24話 秘密は死守したい ~冷たい瞳を持つ男~
目を覚ますと、見覚えのない部屋で上質な布を使った寝台の上に寝かされていた。
夢ではない。ここは現実だ。
だとすると、一体どこなのだろう。
しばらく呆けた後、まさか人攫いとは別の者たちに連れ去られたのではと焦る。
可能性は低いが、なんとも言えない。
――まるで、呆然とした後に焦りが押し寄せる、あのお決まりの展開みたいに。
きっと体験した人たちは、このような気持ちだったのだろうか。
……精霊さんに助けられたわけだし、たぶん大丈夫だよね。
あれから、どれほど時間が経過したかは不明だが、体調も回復したようだ。
体の怠さも消え、頭痛も治まった。
……部屋の中なら、動いてもいいよね。
わたしは、のそのそと這い出ると、高そうな調度品に触れないように、窓にかかったカーテンをそっと開ける。
……朝? 位置が高いから、お昼かな?
太陽の位置から、窓から見える景色は南側だろう。
わたしが把握しているのは自宅周辺、中央広場、西門に近い孤児院と北門のみだ。
つまり、中央から北西寄りしかわからない。
ここが街の中だというのはわかる。だが、サンドレアムかどうかは不明だ。
他には雪の積もった屋敷の屋根などが多数見えるが、全体像を把握していないわたしには、現在地の判断が難しい。
……北側見れないかなぁ。北門が見えれば……ん? 誰か来た。
コン、コンと扉がノックされる音がする。誰か来たようだ。
「は~い」
「失礼いたします。お目覚めになられたようで、お加減はいかがでしょうか?」
扉から入って来たのは、落ち着いた声を持つ渋い男性だった。
ピンと伸びた綺麗な姿勢にスラリと長い脚、白い口髭をたくわえたその姿は、まさにロマンスグレーという言葉が似合う。
服装からして、この屋敷の執事だろうか。
「はい、だいぶ楽になりました。ありがとうございます」
……お礼言っちゃったけど、治してくれたんだよね?
「それはようございました。……少々お待ち下さい。お食事をお持ちします」
「食事ですか?」
「はい。二日間ほど、お眠りになられてましたので」
……二日もっ!
確かに空腹感を感じる。意識した途端、ぐぅ~っとお腹の音が鳴った。
……うん、お腹は正直だ。
「すぐにお持ちします。それでは失礼します」
「うっ……はい」
お腹の音を聞かれたのが、妙に恥ずかしい。
小さな子供だったなら、気にはならないのだろうが、わたしには効果覿面だった。
そして、恥ずかしさの熱が冷める間もなく食事が運ばれてきた。
……テーブルマナーとか、どうしよう?
「マナーはお気になされず、お召し上がり下さい」
……気を遣われてしまった。
「は、はい。恵みに感謝を」
二人だけの広い空間に、カチャ、カチャとカトラリーの音だけが静かに響く。
誰かに見られながら食事をすることに慣れておらず、変に緊張する。
結局、食事の味も美味しいのかよくわからなかった。
「ところで、ここってどこの街なんですか?」
「これは大変失礼いたしました。気が利かず申し訳ありません。ここはサンドレアムです。ご家族の皆様にも連絡済みですので、心配なされずとも大丈夫です。先日、お見舞い来た際に……あちらを」
窓際の花を指差し、相手を安心させようと目が潰れそうなほど優しい笑顔を見せる。
……あっ、花。みんな、来てくれたんだ。心配かけてごめんね。
「教えてくださって、有難う御座います……えっとぉ」
「ジークとお呼び下さい。それでは、四の鐘の後、お迎えに上がります。お時間まで、こちらでお待ち下さい」
そう言うと綺麗な所作で食事を下げ、ジークは部屋から出ていった。
……さてと、何して過ごそう?
この屋敷は丘の上に建てられているようで、窓から街の様子がよく見える。
ここから街を見ている分には平和そのものだ。
とても、誘拐事件が起きるような街には思えない。時折、天馬が飛んで行くのが見えるぐらいだ。
……平和だねぇ。そういえば、なんで攫われたんだろう?
