ってるのは口紅とベース……いや、フェイスパウダーの方が近いかな。
「あら、これも美味しいわね」
口調も柔らかく、仕草も可愛らしい。
なんとも貴族のお嬢様といった感じで、気が抜けそうになるが、相手は貴族だ。
ここで、気を抜くわけにはいかない。
そんな感じで、なんともいえない講義初日が終わった。
内容はお茶をしただけ。平民の生活の話や、他愛もない話をして終了した。
帰りの馬車の中、腕を組んで思案中のエステラはフレデリカに何かを感じたのか「やっぱり変じゃない?」と、わたしに声をかけた。
「どのへんが?」
「やけに親しげというか、貴族なんだよね?」
「そうだと……思うけど」
「う~ん……なんか、こう……」
確かにフレンドリーというか、もっと硬い感じをイメージしていたが、予想が外れたというか、逆に怪しく感じてしまうのもわかる。
所長の知人の娘という設定もあるが、だとしても、貴族にしては色々と緩い気がする。
「なんかさ、雰囲気が叱る前の母さんに似てない?」
エステラは思い出してみてとでも言うように、わたしにぐっと顔を近付け、人差し指を立てる。
「言われてみれば……」
エステラに言われて、わたしは叱る前のお母さんを頭の中に思い描く。
優しく諭されて、その言葉に甘えてしまうと叱られるパターン。
自分の悪かった行動を一つでも口にさせ、認識させる。
子供相手に厳しい気もするが、何がいけなかったのかを理解するまで、決して怒鳴ったりせず、ひたすら優しく丁寧に諭すのだ。
子供からすれば長いお説教のように感じるが、わたしにはその優しさがわかる。
……これは気が抜けないね。
「とりあえず、甘えは駄目よ。明日からも気抜かないでね、ルル」
「うん」
お母さんに似てるとはいえ、相手はフレデリカであり、貴族だ。
どこに地雷が埋まっているのか、踏んだらどうなってしまうかなどと、考えたくもない。
油断はできない……。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
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