26話 ここからが本題らしい ~私の秘密は増えてゆく~
わたしは意を決した。
前世の記憶を持っていると、話すことにしたのだ。
家族には、頭がおかしいと思われるのが怖くて話せなかった。
表には見せなくても心のどこかで思われているかもと思うと、どうしても踏み切れなかった。
でも、家族でないのなら、そう思われていても耐えられる。
ここまで、散々暴露したのだ。頭がおかしいと言われても、いまさらだ。
わたしは姿勢を正して、男をじっと見据える。
「頭がおかしいと、言われてもかまいません。今から打ち明ける話を信じてくれますか? ここから先は、今後、家族にも明かすつもりはありません」
「……そうか。信じるかは内容次第だ。それと君の事情は考慮して、家族には漏らさないと誓おう」
……内容次第か。
「……どうしてかは、わたしにもわかりません。ですが、前世の記憶があります」
「前世の記憶ときたか」
「記憶の中で、精霊という言葉を知っていました。神、精霊、妖精、妖怪、邪神、悪魔、魔神、妖魔、幻魔……様々な名称があります」
男の表情からは、馬鹿馬鹿しいなどの侮蔑の感情は感じない。
「ふむ、前世の記憶か。どういった記憶なのだ?」
「ここではない世界。詳しく話しても、理解ができないと思うので省きますが、異世界と言った方が、わかり易いと思います。その世界で暮らしていました」
男は軽く頷くと、続けてくれと先を促す。
ただ静かに、じっとわたしの話を聞いてくれている。
「その世界では魔力や魔法はありませんでしたが、様々な文化がこの世界より発達していました。もちろん、医学や娯楽関係も」
「魔力がないのか……不便そうだな」
「最初から無いものなので、そこまで苦労しませんよ? あったら便利だろうなとは思ってましたが」
そこまで話すと、男は眉を寄せ顎に手を当てた。
「魔力や魔法がないなら、なぜ、あったら便利だと気付くのだ?」
「創作上の物語や舞台劇で、よく登場するんです。例えば、精霊やら魔物とか。そういう映像を見せる物や、本などが身近に沢山あったんです」
しばしの沈黙のあと、目を細めて男は問う。
「つまり、君の世界では空想上のものというわけか?」
「はい。もしかしたら、いるかもしれません。ですが、世界中の記録を探しても、発見したという記録はありません」
「なるほど……では、その世界と比べて魔法的存在が無いと仮定したら、この世界はどの程度の文化水準なのだ?」
……ずいぶんと食いつくなぁ。まぁ、いいか。
「歴史学者とかではないので、ざっくりとしかわかりませんが、わたしが生きていた時代から、五百年以上は遡った時代の文化水準かなと。わたしが生きた世界は、動力に動物を必要としない自動で動く乗り物や、何百もの人を乗せ空を飛ぶ乗り物、そういった物も普通に一般人が扱えるような世界でした」
男は顎に手を当て、考え込んだ。
「想像がつかんな……」
……でしょうね。わたしも、この世界で羽が生えた馬や、植物に覆われた牛を見て度肝を抜かれたから。自分の目で見ていなかったら、信じていないと思う。
「しかし……魔法も無いのに、自動で動く乗り物など作れるものなのか?」
「はい。魔法の代わりに、科学という学問が発達しました。明日の天気すら、わかってしまう学問なんですよ?」
「科学とは……いや、それは追々、聞くとしよう。つまり、その知識を元に、君は身近にあるものを改良しているというわけか?」
……なんだろうか、この理解力は。やはり頭脳が違うのか?
