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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
一章    増える秘密と広がる波紋          

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17話  説明って難しい ~新商品の落とし穴~


 アイナと商人の問題を解決してから数日、冬も間近に迫ったある日のこと。

 昼食を済ませたわたしは、ノックスやエステラと一緒にレント商会の倉庫にいた。


 日に日に増す寒さの中、今日は昼頃まで洗濯をしながら、手洗いによる作業が厳しい現状をどうにか改善する方法を考えていた。


 汚れの目立つ物はぬか石鹸で浸け置き、それ以外は普段通りだ。

 浸け置きした物も軽く濯ぎが必要なので、やはり冬場の洗濯作業は辛い。


 小さな体で大人たちと同じように洗濯をするのは、非常に大変だ。

 冷たい水はどうしようもないが、せめて洗う作業だけでもなんとかしたい。


 そこで洗濯板の存在を調べるため、休日中のノックスに相談。倉庫を見させてもらえることになり、今に至る。



 ……何に使うんだろう? 札が張ってないから、触らない方がいいよね。


 倉庫内を見て回ると、前回来た時よりも荷物が多くなっている気がする。というか、ゴチャゴチャしている。


 やはりというか、洗濯板らしき物は見当たらない。

 井戸の周りで使っている人も見かけない。

 この世界には無いのだろうか。それとも、わたしが知らないところではあるのだろうか。


 エステラの方を横目で見れば、「何だこれ? 小さな虫を食べる?」などと言いながら、不思議な植物をツンツンと指でつついたりしている。


 パクっと指を包むように植物の広がっていた葉が閉じたため、エステラは慌てて指を引っ込めた。

 きっと食虫植物のような物だろう。


 ……お姉ちゃんの動きが可愛いんだけど。

 

「お兄ちゃん、倉庫にものが増えてゴチャゴチャしてない?」


 見て回るのは楽しいが、整理されていない倉庫内を探すことに徐々に疲れが増してきた。


「ああ、本格的な冬が近いからね。街道が閉じる前に、あらかたの荷物はこの時期に運び込まれるんだよ」


 ……そういうことね。雪で通れなくなる前にって。それで荷物が多いのか……納得。


 ざっと見た感じ、板はあるが洗濯板っぽい物は見当たらなかった。

 運び込まれた荷物の中には無いようだ。


 あとは、この街に洗濯板の存在があるかどうかだ。


「こういう感じの板みたいなのってある? 洗濯で使ったりしたいんだけど」


 わたしは小さな木の棒を片手に、洗濯板の絵を地面に書いて見せた。

 もし、洗濯板のような物があれば、わかるはずだ。


 しかし、絵を見たノックスは顎に手を当て、小首を傾げている。


 ……あれぇ? 洗濯板はやっぱり無いの?


「ねぇ、ルル。これは板なんだよね?」

「えっ? うん……そのつもり……です」


 ……もしかして、わたしって絵が下手?


 何か考え込み、やや間があってから「他の領地や街はわからないけど、この街で見たことはないね」と、ノックスは言った。

 わたしに絵心が無いのには少し落胆したが、その情報を得られたのは大きい。


 ……ふふふっ……これは、一儲けのチャンス。


 内心、洗濯作業の改善が目的だが、お金も大事だ。

 だが、ほくそ笑んでいると、ノックスから心臓が飛び出るような不意打ちが飛んできた。


「これが板ってことはわかったけれど、この波のような形状は? こうすることで何か変わるのかい?」

「うっ、えぇっと~……」


 体がビクッと小さく跳ねた。これは非常にマズイ状況だ。

 洗濯板という、見たこともない物を絵に書いてしまったことで、ノックスに疑問が生じたようだった。


 わたしの背中をスーッと冷や汗が流れるのがわかる。

 うっかりというか、完全に不注意だった。


 ……凡ミスだぁ~。


 俯きながら目でエステラに助けを求めてみるが「何か理由があるんだね」と、エステラは完全にわたしの返答待ち。

 エステラの突拍子もない発想の助けは期待できないと、わたしは頭をフル回転させて言い訳を考える。



「食材をすったりする時に、すり鉢でゴリゴリってするでしょ? 洗濯って汚れを落とす時に布同士をこれを手でやっているようなものだから、まな板みたいな板状の物と擦り合わせたら、大きさ的にも良いんじゃないかなって……思って……この波みたいなのは、すり鉢のゴリゴリする部分でして……うまく説明できないけど……」