よくよく考えてみれば変な話だ。
なぜ、わたしが攫われたのかサッパリわからない。
心当たりがあるとすれば、商品関係ぐらいだ。
しかし、情報が漏れる要素が見当たらない。
……お兄ちゃんやアイナが漏らすとは思えないし、ラウルやポールも、お兄ちゃんが発案したと思ってる。仮に漏れたとしても、かなり強引だよね。
考えてもわからない。わたしは探偵ではないのだと、早々に諦めた。
わかったのは、わたしの頭脳は推理には全く向いていないという、残念な結論だけだった。
◇ ◆ ◇
四の鐘が鳴り響くのを聴き、薄明かりに照らされている街並み見ながら思考を放棄していると、ジークが時間通りにやって来た。
「それでは、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
ジークに案内され、階段を降りて飾り気のない廊下を抜けると、様々な花が植えられた中庭に到着した。
ここを通り本邸に移動するそうだ。
わたしが寝ていた屋敷は、普段は使われていない別邸だという。
……あれは、なんて花だろ?
あれは何? と質問する前に「あそこは観賞用ではなく、薬草が植えてあります。色々と重宝するのですよ。ただし、触れる際は毒性のある花もありますので、お気を付け下さい」と、ジークが教えてくれる。
なんと薬草だった。なんでも、薬の作製に重宝するのだとか。
屋敷には、薬学や植物に詳しい人がいるのだろう。
……もしかして、あのヤバイ味の薬?
あの薬の味を思い出して、酷い顔をしていたのが見られていたようだ。「既に体験したようですね」と、ジークに笑われてしまった。
中庭を通り過ぎて本邸に到着すると、品の良い調度品が並ぶ廊下を抜け、執務室に到着した。
……さてと、何をするのやら。
「失礼いたします。お客様をご案内いたしました」
……やっぱり、この人か。
執務室で待っていたのは、あのプラチナブロンドの髪の男だった。
仕事中だったようで書類が積み重なっている。
ジークは男と短い会話を交わすと、机の上にあった書類を持って退室した。
……それにしても、ここ良い香りがする。
「座りなさい」
男は別の書類を書きながら、落ち着いた声でそう告げた。
「失礼します」
……たぶん、貴族だよね? この人。
「緊張せずともよい。言葉使いも普段通りでかまわん」
「はい。有難う御座います」
貴族にしては形式に寛容なようだ。それとも、子供相手だからなのか。
「君を呼んだのは他でもない。いくつか質問に答えなさい。わかる範囲でよい」
「わかりました」
……秘密は守らないと。
わたしは、どんな質問をされるのかと身構えながら、ゆっくりと頷く。
わたしの同意を確認すると、男は筆を机に置き、透き通った紫の瞳でわたしを見据えた。
「君の素性は、わかっているので省く。まずは、狙われた理由に心当たりはあるか?」
……う~ん、商品開発関係は話さない方がいいよね? と、なると……。
「……全く、ありません」
「そうか。では、攫った者の顔に見覚えはあるか?」
「いえ、三人とも知りません」
「……ふむ、なぜ人攫いが三人だと?」
「馬車の中で寝たふりをしている時に聞こえた声から、三人かなと」
……なんか、マズかったかな? ちょっと表情が険しくなった気が……いや、大丈夫。
声が震えないように、悪いことはしていないのだから大丈夫と自分に言い聞かせ、唇を軽く噛んだ。
「そうか。では、攫われる前に普段と変わった事はなかったか?」
……変わった事ねぇ。いつも通りだったけどなぁ。
「いえ、特には。ただ、当日は体調が少し悪かったぐらいです」
男は目を閉じ机をトントンと指で軽く叩きながら、考えに耽っている。
わたしは、次に何を質問されるのかと、びくびくしながら男の言葉を待つ。
「君は、ここ最近、見知らぬ者との接触はあったか?」
記憶をひっくり返しても、わたしが接したのは知り合いだけ。
全く知らない相手は、エステラが相手をしていたはずだ。
「いいえ。ほとんど知り合いですし、知らない人はお姉ちゃんが……」
「ふむ。君自身、会話をしたり、物を預かったりはしていないのだな?」
……預かったと言えば、商会の依頼書ぐらいだし……そういえば、トマトもらったなぁ。
「はい。ただ、トマトをもらいました。知らない男性に」
「トマトだと?」
「攫われた当日。朝の洗濯が終わった後です。お昼に食べましたけど、普通のトマトでした」
「なぜ、トマトをもらったのだ?」
……う~ん、なんでもらったんだっけ?
