27話 冬の授業 ~冬の到来と新たな生活~
わたしが屋敷に滞在していた三日の間に、役所から大衆へ向けて本格的に冬の到来が告げられたらしい。
遂に冬の季節が始まったようだ。
わたしはというと、自宅に戻ったあの日、家族総出でもみくちゃにされた。
翌日は、雪が降る前にと、お父さん同伴で協力してくれた各所へ感謝を述べに連れ回されるわで、屋敷での尋問に続き忙しかった。
特にエステラは、わたしが攫われた事に相当ショックを受けていたようで、常に手を握り、片時もわたしから離れなかったくらいだ。
◇ ◆ ◇
「というわけで、ルルーナは暫くの間、役所で一時的に保護されることになった」
夕食の後、お父さんが、わたしの今後の予定を説明していく。
犯人はいまだ見つかっておらず、犯行目的も不明。
念の為に役所で保護するというのが、家族を納得させるための表向きの理由のようだ。
「父さん、家じゃ駄目なの?」
やはり、エステラは離れたくないようで、珍しくお父さんに抗議している。
「あくまで念の為だ。相手が自宅を特定している可能性もある。俺がいない時を狙われたら守りきれないぞ」
「……うん」
エステラは、眉を寄せ納得していない様子で渋々賛成する。
わたしの手を握っているエステラの力が、ギュッと強まる。
表情を見ればわかる。
自分だけじゃ守り切れないと、ちゃんと理解している。
「俺のいない時間だけだ。その日の夕方には帰ってくる。落ち着くまでは、少し我慢してくれ」
「商会の仕事も材料の仕入れが止まるから、職人と協力して改善方向に力を入れるよ。ルルも、それでいいかい?」
ノックスの提案には断る理由がないので、わたしはコクリと頷いた。
急に顔を上げたエステラがキラリと目を光らせ、わたしを見た。
「ルルが役所に行くなら、わたしも行く」
……え~、それはちょっと困るかも。
お父さんも、役所がどんな場所かを知っているためか「待て待て」と、焦り気味だ。
「いや、エステラそれは……」
「役所に一人だけって……ルルだけじゃ、可哀想じゃないっ!」
キッと目尻が上がり、一歩も引かない表情だ。こうなったらエステラは止まらない。
一緒に居ては駄目な理由が思いつかなかったのか、お父さんは「参ったな」と、呟いた。
ノックスから聞いた話だが、役所の所長は貴族だったはずだ。
お父さんとしては、貴族がいるような場所へエステラを行かせるのは心配なのだろう。
「エステラ、所長に何か言われたら絶対に従え。それが条件だ」
……所長って、貴族だよね? あの用意周到そうな男が手配した部屋には来ないと思うけど……最悪、廊下でバッタリなパターンはあるか。
「わかった。約束する」
エステラが力強く頷くと、お父さんは困った顔をしながらも優しく笑った。
「さぁ、夜も遅いわ。今日はこれぐらいにして、お茶にしましょう」
お母さんの作ってくれたお茶で、一息入れ、その日の家族会議は、そのまま終了した。
◇ ◆ ◇
初日の講義後「呼ばれてるんだった!」と、エステラを待合室で待たせている間に講義室へ戻る。
「それで、君の姉が一緒にいる件だが……」
眉間に皺を寄せ非常に不機嫌そうな顔をした男が、机越しに講義中には間違っても見せなかった圧を放っていた。
「えぇっとですねぇ、これは……あの、色々ありまして」
「知られて困るのは君だぞ。どういうつもりだ?」
……むしろ、わたしも困っているんですが。
「どうしましょう? 一応、所長って貴族ですよね? その人に言われれば、素直に聞くって条件で一緒に来ちゃいました。所長に言われれば、もう来ないと思いますが……」
……この呆れ顔を前も見た気がする。
「それと、もうひとつ……君の姉から精霊の存在を感じる」
「はぁ?」
……初耳ですが。
「君が何かしたのではないか?」
「わたし?」
わたしが自身に指を差し確認すると、男はゆっくり頷いた。
「君が何かしたとしても、不思議はない」
……いくら非常識が売りとはいえ、身に覚えがないんですが。
