25話 ここからが本題らしい ~その瞳はわたしを逃がさない~
四の鐘の後、実験室のような部屋で成人の男性と二人きり。
そのような密室空間で、ひたすら尋問のような確認作業が行われていた。
わたしは秘密を隠そうと、言葉を選び慎重に事を進めていたはずなのに、全て掌の上でコロコロと転がされていたようだ。
わたしは至って真面目なのだが、男は面白半分な様子で楽しんでいる気がした。
そう感じたわたしは、苛立ちのあまり、一息に全部言い切ってやったのだ。
どうせ、相手は貴族だ。
家族が抱えている秘密など、命令されれば逆らえない。
秘密を持っているとバレた時点で、遅かれ早かれバレるだろう。
だったら、こちらから先にバラしてしまえということだ。
もう質問することなんてないだろうと、多少の溜飲が下がってスッキリしていると、質問の意図を明かされた。
男が言うには、五歳児にしては大人びている……というか、明らかに異常な程だったというのだ。
それは悪魔が憑いているのではと疑う程に。
たしかに逆の立場だったのなら、わたしも疑うかもしれない。
だが、心を乱す香まで焚く徹底ぶりだ。
正直、五歳児に対してやりすぎな感は否めない。
ほっとしたのも束の間、わたしへの疑いも晴れて、ようやく解放されると思いきや、男は耳を疑う言葉を放った。
◇ ◆ ◇
「さて、本題に入ろう」
「はい?」
「ここからは、君の家族にも他言無用だ」
ここからが本題のようだ。
明らかに男の雰囲気が変わった。
なんというか、ゾクリともヒリヒリとも違う。
首元に刃物でも突きつけられるような感覚。
言葉を間違えたら、すぐにでも首が飛びそうな緊張感。
攫われて馬車に押し込められている時以上の恐怖を感じる。
……うぅ、胃が痛い。
もう隠し事はない。だが、家族にも他言無用とは一体、何の話だろうか。
わたしは、恐怖と不安で机の下の膝がカタカタ震えるのをグッと我慢する。
「君は精霊という言葉を、どこで知った?」
……ん? 精霊って精霊でしょ? 何、言ってんの?
あれだけ脅しておいて、聞かれたのが精霊とは少々拍子抜けだった。
「精霊は精霊なんじゃ?」
「もう一度、問う。どこでその言葉を知った?」
……目がヤバイ。どこで言葉をって……。わたし、やらかした?
「ええと、普通は知ってると思うんですが……」
「普通は知らないから、聞いているのだが?」
……はい。確定しました。わたし、盛大にやったわこれ。
さっきの自分に教えてやりたい。
つまり、精霊は普通じゃないということだ。
平民では知り得ないことなのか。それとも、もっと何かあるのか。
しくじった今となっては、後悔しても遅いのだが。
……悪魔の名称は、お母さんでも知っていたから……はぁ、また、わたしの勝手な思い込みかぁ。何度失敗するんだか……。
「ほ、本とか?」
「なぜ君が疑問形なのだ」
……駄目だ。何も思い付かない。
先程の鋭い剣の様な雰囲気が消え去ると、男はわたしから視線を外し、チラリと棚を見る。
「実はな、君が飲んだ薬よりも酷い味と評判な自白剤があるのだが……」
……なにそれっ? 死んじゃうっ!
「飲んでみたいか?」
「……死にたくないです」
「自白剤だ。殺してどうする」
男は深い溜息をついて目を閉じた。
「先程の答えから、君が悪意や害意を持っていないのはわかる。だが、重要な事だ……質問を変えよう」
……質問を変える? ちょっと呆れられたような。
「教会の人間に知り合いは?」
……ここで教会? なんで?
「教会って、街の教会ですか?」
「教会といえば、東方教会や中央教会だ」
「初めて知りました」
……あれ? 眉間に皺作って、黙っちゃったよ。
「なぜ、知らないんだ?」
「なんで、知ってると思ってるんです?」
男は額に手を当て項垂れた。
……真面目に答えてるのに、なぜだ。
少しの沈黙の後、再び顔を上げて物言いたげな表情でわたしを見る。
……そんな、駄目な子を見る目で見つめないで下さい。
「大人びた言動をしているのに、常識外れすぎる。なぜだ……」
「なぜって言われても……やっと、外出できるようになった五歳児の平民ですが」
「ただの五歳児が、そのような物言いはしない」
……そっちが困ると、こっちも困るんですが。
「そもそも『精霊』という名称自体、教会上位職や貴族の一部しか知らん。平民である君では知り得ない情報なのだ」
……マジかぁ。
「君はあの時、私に精霊か? と口にした。どこで精霊という言葉を知ったんだ? 君や、君の家族の命に関わる。ここまで情報を開示したんだ。答えてもらおう」
男の表情からはわからないが、相当に重要情報なのだろう。
……あの時か。
家族の命にも関わるという言葉に、体は強張り、全身の毛穴から、冷や汗がダラダラと流れる。
やらかしたどころではなかったのだ。
あの念話の第一声で、すでに地雷を思いっきり踏み抜いていた。
一般人では知り得ない。貴族ですら、一部の人間しか知らない情報。
そんな情報を五歳児が口にしたのだ。疑念を持つのも当然と言える。
しかし、あの秘密をどう伝えればいいのだろうか。
……信じてもらえるの? いや、信じてもらうしかないか。
「……精霊に……教えてもらいました」
絞り出した言葉に男は目を見開き、信じられないものを見たような表情で、わたしを見ている。
まるで時でも止まったかのように微動だにしない。
……こんな顔するんだ。
とはいえ、嘘は言ってはいない。精霊に確認したのだ。
この男に小細工は通用しない。もう信じるかは相手次第だ。
「君は精霊と……意思疎通ができるのか?」
「えぇ~っと、もしかして、普通は……」
「精霊契約したとしても、意思疎通など普通はできん」
「契約?」
「契約すらしていないのに……はぁ、どこまで非常識なんだ」
やっと口を開いたと思ったら、今度は心底呆れた様子で天井を見上げた。
「ちゃんと話してるのに……」
「君がなぜ、そんな顔をする?」
わたしは、本当の事を話しても呆れられたことに口を尖らせた。
「それで、どのように意思疎通をしたのだ?」
「正解なら青、間違ってたら赤に点滅してもらって――」
「待て……」
……今度は何よっ!