「余り物だからと……」
「もらう前の出来事は憶えていないか?」
……たしか、服を汚しちゃったからって、お詫びだったような。
「洗濯が終わった後、わたしが凍った地面で足を滑らせて、転んでしまったんです。その時に、抱えて助けてくれたんですが、男性の持っていたトマトが潰れちゃいまして……わたしの服がトマトの汁で汚れちゃったんです。それで、そのお詫びにと……」
「それだけか?」
「はい」
……あの時は、洗剤の瓶が割れてなくてホッとしたなぁ。……うん? 瓶っていえば……。
わたしは何かを思い出しそうになったが、それを男の質問が遮った。
「その男は、攫った者たちの中にいなかったか?」
「たぶん……ええっと、暗くてしっかり確認できませんでした。見張っていた男は違うと思います。残りの二人は馬車の外にいたので顔は確認できていません」
……今、大事な事を思い出したところなのにっ! えっと……瓶が割れた音がしたのに、瓶が割れてなかった? じゃぁ、何が割れたんだろ?
「どうした? 急に早口になったり、苛ついたりと」
「はぅぁっ!? いや、あの……」
わたしの心情を見透かした目が、じっと見つめる。
……洗剤の瓶は秘密にしないと……どう説明しよう。
「ふむ、何か思い出したか? 急に黙るとは、言い難いことがありそうだな」
……鋭い。
「目が泳いでいるぞ……では、場所を変えよう」
……場所を?
「……はい」
◇ ◆ ◇
執務室を出て案内されたのは、柔らかい光で照らされ、調度品などは一切ない、無駄の削ぎ落とされた実用性を重視したような部屋だった。
執務室でも嗅いだ良い香りの香が焚かれ、大きな本棚だったり、壁には時計に似た物や不思議な形の器具が掛けられていた。
チラリと机の上を見れば、調薬に使いそうな道具や紙に描かれた魔法陣の様な物、綺麗に輝く石が置かれている。
……なにここ? 実験室? 秘密基地っぽくて、ちょっといいかも。
「私の私室だ。ここなら防音の結界が張ってある。誰かに聞かれる心配は皆無だ。さぁ、好きなだけ話しなさい」
有無を言わせず、わたしを椅子に座らせると、口の端がニィッと上がり紫の瞳が光った。
……いや、秘密なのに好きなだけって……でも、さっきよりも雰囲気が柔らかい気がする。こっちが素なの?
開発のことは家族以外には話せない。
だが、相手はおそらく貴族だ。変に逆らえば、首が飛ぶかもしれない。
わたしは俯き、汗をかいた手をぎゅっと握りしめる。
「家族以外に話しちゃいけないんです」
「かまわん」
……いや、かまってよっ!
「命令することもできるが……言ったはずだ。君の信じる精霊に誓って、君の味方であると」
「あっ」
……君の味方か。
俯いた顔を上げると、吸い込まれそうな瞳と目が合う。
その瞳に嘘は感じられない。
思えばジークにも、わたしの名前を明かしていなかったのだろう。
名前ではなく、お客様と呼んでいた。
それに、あの窮地から助けてくれた人だ。今は信じるとしよう。
わたしはあの時の状況をもう一度、男の目を見ながら順を追って説明した。
「転んだ時、瓶が割れた音がしたんです。でも、わたしが落とした瓶は、割れておらず、ヒビも入っていませんでした。それが当時は気付きませんでしたが、思い返すとちょっと変かなと」
「ふむ」
「それと、男性は冴えない表情……いえ、青ざめていたというか、随分と急いでいたみたいで……お礼も聞かずに去っていきました」
「その男、十分に怪しいではないか……瓶が割れた音というのは、男が持ち歩いていた可能性が高いな……音の発生源は男の持ち物か」
男は、なんとも言えない困った表情で「なぜ、それを早く言わない」と呟いて、わたしを見る。
「それで、トマトか……潰れたトマトの汁と言ったが、それは偽装の可能性がある。口にはしていないだろうな?」
「はい、すぐ洗いましたし……あっ、でも味が気になって、ちょっと舐めました。とっても苦かったです」
てへへっと、可愛く舌を出してみたが、眉間に皺を寄せ呆れられてしまった。
逆効果だったようだ。
……相手が瓶を持っていた可能性かぁ。大事な物だったのかな? それが割れて、あの表情だったら納得できるかも。
「それで、どこに秘密があったのだ?」
「はい? あれ?」
わたしは、おかしいなと首を傾げる。別に秘密にすることはなかったようだ。
……瓶の中身……関係なかったよ。
「思うに、君が持っていた瓶が秘密だったのではないか? 中身はなんだ?」
これは失敗した。秘密扱いにしなくてもよかった。
これでは自白したようなものだ。早く話せと、男の細めた目が訴えてくる。
「中身は?」
……そんな、二回も言わなくても……あのぉ、目が怖いんですけど。全身がヒリヒリするぅ。
「せ、洗剤です。レント商会で開発していた試作品を試していました」
……喋っちゃった……首が飛んじゃうし、これはしょうがないよね。
「洗剤ならば、秘密にする必要はなかろう。商会の試作品だから企業秘密ということか?」
「は、はい」
男の瞳がわたしをじっと見つめ「それでは家族以外に秘密などと、普通は言わないのだがな」と、フッと笑った。
……どんどん、墓穴を掘ってる気がする。くぅぅぅっ!