「いいえ。何もしてませんし、わたし、何も感じませんけど?」
「視認に意思疎通にと可能なのに、夢の外では存在すら感じ取れないのか……」
男は「はぁっ」と、溜息をついて机をトン、トンと指で叩く。
「わかった……私への確認は、二人きりの時以外はするな。余計な事までバレたら厄介だ」
わたしの誤解は解けたようで、胸を撫で下ろした。
この男は厳しいが、話はちゃんと聞いてくれるのだ。
「わかりました……で、どうしましょう? 所長にお願いしてみるとか?」
……お姉ちゃんには悪いけど、さすがに秘密を知られるわけにはいかない。それに精霊関係の情報は危険すぎる。
「精霊が関わっているなら、一緒に来てしまった件はどうでもよい。それと――所長は、この私だ」
「うぇっ!」
わたしは驚きすぎて、口を開けながら椅子から立ち上がってしまった。
「対策は考えておく。しばらく様子見だ。今日は帰りなさい」
……あなたが所長でしたか。今日、一番驚いたよ。
翌日からも、眉間に皺を寄せている所長は別として、講義は数日間、問題なく進んだ。
どうせ役所で待機しているのなら、講義をして欲しいというのが表の理由だ。
エステラを騙しているようで申し訳ないが、これは勘弁してほしい。
それはそれとして、なんだか学生に戻った気分で楽しかったのは内緒だ。
しかし、五歳児のわたしが、こんな講義を受けているのを不思議に思わないのだろうかと、エステラの様子を伺ってはみたが、特に疑問視している様子はない。
むしろ、エステラも、わたしの横で真面目に講義を受けていた。
吸収できそうなものは、何でも吸収しようとするところが、なんともエステラらしい。
てっきり、所長がエステラを帰らせるのではと思ってはいたが、わたしの予想は外れたようだ。
「明日は屋敷に来なさい。役所までジークを使いに送る。事件絡みの話だ。エステラは自由にして構わない。一緒に来るなら来てもよいが、聴取を取るのはルルーナだけだ」
「「はい」」
……聴取ね……やっぱり、精霊絡み?
帰り道、エステラが両手を頭の上で組んで背中を伸ばしながら「やっぱり、面倒よね~」と、問いかけてきた。
……やっぱり、そう思う? まぁ、講義は、わたしのためだし。
「そうだねぇ」
「そう思うでしょ? あの男の顔……すごい面倒くさそうにしてるよね。平民ってだけで、そんなに嫌かな?」
……あ、そっち? あれはですね……大体が、わたしのせいでして。
どうやら、所長の不機嫌顔を、平民に対する嫌悪と勘違いしているようだ。
あの所長がわたしを救ったとも知らず、ノックスから聞いた話もあるので、エステラの中での貴族のイメージは悪いままだ。
わたしとしては都合がいいので、そのままにしておこう。
「エステラ、保護してもらって、尚且つ、講義もしてもらっている身だ。そんなことを言うもんじゃない」
お父さんの言い分もわかる。
ただの平民が保護してもらったうえに、講義までしてもらっているのだ。
破格の高待遇だろう。
「でも、父さん、あれじゃぁ……」
「お姉ちゃん、まぁ、いいんじゃない? 講義受けられるだけ儲けもんってことで」
「儲けもんって……はぁっ」
……所長ごめんなさい。フォローになりませんでした。
翌朝、お母さんが用意してくれた軽い朝食を食べ終え「行ってきます」と、すっかり歩き慣れた石畳の道を二の鐘が鳴る前に役所へ急ぐ。
「粗相の無いようにな」
「「うん」」
お店に戻る心配顔のお父さんと別れると、タイミングを計ったようにジークが飾り気のない馬車で迎えに来た。
「お迎えに上がりました」
馬車に揺られて屋敷に到着。
客室で待機するエステラと別れ、わたしは所長の私室に案内された。
事前の説明通り、聴取という名の対策会議が始まる。
「失礼します」
わたしは許可をもらって席に着くと、姿勢を正して所長の言葉を待つ。
所長は相変わらず気難しそうな顔だ。机の前で手を組み、無言の圧力がある。
……ニコニコしてるの見たことないな、この人。
「なにか、失礼なことを考えていないか?」
