84話 過保護な人たち ~暗躍するのは見えない守り手~
偽金貨。
そして、死んだはずの商人の名。
トバル近郊の集落を調査するため、指示を受けたマテオは退出。
ロエナの淹れてくれたお茶を片手に、執務室でわたしは頭を抱えた。
……死人が生き返るなんて、ありえないはず、だよね。
変に前世の知識が邪魔をする。
ファンタジー、そして魔法。
それなら、蘇生魔法的なモノだってあるのでは?
だが、そんな話は聞いたことがない。
以前、興味本位で精霊たちに聞いた際も、みんなは否定していた。
小さなため息をつき、陽の落ちかけた窓の外を眺める。
……レント商会には、被害出てないよね?
つい、身内の心配をしてしまう。
統治者代理といえど、やっぱりこの癖は、まだ抜けない。
そんなことを考えていたら、隣で長い思考の海に潜っていたアゼレアが口を開いた。
「ルルーナ。グラベルへ書簡を送れ」
……グラベルって、お偉いさんの街じゃなかったっけ。
「グラベルってことは、東のマーキス?」
「そうだ。ロッタは城塞都市グラベルの管轄だ。そちらに照会をかける」
……アードの上だから、知事に、しょ、書簡か。
わたしは急な指示に緊張が増す。
続けて、アゼレアが視線をロエナに移した。
「ロエナ、ルルーナの下書きを清書しろ」
「はい!」
緊張を帯びた空気の中、ロエナの声だけが明るく響いた。
「ねぇ、アゼレア」
「どうした?」
「書状って……どう書くの? お手紙じゃ、まずいよね?」
問いかけに、アゼレアが苦笑する。
「当然だ。だが心配するな、書き方は教える」
教えられるままに筆をとり、何度も書き直して――やっと形になった。
できた下書きをロエナに渡す。
「では、清書してまいります」
元気よく頭を下げて、ロエナが退出していった。
部屋に静けさが戻ったところで、わたしはもう一度アゼレアを見上げる。
「ねぇ……なんでグラベルなの? ロッタ宛じゃだめなの?」
アゼレアは顎に手をやり、答えた。
「ロッタは交易都市だ。そこからさらに広がったとしたら、ロッタの権限を越える。また遅れをとることになる。だから、東全域を管轄しているマーキス・グラベルに頼むんだ」
「なるほどね……」
肩の力をすっと抜き、お茶をグイッと飲み干す。
わたしは書状を書き終え、一つの仕事をやりきった感覚に包まれていた。
これで少しは代理としての役目を果たせたんじゃないか――そんな満足感に浸っていたその時。
コン、コンと扉が叩かれる音に顔を上げる。
「サンドレアムの役所から、筆頭事務官殿がお見えになっております」
「筆頭事務官……って、トランさん?」
急な顔見知りの来訪に、声が上ずる。
そんなわたしをよそに、アゼレアが「通せ」と短く告げると、扉が開いた。
「ご無沙汰しております、代理殿」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、疲れ切った顔をしたトランが執務室へと入ってきた。
トランは重い足取りで前へ進むと、丁寧に頭を下げた。
……なんか、疲れてるね。
「トランさん、急にどうしたんです?」
顔を上げたトランが答える。
「偽装貨幣の件です」
「何かわかったんですか?」
わたしはガッとひじ掛けに手をついて、身を乗り出した。
「いやぁ~、まいりましたよ。サンドレアム中の商店と鍛冶場を片っ端からあたりましてね」
肩をすくめるトランに、思わず心の中で同情する。
……ああ、所長ってば相変わらず。
でも、なぜ鍛冶場なのだろう。
わたしは疑問に思って言葉を返した。
「鍛冶場?」
「はい。鋳型をすべて調べろって言われまして……あの数は死ぬかと思いました」
「……言いそう」
つい小声で呟いてしまう。
「それで、何がわかったのだ」
アゼレアが冷静に問いかけると、トランが顔を引き締め、背筋を伸ばす。
「偽金貨が作られた場所は……すべて同じ場所ということしか、わかりませんでした」
ずれた眼鏡の位置を直したトランが答えた。
「なんでそれがわかるの?」
「代理殿、偽造とはいえ、鋳型は必要です。その鋳型の形、小さな傷や摩耗の具合を比べてみると――すべての偽金貨が、ほぼ同一の鋳型から作られていると判明したんです」
……動きが早い。もうそこまで……所長ってやっぱりすごいんだね。
わたしが感心していると、アゼレアがトランに告げた。
「トラン殿。本日、トバル南東の集落でも偽金貨が見つかった」
それを聞いたトランの目が、鋭さを増した。
「そして、その取引を行った商人の名はダズマだ」