「はい。この世界特有の成分があったりすると思うので、無闇に混ぜたりできませんが、可能な物なら作ったりしていました。料理の改良も、そうやって美味しくしました」
男が小さく頷く。
「なるほど、そこでノックスを使っているということか」
……本当に鋭いことで。
「お兄ちゃんは理解力がすごいので、ちょっと視点を変えて助言するだけで形にしてくれます。あとは、それらしい理由をつけて……」
「ふっ、なかなかの策士ではないか」
……笑ってるのに、なんか怖いんですけど。
「君は前世で、いくつまで生きたのだ? その振る舞いから、それなりに生きたのだろう?」
「ぼんやりで申し訳ないですけど、二十歳前後までは記憶があります。ただ、親しい人の顔や声は、なぜだか思い出せないんです」
「……それは、辛く寂しいのではないのか?」
……そう思ってくれるんだ。
「記憶が蘇ったのが二歳ぐらいの頃でした。最初は辛くて寂しかったです。でも、何度も夢で楽しい記憶に励ましてもらったんです。最近、気付いたんですけど、いつも球体たち、いえ、精霊たちがいたので、きっとみんなが気遣ってくれていたのかもしれません」
「今も辛いか?」
「今はもう、大丈夫です」
私の言葉に男は目を閉じ、小さく呟いた。
「……そうか」
……なんで、そんな悲しそうな顔をしてるんだろう。
「ルルーナ」
「はいっ!」
急に名前を呼ばれたせいで、ガタッと椅子から立ち上がるほど驚いた。
「君には早急に、世界の常識を教えることにする」
「はい?」
「うっかり、本来は知り得ない名称を出されたら言い訳がつかない。相手にもよるが命の危険もある。そして、その知識。それを知られたら危険だと判断した」
……その通りすぎて、何も言えない。
「まず、私に確認しなさい。記憶の件もある。家族に確認するにしても、それでは大変であろう。商品に関しては、度を過ぎなければ大丈夫だろう」
「……はい」
「精霊に関しては、勿論、他言無用だ。絶対に知られるな」
「はい……それで、あのぉ~、精霊ってなんで一部の人にしか知られてないんですか?」
やや沈黙があって「理解した方が早いか」と、男が口を開いた。
「世界の成り立ちの物語は、知っているか?」
……前にお母さんから聞いた話だろうか?
「光の神が生命を誕生させてとかって、あれですか?」
「そうだ。だが、実際は神ではない。それこそ精霊の最上位である大精霊だ。人が勝手に神と定義しているだけに過ぎん。神の名は広く知られているが、人が付けた名だ。それが精霊だとは知られていない」
……精霊が神様扱いってことか。
「今や人々は、精霊という名称すら知らない。知る方法が無いのだ。教会の教義や著名な本にも、精霊という言葉は一切使われていない。大昔、人が神と定めた日から、精霊の名は一部を除き記録から抹消されている」
……なんで? わざわざ精霊の存在を隠したの?
「それ以上は考えるな。知る必要は無い」
……口調は厳しいが、その表情は、わたしの身を案じているのがわかる。
「……わかりました」
「今日はもう遅い。部屋に戻り休みなさい。明日の二の鐘の頃には家族に迎えに来てもらう。その後は、追って伝える」
わたしは、思案に耽る男を残し、頭を下げて私室から出る。
わたしが、ぐったりしていたからだろう「お疲れのようですね」と、ジークが待っていた。
ジークの後に続いて別邸の部屋に戻ると、軽い食事を済ませて寝台で横になった。
……はぁ、全部、言ってしまった。
◇ ◆ ◇
天井をぼんやり見上げながら反省をしていると、いつの間にか不思議空間にいた。
どうやら、すぐに寝てしまったようだ。
執務室で尋問まがいの質問攻め、私室に案内されてからの気が狂いそうな暴露話で、随分と消耗していたのだろう。
それにしてもと、思い出す。
あの男に舌戦で勝てる気がしなかった。
少し喋っただけで、どんどん付け込まれ、深みに嵌っていく。
貴族とは、あのように普段から論戦を繰り広げているのだろうか。
……まぁ、ほとんど自滅だったけど。絶対、あの香のせいだ。
失敗は大きかったけれど、情報は得られたので収穫も大きい。
常識も教えてくれるようだし、知識も期待できそうだ。
特に単語や名称についても必ず確認するように言われたが、正直なところ、大変助かる。
変に気にせず聞けるのは有り難い。
前世との違いに気付けるのは、非常に大きいはずだ。
……そうだっ! ちゃんと、お礼しなくちゃっ。
わたしは精霊たちに手助けのお礼をしようと言葉をかける。
「あの時の天馬、みんながやったの?」
……青い。
「本当にありがとう。すごい助かったよぉ。あれが無かったら、念話の時に大声出しちゃってさ、寝たふりがバレるところだったんだぁ」
点滅が激しい。喜んでいるようでなによりだ。
「色々、お話が出来たらいいのにねぇ」
ピカピカ光っている。やはり、精霊たちも会話がしたいのだろうか。
……もしかして、契約をすれば、元々見えるわたしなら会話ができるかも?
赤色だった。契約は関係ないようだ。
結び付きを強めれば、もしかしてと思ったのだが。
では、なんのために契約するのだろう。
よくある展開なら、魔法が使えるようになるのではないか。
「契約すると魔法が使える? わたしでも?」
赤色。なんとなく、無理そうなのはわかっていた。
そもそも、わたしには魔力が無いのだから。
……魔力が無いんだもんね……残念。だとすると、なんのための契約……いや、これ以上考えても、きっと答えは出ないね。
「そういえば、人が勝手に神様って大精霊さんを呼んでるって聞いたんだけど、本当なの?」
……青い。マジかぁ。勝手に呼ぶなら、みんな精霊で良くない? こんなにいっぱいいるんだし。八百万の神様って、言うぐらいなんだから。まぁ、わたしの世界限定かもしれないけど。
あの男が言った話は本当のようだ。一体、どこまで知っているのか。
早急に常識を教えてくれるとも言っていた。
精霊についても、いつか聞ける機会はあるかもしれない。
……精霊ねぇ。うん? 火の精霊さんなら、冬も暖かくできるんじゃ?