「滅相もない……」
……あっぶな。
「さて、エステラについては様子見だ。変わった事はなかったか?」
わたしは首を横に振る。
別段、エステラを見ている分には変わった様子はない。
強いて言えば、所長に対して若干の勘違いをしていることぐらいだ。
「いつも通りでした。お姉ちゃんも精霊云々には、気付いてないんじゃないかと思います」
……何かを隠してるって感じもないしなぁ。
「ならばよい。精霊の話はこれまでだ」
「えっ?」
……精霊の話するんじゃなかったのかぁ。
「今日は、君の商品を扱う際の問題だ」
「商品の? ここじゃなくても、よかったのでは?」
「エステラがいたのでは話せまい。それとも、君には上手い言い訳が咄嗟に言えるのか?」
所長は、やれやれといった顔で「未知の知識を保有しているのが、バレてもよいのか?」と、わかり易く言い直した。
「あっ、そう……ですね」
……そうだった。精霊の件だけが秘密じゃなかった。目の前ばかり気を取られちゃって……駄目だなわたし。
「まず、一番の問題はレント商会に後ろ盾がないことだ。そこで、レント商会に後ろ盾となる貴族を用意する」
「後ろ盾ですか?」
所長は「そうだ。今後、必要になるだろう」と、言った。
いずれは必要になると考えてはいたが、こんなにも急ぐ必要があるのだろうか。少々、疑問が残る。
「君の知識から作る商品は、今後、この街の経済を大きく揺らしかねないからな」
商人や商品に対して貴族の横槍があった場合に備えて、守ってくれる貴族が必要になるぐらいしか理由が思いつかない。
だけど、他の意味も色々とあるのかもしれない。
「いいんですか? 所長が後ろ盾になって?」
「私ではない。用意すると言ったであろう」
「……言いましたね」
……お兄ちゃんも言ってたなぁ。それで、ぬか石鹸は保留だったぐらいだし。
「注意すべきは、その貴族は君の秘密は一切知らない。引き合わせるだけだ。知人の娘に作法を教えてやってくれと、頼んでおいた」
「引き合わせる?」
「そうだ。貴族の作法を教える講師としてだ。後は勝手に向こうが興味を示すだろう」
……貴族の作法? 興味を示す?
わたしの困惑を、こいつは理解出来ていないと感じ取ったのか、所長は説明を加える。
「私以外の貴族に会うのだ。最低限、礼儀作法を覚えておかなければ、厄介だ」
……なるほど。他の貴族は、貴族らしく平民に寛容ではないと。
「でも、講師なんですよね? その人を後ろ盾に?」
「そうだ。講師として招けば、多少の無礼な振る舞いは見逃されるだろう。元々、それを教えるために呼んだのだからな」
……フォローもバッチリなわけか。用意がいいなぁ。
「私の見立てでは、間違いなく君たちに興味を示すはずだ」
「わたしと、お姉ちゃんに?」
「正確には、君とエステラの髪にだ」
所長は、わたしの頭をツンツンと指で軽くつついた。
「その髪の艶だ。エステラもそうだが、その艶を維持している商品を知りたがるだろう。貴族とは、目と鼻が利くからな。何か使っているのだろう?」
所長は口の端をニィッと上げて、悪い笑顔でわたしを見る。
……いい笑顔ですねぇ。
「はい。作った物です」
「後は君たち次第だ。それを餌に、レント商会との繋がりを強めよ。ここで後ろ盾を得られれば、強い味方となる」
「……できるでしょうか?」
わたしたちで大丈夫だろうかという不安が顔に出ていたのか、表情は変わらないが、所長の声色が若干だが優しくなった気がした。
「できなくても問題無い。その場合は、作法を教わるだけだ」
これは変にプレッシャーを与えないための、所長なりの優しさだろうか。
不安がなくなると、変に調子に乗るのがわたしの悪い癖だが、今回はエステラもいるし、きっと大丈夫だろう。
……できれば成功させたいね。
エステラにも商会の後ろ盾を得るために、ぜひ協力してもらおうと机の下でグッと両手を握りしめた。
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