トランは一瞬、目を見開いたがすぐに元の表情に戻った。
「ダズマですか……情報、感謝します」
トランは一度頭を下げると、小さな鞄から何やら書類を取り出した。
「アゼレア殿、これを」
トランが一通の書状を差し出す。
アゼレアが封を切り、目を通した。
気になって顔を向けると、アゼレアがわたしに差し出す。
「読んでみろ」
差し出された書状を受け取り、声に出して読み上げる。
「なになに……『孤児の教育制度に関して現在検討中』。それから――『セイレナの木をトバルの産業として利用する許可は、バニアから正式に下るだろう』……!」
……これって。
「やったぁっ!!」
声が弾んだ。
胸の奥からせり上がってきた嬉しい気持ちが、抑えられない。
目が合うと、トランが目じりを下げ、笑顔を見せた。
……忙しかったのに、これをすぐ届けに来てくれたんだ。
「では、役目は果たしましたので、わたしはこれで」
そう言うと、丁寧に頭を下げ、トランは退出していった。
……ありがとう。トランさん。しっかり休んでね。
「やったね、アゼレア!」
「ええ、そうね」
アゼレアはゆっくりと椅子の背に体を預けると、わずかに口元を緩めた。
「それにしても……お前の師は、随分と過保護ね」
「は? あの所長が? なんで?」
あの所長が過保護とは。
アゼレアには、どう映っているんだろうか。
「わからない?」
「う~ん……? 所長が口添えしたわけでもないし、どういうこと?」
……さっぱりだけど。
「わざわざ、トラン殿を遣わしたのよ?」
頭を捻って考えるが、全くわからない。
アゼレアは小さく息を吐き、わたしを見据えた。
「前にも言ったわね。貴族は妬むと」
「うん。気をつけなくちゃってのは、わかるけど……」
「どこが最も妬むと思う?」
「ん? 一番、妬む貴族?」
わたしを試しているアゼレアは楽しそうだ。
「そこが重要。そして、偽造貨幣の報告と合わせて持ってきた。これは手がかりにならない?」
……うぉぉ~ん。全然わからないよ。
頭を抱え、困った表情のわたしを見てアゼレアが小さく笑う。
「もうっ……いい? オルディナート様はロッタの貴族が怪しいと言っているの。推測なので、このようにぼかして言っているのよ」
「……遠まわしすぎる」
……所長、遠すぎるよ。もうちょっと……。
所長の顔を思い浮かべてみると、無理だなとわたしは諦めた。
「でも、なんでそんなにロッタが妬むの?」
周りから妬まれるのはわかる。
だけど、なぜ一番妬むのがロッタなのだろう。
「ロッタは交易と林業が盛んな町よ。さぞ、奴隷に頼っていた分、労働力不足に困っているでしょうね」
「制度を導入すればいいんじゃない?」
アゼレアが緩く首を振る。
「トバルは直轄領だから、ほぼ強制的に導入したけれど……他の町は厳しいでしょうね」
「なんで?」
「貴族の誇り、じゃないかしら」
……結局、そこか。
「それに反領主派なのよ、アード・ロッタは。それもあって制度の導入を拒んでいるの」
「うわぁ……」
アゼレアは、わたしの反応を肯定するように続ける。
「くだらないわよね……維持どころか、衰退しているというのに」
「うん」
「偽造貨幣は、トバル成長への牽制といったところかしら」
相手が嫌だから、どんなにいい考えも否定する。
自分で拒否しておいて、その成功を妬む。
やっていることが、ただの子供じゃないだろうか。
わたしの考えていることを見透かすように、アゼレアがくすっと笑う。
「でも、ロッタも本腰を入れてきそうね」
「ええっ! そうなの?」
「当然でしょ。お前がトドメを刺そうとしているんだもの」
……わたしが?
「接着剤や防水加工が軌道にのったら、松脂産業に頼っていたロッタは大打撃でしょうね」
ほらね、とでもいうようにアゼレアは肩をすくめた。
「それもあって、すぐ隣で急成長しているトバルを敵視しても、おかしくないわ」
……はぁ、そりゃ恨みも買うわけだ。
「産業の許可の進展具合、偽造貨幣の報告、繋がったでしょ?」
「なるほど……」
「だから過保護だと言ったのよ」
……それもそっか。いつも、守ってくれてるもんね。
わたしは服の下にある首飾りに、そっと触れた。
そんなわたしの様子を見て、アゼレアはくすくすと笑った。
その笑みは柔らかく、さっきまで張りつめていた空気が和らいだ気がした。
……アゼレアもね。
わたしが全然わからなくても、ちゃんと見通している。
わたしはその横顔を見ているだけで、不思議と安心できた。