「そうだっ! みんなの力で、冬をもう少し暖かくできませんか?」
思い付きで、だいぶ無理を言ってみた。
いきなり、こんなお願いをするなんて、自分でもどうかしていると思う。
しかし、精霊は、青と赤を交互に点滅させている。迷っているのかもしれない。
「ごめん、ごめん。生態系変わっちゃうもんね」
わたしのお願いごときで、無闇に変えちゃいけない部分なのだ。
しかし、妙な反応だった。赤色を示した時間が長く、その後で青色に変わったのだ。
「もしかして、暖かくしたいけど、理由があって今は無理って感じです?」
……青色。今は……か。
「無理な理由が、自然環境とか生態系の問題とは違うの?」
……青色かぁ。となると、わたしには他に思い当たる節がないなぁ。
「わたしにも協力できることはある?」
……青と赤に交互に点滅……迷い? いや、心配してかな?。
「わたしに危険が及ぶから?」
……そっか、ありがとうね。
「もし、何かあったら教えてね」
……激しく点滅してるよ。ふふっ、みんな、よろしくね。
教えてと言ったところで、わたしが気付けないとどうしようもないが、協力できそうなところはしたい。
お天道様は見ているのだ。
助けてもらったのだから、感謝の気持ちぐらいは持っておかないとバチが当たる。
◇ ◆ ◇
翌日。
二の鐘が鳴り、ジークに案内された部屋にお父さんが待っていた。
「おはよう」
ニカッと笑ったお父さんに頭をゆっくり撫でられながら、普段と変わらない言葉を聞く。
だが、声色だけは普段よりもずっと優しく、柔らかかった。
「おはよう、お父さん」
いつもの挨拶。
三日間しか離れていなかったのに、やけに懐かしい。
ギュッとお父さんの体を抱きしめると、やっぱり心地がいい。
積もる話もあるが、今はいいだろう。しばらく、このままでいたい。
「じゃぁ、帰るか」
「うん」
お世話になったジークにお礼を言って、お父さんと二人で、屋敷をあとにする。
あの屋敷は街の南側。
貴族街と呼ばれる場所にあったようだ。
……これが貴族のお屋敷かぁ。
壁や鉄柵が個々の屋敷を区切るように配置されている。
石畳で整備された道の両端に、街灯のようなものも至る所に設置されていた。
……石畳も綺麗で、雰囲気が随分と違う。
まるで別の街のような貴族街を抜けると、頑丈そうな大きな門が見える。
ここからが平民街ということなのだろう。
平民街へ続く門を抜け、中央広場に到着する。
やはり、貴族街と比べると、長年行き交った人々の数を表すように石畳がすり減っているのがわかる。
薪を積んだ牛車が露天の脇に待機し、広場の中心では薪やロウソク、毛布などを抱えた住民の姿がいつもより多い。
どこも冬の準備に余念がないようだ。
お父さんの手を握り北門へ向かって道を歩いていると、一組の親子連れが買い物をしているのが目に入った。
どこにでもある親子の日常。
わたしも周りから、そう見えているのだろうと思うと、自然と頬が緩む。
隣を歩くお父さんを見上げれば、似たような事を考えていたのか、目が合うと互いに笑顔になった。
他愛もない話を聞き、歩きながら雪空を見て思う。
冬は年々厳しさが増しているらしい。
やはり、精霊と何か関係があるのだろうか。
空を見上げて考えたところで答えは出ないのだが、なんとも気になる。
……でも、今はこっちが大事。みんなに、なんて声をかけよう? やっぱり、心配かけてごめん? お花、ありがとう?
どこか忙しない街の様子を見ながら、家族に最初に言う言葉は何にするべきか悩んでいると、見慣れた我が家に到着した。
……なんだか久しぶり。
考えた第一声を準備して、取っ手に手をかける。
……色々考えたけど、やっぱこれだね。
「ただいまっ!」
「「「おかえり」」」
扉を開けた瞬間、重なった家族の声がなんだか妙に嬉しくて、わたしは帰って来たのだと実感した。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
「面白かったなぁ」
「続きはどうなるんだろう?」
「次も読みたい」
「つまらない」
と思いましたら
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
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