 ……これじゃ苦しいかなぁ。


 自信がなくなって、どんどん声が小さくなる。

 恐る恐るノックスを見ると、目を大きく見開いて、ノックスが完全に停止している。


 「……こする……いや、押し付けるのか」


 感嘆まじりに、ノックスがぼそぼそ呟いた。


 ……あれ?……どうしたんだろう? ぬか石鹸の時と似てる気がする。


「すごいぞっ! ルル。その発想と着眼点がぁっ!」


 ノックスは目をキラキラさせてわたしの両手を掴むと、いかにその着眼点が素晴らしいかを説明し始める。


「お姉ちゃん、これ――どうにかしてっ!」


 エステラに助けを求めてみたが「うん、うん」と、こちらも頷いているだけだ。


 ……駄目だこりゃぁ、しばらくこのままだね。



 ◇ ◆ ◇



 歓喜状態から復帰したノックスは、形や用途を紙に書き写し始めている。

 早速、商会に掛け合うつもりなのだろう。


 エステラは「あーあ、いつも通りだね」と、放って置くことに決めたようだ。

 危ない場面だったが、なんとか難は逃れた。あとは、これを形にできるかどうかだ。


「お姉ちゃん、これポールなら作れる?」


 確かポールは大工の息子だったはずだ。

 彼であれば、洗濯板の試作品程度なら作れるかもしれない。


「どうだろう。作れそうだけど……話してみる?」

「うん。聞くだけ聞いてみようよ」

「なら、この時間だと工房かなぁ」


 わたしは「試作品をポールに相談してみるね」と、ノックスに告げ、エステラと倉庫を出る準備をする。


「ちょっと待って……ステラ、これを」


 ノックスが渡してきたのは、綺麗に書かれた洗濯板の説明入りの絵と、試作品の作製をお願いする書類だった。


「これをバルトおじさんに、見せればいいんだね?」


 ノックスが頷くのを確認したエステラが、書類を丁寧に鞄にしまう。

 この仕事の速さには頭が下がる思いだ。

 これを持っていけば、スムーズにお願いできそうだ。


 ……お休みだったのに、ごめんね。お兄ちゃん。


 ノックスは「こっちは大丈夫だから、行っておいで」と、目をキラキラさせて、やる気を見せていた。


 ……あっ、なんか嬉しそうだし、大丈夫か。


 商会への説明はノックスに任せ、わたしたちはポールを訪ねるために、彼の作業場である工房へ向かうことにした。



 倉庫を出たわたしは、エステラに手を引かれながら、だいぶ歩き慣れた路地裏を進み歩く。

 チラリと見た孤児院は、いつも通りの様子で特に変わったことも起きていないようだ。


 ちょうど庭の掃除していたアイナがこちらを見付けたようで、一緒にいたレンも手を止めて、二人が鉄柵の向こうから手を振って挨拶をしてくる。


 わたしたちも歩きながら大きく手を振って挨拶を返した。

 あの件以来、アイナやレンとは、ちょこちょこ孤児院で会って話をする仲だ。

 わたしはここ数日、手伝いのない時間帯はエステラと孤児院で過ごしているのだ。


 そういえば、アイナは借りたお金の返済のため、ノックスの助手のような感じで作業を手伝っている。

 アイナは読み書きができるので、商会としても安い給料で雇えたアイナは貴重だったようだ。

 

 今日はノックスが休みなので、アイナも孤児院の手伝いをしているのだろう。




 わたしが三馬鹿の路地と勝手に呼んでいる三叉路に差し掛かった辺りで、買い出し帰りのマルコに出会った。


「やぁ、えふてらに、ちっこいいもうほじゃないかぁ~」


 脇に肉を抱え、片手に野菜が入った袋を持ち、さらにお菓子を口に咥えながら、空いている方の手を上げた。


 ……持っているのが全部食材なところが、マルコっぽいね。え~っと、宿屋の息子だったっけ?


「ねぇ、マルコ。ポールって今日はどこにいるか知ってる?」


 ……今日は会った? ならわかるが、何故マルコがポールの居場所を知っていると思っているんだろう? 会わない日だってあるだろうに……。


「う~ん……今日は会ってないから、たぶん工房にいるんじゃないかなぁ」

「やっぱり工房ね。ありがとっ。マルコ」


 ……知ってるんだ……そうですか。スマホも無いのにすごいね。


 この世界は娯楽もきっと少ないのだろう。

 行動範囲が狭く、選択肢も限られてくるのかもしれないと、この二人の会話から思った。


「それはそうとマルコ、それ以上食べると、デブになるわよ?」


 エステラが、ジト目でマルコのお腹を指さしながら忠告した。


「エステラ、大丈夫だよぉ~。僕はまだ、標準寄りのデブだからさぁ~。二人にも、これあげるぅ~」


 ……それって、駄目じゃんマルコ……あっ、お菓子ありがとう。これ、甘くて美味しいね。


 マルコと他愛もない会話を交わし別れると、わたしたちはポールがいると思われる工房へ足を運んだ。







ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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