全部話せと言わんばかりに、男は机の上で手を組んで先を促す。
「お兄ちゃんと一緒に洗剤を開発……しました。たまたま出した案が良かったみたいです。でも、洗礼前の子供が関わってると周りに知れたら危険なので、家族以外は知りません」
……どうっ? これで大丈夫でしょ。
「ノックスが君の助言を認めたのか? だとすれば、君は随分と有能だということだな。一度だけではあるまい?」
……お兄ちゃんを知ってるのね。
既に家族のことも、調べがついていたようだ。「君の素性はわかっている」とは、そういう意味もあったようだ。
この男、表情からはあまり読めないが、先程からわたしの反応で楽しんでいるのではないだろうか。
心の中で実は嘲笑っているのではないか。
わたしが言葉を選んで慎重になっているのに、なんだか無性に腹が立ってきた。
「どうした?」
……ぐぬぬぬぅ。これはあれか? わたしがポンコツなのをいいことに、楽しんでないか? 五歳児相手に質問攻めにして、絶対楽しんでるだろっ! なんか悔しいぃぃぃっ! こんにゃろぅぅぅ!
「着眼点がいいとか、閃きがすごいとか言われたことがあって、助言を求められたことが、何度かありました――」
……もう言い切ってやるんだから。
「お母さんの作る料理とかも、改良して美味しくしました。掃除用具も使いやすいように改良しましたっ! 日々、引きこもってダラダラ過ごしたいなぁ、お金があればなぁって、そのために色々考えました。それでお兄ちゃんに協力してもらって、新商品の開発をしてました。 これで満足ですかっ!」
一息に言い切って「ふぅ」と息を吐く。言い過ぎた気もするが、スッキリした。
……言葉使いも普段通りでって言ったのは、そっちだからねっ!
「香を焚いた甲斐があったな。この香は心を乱す。取り繕った君ではなく、やっと、素の君と話ができそうだな」
「へっ?」
……香? 素のわたし?
「念話をした時、私は君を成人した女性だと疑っていたのだが、出会ってみれば……本当に小さな女児だった」
男の疑念は、そこから始まっていたらしい。
ジークの報告から、わたしの言動なども調べていたのだろう。
結果、とても五歳児とは思えない出来だったようだ。
つまり、わたしは出来過ぎていた。
「正直なところ、成人した平民よりも言葉使いがしっかりしている。いくら商人の娘が英才教育を施したところで、まだ五歳だ。おかしいと思わないか? 今までの質問も五歳児に向けてではなく、成人を相手にしている問答だったではないか」
この男は、わたしを五歳児として初めから見ていなかったということだろう。
……五歳児扱いしないって……普通、そこまでする?
「あの時は洗礼前と君は言ったが、誘拐犯の動向を的確に伝えた。洗礼前の子供が咄嗟に考える内容ではない。その後の可能性についても……君は、また戻って来るかもと私に助言をくれた。そんな助言をくれたのが、本当に小さな女児だったのだ。私が驚くのも無理はないだろう? 名を知るために精霊に誓ったのは、早計だったのではとな」
……念話の時か。
「幼女の仮面をかぶった悪魔が憑いているのではないかと、排除する予定だったのだが……」
男の瞳がわたしを射抜くと、ゾクリと背筋が凍る。
睨むだけで人を殺せそうだ。
「だが、この部屋に入れる以上、その問題はない。殺さずに済んだのは幸いだったな……どうした? 冗談だ」
……冗談かっ! ……ん? ホントに冗談? それにしては目が本気っぽかったけど。もう、嫌な汗がダラダラだよ。
「さて、本題に入ろう」
「はい?」
……今、なんと?
「ここからは、君の家族にも他言無用だ」
……今まで本題じゃなかったのか……。一体、何が始まるんです?
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
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と思いましたら
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
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