「見えるのか? 精霊が」
「……普通は?」
答えは薄々わかっていたが、聞いてみた。
「見えん」
もう頭を抱えて、地団駄を踏みたい気分だ。
感情がジェットコースターのように、何度も上下に激しく動くせいで頭の中がグチャグチャだ。
わけがわからなくなってくる。
……あぁぁぁっ、もうっ! どれが地雷かわかんないっ! 全部、地雷踏み抜いてやるっ! 全部、踏んじゃえば、もう地雷はないっ!
ヤケになっては駄目だ。きっと、これもあの香のせいだ。
……落ち着け。落ち着け。
「はぁ……これでは話が進まん。見えるのであれば、もう、精霊との出会いから、順を追って話してくれないか?」
……はい、はい。わたしは非常識ですよぉ。
「変かもしれないけど、たまに寝ている間の意識があるんです。夢の中でも意識があるというか……」
「続けてくれ」
「その夢の中で、光る球体のような物体が多数あったんです。あの日までは、夢なので特に気にしてなかったんです」
……本当に、ふわふわ浮いてるなぁ程度にしか気にしてなかったんだよね。
「あの日とは?」
「攫われた日です。攫われて荷台で寝ていた時、いつもと違って球体たちが激しく動いていたんです。何か伝えようとしてるような気がして、初めて意識して球体に話かけたんです」
……本当に話せるなんて、思わなかったけどね。
「それで意思疎通が可能だと確認できたわけか?」
「はい。わたしが話しかける度に反応してくれて、それで助けてと頼んでみました。その後、目を覚ましたら……」
「私の念話が聞こえて、声の相手が精霊だと思ったと?」
「……はい」
男は何かを考え込むように、目を閉じた。
今のわたしの話で理解できるのだろうか。
それにしても、この静寂が不安を増幅させる。
チラチラと様子を伺っても、男が何を考えているのかわからない。
「理解が及ばない部分も多いが、話の辻褄は合っているな」
……今の話を信じるの?
「信じてくれるんですか?」
自分でも信じられなくて、椅子から身を乗り出し男の顔をまじまじと見る。
「落ち着きなさい。君が嘘を言っているとは思わん」
男は落ち着けと机に身を乗り出したわたしを手で制すと、話を続ける。
「信じる他あるまい。私は精霊を見ることはできないが、その存在を感じることは可能だ。あの日は確かに、普段よりも精霊がざわめいていたからな。何事かと、その中心に念話を試みたところ、君に繋がった」
……そうだったんだ。
「精霊と口にした君に会ってみたいと思い、場所を特定したのだ」
……会いたい? 助けようと、探してたわけじゃないなら……。
「騎士団が、わたしを探してくれてたんじゃ?」
「君は平民だ。街の警備が動いてはいたようだがな。あの夜、騎士団は動いてはいない」
男は「平民相手に騎士団が動くことはない」と、断言した。
しかし、どこか納得していない感情が込められていたようにも感じる。
「じゃぁ、男たちが見た天馬は……なんでしょう?」
「精霊に助けを求めたと言ったな? おそらく、精霊が見せた幻覚だろう。推測だがな」
……おぉ、ありがとう。精霊さん。
「ふむ、おおよその事情はわかったが……」
そこで言葉を区切った男は腕を組む。
わたしは、男の雰囲気に真剣味が増したのを感じ、腹の下に力を入れ身構えた。
……なんですか今度は。なんでもこいっ!
「で、精霊という名称はどこで知った? 今までの内容からでは、答えになっていない。精霊は言葉を発していないはずだ。精霊から君に、君の知らない言葉を具体的に教えることは不可能ではないか?」
……地雷はなくなったけど、爆弾が埋まってたよ。
わたしは全身の力が抜けて、椅子にもたれかかる。
心の中で、もう一人のわたしが頭を抱え、白旗を用意し始めた。
……これはアカン。もう駄目だ。
まだ何か隠しているなと、男の鋭く光った目が訴えている。
……観念しよう。頭がおかしいと言われてもしょうがない。荒唐無稽な話でも、信じてもらうしかない。
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